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百戦全敗の男

特定の大学名が本文にありますが、作者はそれと全く関係なく、中傷目的ではありません。賢い人間を考えるとき都合のよい設定だったので利用しました。何か問題があったのなら変更します。感想欄またはメッセージでお伝え下さい。

 就活を始めて三年経った。同級生のほとんどが社会人二年生になっていた。俺はまだフリーターだ。これからもずっとそうかもしれない。

 東大を出ているのに。

 俺は東大出の就職浪人生だ。日本で一番有名な大学を出ても職にありつけないなんて、この国は終わってる。俺じゃなかったら誰を採用するんだ? 外国人か? それとも二流大出か?

 おかしいじゃないか! 俺が就職出来ないのは何が悪いんだ。

「次ですよ」

 順番が一つ前の人が面接室から出てきてそう促した。これでこの言葉を聞くのは百回目かそれ以上だ。

 ドアを開けて中に入った。

 部屋には俺が座る椅子が一つと面接官の席が三つあった。

 俺は自分の椅子まで歩いていきそこに座った。面接官は爺さん一人と中年の男女でどれもあまり頭が良さそうには見えなかった。

 一番左側が老人で俺が座った瞬間嫌そうな顔をした。

「それでは名前を教えてください」真ん中に座っている中年の男が訊ねてきた。

「西園寺流です。東京大学を卒業しました!」

 大学を卒業してからはそう言うようにしている。これをアピールすることによって有利になるはずだからだ。

「それはエントリーシートに書いて貰ったからおっしゃらなくても大丈夫です」と中年男。

「当社の印象について、どう感じましたか」

 老人はゆっくりそう言った。おそらく慣れているのだろうが、手際が良さそうな印象は受けなかった。

「はい。僕のようなエリートが入社するに値するすばらしいと企業だと思います」

「……具体的にお願いします」

「えっと……、主に社名が魅力的です。ジーテルという響きが僕の琴線に触れました」

 この表現をされたらもう俺を採用するしかあるまい。

 女の人は筆記担当らしい。さっきから曇った表情で黙々とメモを取っている。

「では次の質問です。今までに乗り越えてきた一番大きな難関、困難はなんですか」

 俺は自身を持って即答した。この問題を待っていたんだ!

「はい! 僕はですね、小学校の頃、引き籠もりでした。ゴミのような低偏差の奴らにいじめられていて、それで学校に行けなくなってしまったんです。ある時、僕は思いました。なぜエリートたるこの僕が、こんな奴らにいじめられなければならないのか。こんな奴ら社会のゴミなんじゃないかってね」

「すいませんが、もっと簡潔に、出来れば掻い摘んで話してください。イジメを克服したという話ですか?」

「いえ。そうではなくて……。では高校まで話を進めましょう。当時受験生だった僕は死にものぐるいで勉強しました。毎日三時間の睡眠で頑張りました。そして、――遂に、遂にこの東京大学に合格したんです!」

 ここでキメ顔を作る。これでイチコロだ。今回こそは内定を取ってみせる。

「そうですか。では最後に将来の見通しについて、何かヴィジョンはありますか」

「そうですね。まあ東大出てますから、この会社の専務くらいにはなりたいですよね。運が良ければ社長にでも」

 決まった!

 これで完璧だ。いくら一流企業でもこの俺は落とせないさ。この完璧なトーク術、どんな面接官だろうと俺を無下には出来ない。

「はい。おつかれさまでした。ちょっと君に言いたいことがあるんだけど、時間大丈夫かな?」

 おいおい。もしかしてこの場で内定か。

「全然大丈夫です!」

「えっとね、まず、この部屋に入る前にノックはしたかな?」

「いえ。堂々と入ろうと思ったので、ノックはしないことにしました」

「あと、こちらが指示するまでは席には座らないのが常識だよね?」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。内容についてもね、君を批判するわけじゃないけど、もっと謙虚に具体性を持たせて実のある話をした方がいいと思うよ。もう就活始めて長いんでしょ? こんなことではどこの企業も取ってはくれないよ」

 生意気な。これだから低学歴は困るんだ。

「でも、東大なんですよ! もちろん内定はくれますよね?」

「残念ながら君にはあげられないね。君よりずっと魅力があって、君よりずっと礼儀正しい人間がここには受けに来るんだよ。確かに熱意はあるのかもしれないが」

 こんな奴らに俺の人生否定されるなんて間違ってる。こんな世の中絶対におかしい。

「…………なあ。………………内定くれよ。……内定くれよ! なんで……なんで駄目なんだよ! おかしいだろ? 俺は日本で一番賢くて、一番」

 面接官達が耳打ちし合うのが見える。俺、泣いてるのかな。もしかして情けで内定をくれるのだろうか。

「君、次の人が待ってるからもう退室して貰えるかな。次どこかを受けるときは、今言ったことを意識してね」

 なんで……。

 俺は涙をぬぐうように顔を腕で擦った後、失礼しましたとも言わずに面接室を後にした。

 廊下で、

「バカヤロー!」

 と、叫んでみたが誰もいない廊下でこだまするだけだった。




 幼いとき、嫌なことがあるとよく河原に来て石を投げたりしていた。今住んでいる街は実家とはだいぶ離れているけど河原はある。俺の田舎と違うところは横を見るとすぐに高架橋があることだった。

 俺は河原の道を歩きながら何が投げる物を探していた。河原まで降りてもよかったがもう足下がよく見えないほど暗くなっていたのでやめた。河原の道におでんの屋台が止まっていて風情を感じた。

 いつから道を間違ったのだろう。

 そこはいつも俺が通る道とは違った道だった。暗くなってしまってよくわからなかったのだろう。決して落ち込んでいてわからなくなったのではない。

 ケータイの着信がなる。会社から不採用のメールが届いた。あの時言って貰えたのだからわざわざメールで通知することはないだろう、と思ったが形式上必要なのだと割り切りケータイを閉じた。

 その拍子に何かにつまずいた。

「誰だよ! こんな所に物を捨てた奴は」

 足下には飲み終えた後のカップ酒が転がっていた。

 ちょうどいい。これを投げよう。

 俺はそれを思いっきり遠くへ投げた。が、思ったよりも体が衰えているのか、精神的に参っているのかわからないが、どちらにしてもカップ酒は河原の石がたくさん転がっているところで落ちた。瓶が割れる音がした。

 子供が踏むと危ないな。

 小さいころ落ちていた瓶でかかとを派手に切ったことを思い出して、破片を俺は拾いに行った。

 河原に降りるとカップ酒は見あたらなかった。代わりに老人が一人。ホームレスだ。汚らしい身なりに汚らしい歩き方。これは間違いない。

「おや、こんな所に若い人が何か用かね?」

「ちょっと物、拾いに来ただけだよ! 近寄るな」

「そうかっかしなさんな。あんたが探しとるんはこれかね?」

 ホームレスの老人はさっき俺が投げたカップ酒を持って手渡してきた。なぜか全く割れていなかった。

「それじゃない! 俺のは割れた奴だ! さっき投げたんだよ!」

「ではこれに間違いなかろう? これが今わしに当たったんじゃ」

 確かに割れた音は聞こえたぞ。

「嘘はいい! 自分で飲んだ奴だろ」

「そんなに苛立つ必要はないだろう。当たった本人が言うとるんじゃ、間違いはない」

 破片は見つからなかった。だったらそれでいいんじゃないのか。別に空のカップ酒欲しかったわけじゃないんだ。

「すまない。気が立ってた」

「そうじゃろう、そうじゃろう。どれ、私に何か話してみい。お前さんも気が晴れるじゃろうて。あそこに良い屋台もあることだしの」

 老人はおでん屋の屋台を指さした。

「そうだな」

 屋台に座るとなぜか落ち着く。特にここなんかは周りにうるさい物もないので余計に冷静になれた。

「わしは卵と大根、それとはんぺんにスジを貰おうか。お前さんは何にする?」

「俺も同じ物を」

 そう言ってから気がついた。俺財布にほとんど入ってない。

「すいません。やっぱり三百円以内で適当に見繕ってください」

「若者よ。ここはわしがおごる。お前さんは好きな物を食べなさい」

 甘えたいのは山々だがこんな老人におごらせて大丈夫なのか。目で合図されて全力ダッシュなんてごめんだぞ。

「そんな不安そうな目で見つめるな。わしにだって金くらいある。一種類ずつ、全部にしてくれ」

 はいよ、という威勢の良い声がして親父が一つ一つ皿に置いて並べてくれた。

「それで、何があったんだい? 何か嫌なことがあったんだろう?」

「就職の面接に落ちたんだよ。月並みな話だろだろ? これでも俺、東京大学出てるんだぜ? 就職浪人二年生だ。もう諦めて田舎帰ろうかな。ここにいてもどうにもならないし。いっそ死んだ方が良いのかもしれない」

「それであんたはどうしたいんだい? 田舎に帰りたいのかい?」

「就職したいさ。バリバリ働いて、ビッグになって、ちょっと可愛い年下の嫁さん貰って、老後は貯めた金で夫婦で旅行なんか行ったりして……、東大出てりゃあそれくらいチョロいもんだと思ってた。あんまり上手くいかないもんなんだな。まさか就職出来ないなんて思わなかったよ」

「どんな会社でも投げ出さないかい?」

「――まあ、ある程度収入があれば文句はないよ」

 俺は大根を少し食べた。暖かくてみずみずしい。コンビニの弁当以外を食べるのって久しぶりだなあ。

「これを」

 老人は見覚えのないケータイをこちらに渡してきた。

「あんたとこれ以上付き合う気はねえよ」

「まあ、何も言わずこれを受け取れ」

 渡されたケータイ電話を手に取ってみる。いたって普通のケータイだ。確かお店で一度は見たことがあったと思う。

「わしはちょっと用事があるからもう行くよ。はい、これがお代だ」

 老人は一万円を置いて闇夜に消えていった。

 俺はおでんを食べながら思った。また、面接受けよう。

 ――と。

 突然ケータイがなり始めた。自分のではなくさっき渡された奴だ。

「しまった!」

 この時は何かやばい物を渡されたと思った。このタイミングでなり始めるなんて出来すぎている。

「はい。もしもし」

 と思いつつも出てしまった。切るのも癪だし、鳴らし続けるのも親父に迷惑がかかる。

「よかったあ。誰かに拾われてたんや。そのケータイの持ち主なんやけど、今どこ?」

 俺がどこそこの高架橋の側のおでん屋とだけ答えると、「ありがとうな。今すぐ行くさかい。そこで待っといて」

 男は五分ほどで来た。

「悪いなあ。いろんな所にケータイ置き忘れてくる癖あんねん。堪忍な」

 少し太り気味で関西の訛りが入ったその男はそう言うと俺の隣に座った。

「失礼やけど、君いくつ? あ、バストちゃうで」

「二十四ですけど」

「学生やないんやあ。雰囲気学生やったからジュース頼みかけたわ」

 その時にはさっきのおでんは残っていなくて男に変な気を遣わせたのかと思った。

「じゃあ清酒二杯。俺とこの子の分ね。あとなんか適当なもんを。なんか食べたいもんあるか?」

 そう訊ねられたので「もう頂きました」と正直に答えた。

「はあ? お前酔うてないやんけ。まさか酒飲まんとメシだけ食ったんちゃうやろな?」

「……そうですけど」

「東京のもんはおでん食うても酒飲まんのか!」

 俺って東京代表だったのか? そうだったのか。

「いや、なんというか……そういう気分でなかったので」

「エライ湿気た面しとんなあ。そんなもんな、飲んで忘れろ」

 男は出されたお酒を一気に飲み干した。

「もう一杯おくれ」

 すぐにおかわりする。

「仕事は?」「はい?」

「仕事は何してんねん? まさか親のすねかじって呑み歩いてんちゃうやろな」

「一応コンビニで働いてます。バイトですけど」

「なんかやりたいことでもあるんけ? 音楽とか絵とか」

 俺は出されていた酒を呑んだ。

「別にありませんけど」

「じゃあなんでバイトなんてしてんねん! どっか就職したらええやろ。若いもんが働かんで誰が働くっちゅうねん!」

「どこも取ってくれないんですよ! 俺だって好きでバイトしてるわけじゃないんだ! 就職出来るんなら俺だって……」

「言うたな? そんなら俺の勝ちや。うちとこ来い!」

 どんなブラック企業なのだろう。こんないい話おかしい。そもそも企業なのか。

「いや、でも」

「でも、何もあるかい。これ名刺や」

 男は名刺を渡してきた。上にタケダシステムと書いてあり、その下には人事部長、富田武志と書いてあった。

「学生やったら唾つけといたろ思たけど、付けんでもよかったな」

 そう言って富田は下品に笑った。でも俺はその下品さに親しみを感じてしまって、一緒になって笑っていた。








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