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杉崎









 就職してから一年が経ち俺は二十五になった。

 今になって気付いたことだが大学を卒業してから女性と話した記憶がない。どっかの受付嬢とか近所の人への挨拶を除いて本当に一度もない。会社の社規で、社内恋愛禁止というのがあるがそもそも会社に男しかいないので必要ない。

 ――俺、もしかしてこのまま年老いて死んでいくのか? まだ一度もバズーカ使ってないのに。この中年だらけの会社で歳を取りやがて中年が老年、俺が中年になり、新しい社員が入ってきて……。

 想像すると恐ろしくなってきたので途中でやめた。

 しかし、運命というか偶然というか、とりあえず自分で手繰り寄せたわけではないチャンスは凄い。まさかこのタイミングで巡ってくるとは。

 その金曜日は暇でほとんど仕事がない日だった。俺はいつも通りホームページ更新の仕事を終えた後長い昼休みを満喫していた。

 すると、人が外に食べに出て静かなオフィスにケータイの着うたがなった。一発で自分のだとわかった。周りに着信音をデフォルトから変更している人間がいないせいだ。

 ケータイを取り出すと、一件だけメールが来ていて、お前明日暇? と、飾り気のないメールが来ていた。

 大学で一緒だった杉崎だった。今何をしているのだろう。暇だ、と返すと集合時間と場所の日時が送られてきて、その時やっと遊びの連絡だとわかった。彼によると明日の合コンの頭が足りなくて、急遽俺を呼んだらしかった。

 焦っていたので渡りに船だった。


 翌日俺は言われたとおりの場所に十分前に到着した。普通の喫茶店だった。

 杉崎の奴はまだ来ていなかったので、コーヒーを頼んで少し待つことにした。

 十分ほど経って杉崎が来た。久しぶりに会った杉崎はどこか高級感あるシックな服装に身を包んでいた。対する俺ははきつぶした黒いジーンズにだるっだるなプリントシャツ、装飾品は何も付けていない。

「悪い、待たせたな。仕事が残っててさ」

「いや、俺も今来たとこ」

「それにしても久しぶりだなあ。今何やってんの?」

「普通にサラリーマン。IT系、だと思う」

「ふーん」

 あまり面白くなかったらしい。まあ当たり前だ。大抵の人間はサラリーマンという答えにおもしろさを感じない。

「本題に移ろうか。お前をこんな時間に呼び出したのは他でもない、作戦会議をするためだ」

「作戦って……。いっとくけど俺、作戦通りには動けんぞ。あまりこういうの慣れてないんだ」

「問題ない。言いたいのは俺を持ち上げろってことだけだ。あとは適当に盛り上げてくれ」

 その程度のことでわざわざ呼び出すなよ。

「あ、そうだ。真理ちゃんって子がいるけどそいつには手ぇだすなよ? 俺が狙ってるから」

「わかったよ」

 どうやら俺の目的は達成できそうにないようだ。断っとけばよかった。

「で、どこ勤めてんの? もしかして一緒の会社だったりしないよな?」

「タケダシステムって所なんだけど知らないよな」

 杉崎はプッと吹き出した。

「ちょっ! あんま冗談言うなって。そういうのは合コン始まってから。なんで東大出てそんなところなんだよ。あれうちの子会社の子会社だぜ」

「ホントだって! てかお前もしかしてジーテルに入ったのか?」

「いやお前、普通それくらい入れるって。もう一回受け直したら? あ、中途は取ってないんだっけ? 残念だなあ」

 まさか、あいつがあそこにいるなんてな。あいつだけじゃなくてみんなそんなもんなのかな。

「お前、手取りいくら? てか、給料ちゃんと貰ってるか?」杉崎は終始笑っている。

「貰ってるよ! 先月は十くらい」

「少な。 俺二十はあるぜ。ピンハネされてるんじゃないの?」

「されてない! はず……」

「フフッ。お前も大変だな」

「そんなことより、おまえんとこからたまに仕事が回ってくるけどあれの納期なんとかならないのか? 毎回毎回あんなのじゃみんな死にそうなんだ」

「でも毎回、納期は守るじゃないか!」

「それは信用に関わるからで、みんな寝る間も惜しんで働いてるんだよ」

「要するに楽したいんだろ? お前らは今まで楽してきたんだから今から苦労しろってことだよ」

 杉崎の笑い方は異様に腹が立つ。今まではそうじゃなかったのに。

「まあ、ホントに辛くなったら俺に言いに来いよ。子会社くらいになら異動出来るかもよ」

「遠慮しとくよ。今の職場、気に入ってるから」

 そういうと彼はまた笑った。そのまま止まらなくなれば良いのに。




 そんなこんなで一時間経過して、もう一人世間ではイケメンで通っていそうな容姿の男が来た。どうやら三対三らしい。聞き流していたのであまり覚えていないが、良い大学を出てるらしい。今は杉崎と同じ会社に勤めているそうだ。

 男が三人集まったところで、居酒屋に移動した。

 居酒屋の席にはもうすでに二人の女性が座っていた。ゴボウのようにガリガリの女と、鬼みたいな体格をした、いかにもスポーツしてますとでも言いたげな女だ。

 俺は小声で杉崎に尋ねた。

「どっちが真理さん?」

「どっちでもねえよ」

 杉崎も小声でそう答えるとにやついた顔で席に座り始めた。

 男女向かい合って、男の方は奥側から、イケメン風、俺、杉崎で女の方は、ゴボウ、鬼、空席だった。

「えっと、もう一人の子は?」

 イケメン風が誰に向かってでもなく呟くように言った。もちろん俺と杉崎は今まで一緒にいたので真理の行方は把握できていない。つまりゴボウと鬼に聞きたかったのだが、あからさまに狙っている雰囲気は出せないのでそう言った様に見えた。

 俺なんかじゃなくてコイツに釘を刺しておくべきだろう、杉崎。

「あ! 真理。こっちこっち」

 鬼が入り口から入ってきた女に対して手招きした。なるほどあれが真理って子か。二人が狙うのもわかるくらい魅力的だ。ほとんど女性耐性がない俺が言うとおかしくなるけれど、普通に街で見かけても声をかけたくなるくらい綺麗な容姿だった。たぶんだけど止められていなかったら俺も狙っていたな。

「ごめん、お待たせ。ちょっと立て込んでてさ。さきに飲み始めてくれててよかったのに」

 性格も悪くはないらしい。まあ俺には関係のないことだけども。

「じゃあ始めますか」

 やはり杉崎は仕切るのが上手いと思う。そんなに上手くはないのかもしれないけど俺から見れば充分な才能だ。

 適当なしゃべりが入った後、一人一人の自己紹介が始まった。

 手前側の女から男女の順なので俺は一番最後だ。

「私、東郷真理。仕事は今、図書館の司書やってる。夢とかは……あるけど秘密」

 国家公務員じゃんとか、スゲーとかみな口々に口走る。俺も雰囲気を壊さないように適当に褒めていた。

 イケメン風と杉崎の仕事は知っているので割愛するが、一応紹介しておくと鬼は医師で、ゴボウはキャビンアテンダントだった。なんか俺、場違いな所に来てないか?

 そして俺の番が回ってくる。

「えっと、西園寺流。タケダシステムに勤めてます。こんなんでいいの?」

「みんな知ってるか? こいつの会社、俺んとこの子会社の、そのまたさらに子会社なんだぜ。出てる学校同じなのにな」

 一同大笑い、というカンペでも出たみたいにみんな一様に笑う。俺は自分がバカにされたみたいで笑うことが出来なかった。でも仕方ないよな。

「月収も半分なんだよな?」

 俺に向かって問う。手取りだ、バカ野郎。

「半分で悪かったな。こっちだって一生懸命やってんだよ。あんまバカにすんな」

 少し呆れた口調で言ってみた。本当は大声で罵倒してやりたかったが流石にそこまでは杉崎が可哀想で出来なかった。俺って甘いな。

「頑張る意味あんのかよ、負け組。俺たち勝ち組にはかなわねえんだよ」

 杉崎はさっきから戯けた口調で話している。それが面白いとでも思っているのか。

「お前、いい加減にしろよ! 俺らはなあ、死にそうになっても諦めずに仕事してるんだよ。お前、一ヶ月に一度も風呂に入らずに、一度も家に帰らずに、一日一時間も眠れずに、テレビだって見れない、ラジオも聴けない、ネットも出来ない、そんな環境で仕事したことあるのかよ! ホントに死にそうになるんだぞ」

 他で騒いでいる客の声だけが聞こえるようになった。



 気まずいまま合コンが進むはずはなくて、杉崎の司会の元、また活気を取り戻しつつあった。俺はと言うと、ほとんど誰とも話さないまま、ただ流れのように席替えをし王様ゲームに参加し遂にこの場を乗り切った。

 簡単に言うとお開きになったと言うことだ。正確には二次会に移行なのだが、流石に居心地が悪いので俺は抜けて帰ろうと思った。帰りにあのおでん屋で飲み直そう。

 割り勘の自分の分を支払い、「お疲れ」と言い残して俺は闇の中に消えた。

 みんなの足音が遠ざかるのがわかる。その中に一つ、近づいてくる者があった。

 杉崎の奴だろう。また俺に恥を掻かせるつもりなのだろうか。

「ちょっと待って」

 男の声ではなかったので振り返った。さっきの真理さんがこちらを覗いて何か言いたげにしている。

「俺の分、足りなかった? 行くところあるから急いでるんだけど」

「それ私、ついて行ってもいい?」

「好きにすれば」

 おでん屋に行けば嫌になって帰ってくれるだろう。こんな子におでんの屋台は似合わない。

「どこ行くの?」

「嫌なら来なくていいよ。頼んでないし」

 気まずい空気が流れている、と思う。正直、この時の俺は機嫌が悪くて空気について考える余地は残っていなかった。

「頭にきてるのはわかるけど、女の子にそういう態度は無いと思うな。さっきはちょっとかっこいいな、って思ってたのに、なんか幻滅する」

「俺なんかにそういうお世辞は無いと思うな。杉崎に言って来いよ。おもしろいことになるぜ?」

「鈍感だって言われない?」

「敏感だって言われる。変な意味じゃないよ」

「じゃあなんで私がついてきてるか、当ててみて」「冷やかし」

 どうやら図星だったみたいで、真理は黙り込んだ。それでも諦めずについてくるあたり根性はあるのかもしれない。

 屋台の姿が見えてきて、俺足を速めた。

 屋台に客はいなかった。味は悪くないと思うけど場所が場所だけに人が少ない。結果的に客は集まらない。屋台なんだから場所を変えればいいのに。

「ここが行くところ?」

「そうだけど?」

「へぇ。なんか似合ってる」

 真理が玉子と大根とスジを注文した。俺は酒とおでんを適当に頼んで、ちょっと訊ねてみた。

「親父さんはなんで場所を変えないんですか? 他に人が多い所なんかたくさんあるでしょう?」

 親父はおでんを皿に載せながらゆっくりと落ち着いた口調で話してくれた。

「あんたもいつか見ただろう? ここには、いるんだよ。だから離れにくくてねえ。行こうと思えば、どこへでも行けるんだろうけど」

 あのホームレスのことか? 幽霊か何かなのだろうか。

 酒が出されたので無意識に一口呑む。

 ああ、旨い。

「ねえ、仕事楽しい?」

 たぶん真理から俺に向けられた質問なのだろうが、あまりにストレート過ぎて呆れた。冷やかしってこういうのだっけ? もうくそ真面目に答えてやろう。

「それなりに楽しいよ。酷いとき以外は死にそうにはならないし」

 やっぱり皮肉で返してみる。

「人前で言っても恥ずかしくないの?」

「別に」これは本音だ。

「……そっか。強いんだね。そういうの、ホントに凄いと思う。ホントに尊敬できる」

「何が?」

 親父は雰囲気を察してくれて、離れてたばこを吸っていた。て言うか何の雰囲気なんだ?

「小説家になりたいのに私、人に言えない。図書館の司書なんてホントは嘘なの。実際は古本屋のバイト。ホントに古いお店だから誰にもばれたことないけど、いつかばれるんだろうな。あなたならどうする?」

 何というかもう、俺どうすればいいの?

「俺なら嘘は吐かない、と、思うけど。嘘を吐いてしまった体で答えなくちゃいけないんだよね?」

「そう」

「だったら放置。あんまり嘘吐くの上手くないからなるようになれって感じ」

「怖くないの? ばれたら信用なくすし、古本屋って恥ずかしいし、小説家になりたいのもばれちゃうかも……」

 おい、これ。今俺、非常においしいシチュエーションに置かれてるんじゃないのか? ここでギュッと抱きしめて、「大丈夫だよ」とか言おうものなら「あら素敵」とかなちゃって、ああどうしよう、何も用意してないぞ。子供の名前は何がいいだろう? その前に籍入れないと。両親に挨拶は? 俺はスーツなんていつからか着てないぞ。早めに買っておかないと。それよりもホテルの予約か? いや、まず明日の朝は大丈夫か聞いておかないと。

 あ! 俺が大丈夫じゃないじゃないか! 明日は仕事だ。いや待て。別に朝までじゃなくても、ちょっと休憩ってパターンも。

「ごめんね、変な話しちゃって。でもあなたは凄いと思うわ。私だったらあんなに堂々と人に話せないもん」

「えっと、ありがと」

「これ」

 彼女はケータイの赤外線画面を俺に見せてきた。

「もっとお話がしたいけど明日朝早いから、よかったら連絡先教えて」

「古本屋のバイトって朝早いの?」

「早起きしてプロットを練るの。朝の方が頭の動きはいいから。夜は執筆、朝はプロット。あなた見てたらもっと努力しなきゃって思うの」

「それは光栄です」

 俺は少し笑ってケータイを出した。

「初めて笑ったね」

「普段は笑い上戸です」嘘だけど。

「それじゃ送るね」

 画面に彼女の名とアドレス、電話番号が映った。

 真理。

 良い名だと思う。

 俺たちはその後すぐおでん屋を出た。

 ホントはもう少し呑むつもりだったけど、今夜はもう呑まなくて良いだろう。立っていた腹もだんだんと落ち着きを取り戻し、もう座っている。


ありがとうございました。

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