まぁ、珍しくもない家庭
家に帰ると父が居なかった。
部屋は台風でも起きたかのように散らかり、あちこちにガラスや皿の破片が散らばっていていた。
その部屋の真ん中で、母が沈黙のまま座っていた。
4年前の出来事なので少しその様子が曖昧になってきたが
あの凍える様な家の寒さは、今でも鮮明に覚えている。
寒い
鞄から家の鍵を取り出し、扉を空ける。
少年、聖は家に帰っても、ただいまとは言わない。
だれも、おかえりと返してくれないからだ。
誰も居ない家は冷え切っているのにも関わらず、聖は気にすることなくコートを脱ぎダイニングへ向かう。
大きなソファにコートをかけ、テーブルへと目を向けた。
そこにあったのはたくさんの冷凍食品やお菓子、飲み物。
横には5千円札とメモが置いてあった。
『今日は、帰らない』
たった一言書かれたメモ。
「…今日も、じゃん」
メモをくしゃりと潰し、ゴミ箱へ投げ捨てる。
同じように丸め潰されたメモが溢れかえっていた。
リモコンに手を伸ばし、テレビをつける。
画面に映し出されたのは、女性キャスター。
寒い中、しっかりとコートを着込んではいるが、鼻や頬が寒さで赤くなっていた。
『今日は待ちに待ったクリスマス。ご覧ください、町はすでに賑わっており、イルミネーションがとっても綺麗です!さて皆さんは今年のクリスマス、誰とお過ごしになりますか?わたしは家族と過ごすつもりです!お出かけの方もいらっしゃるようなので、しっかり防寒してくださいね。外はとっても寒いですよ!ですが残念なことに今年は雲ひとつない快晴で、雪が降る気配は全く無く…』
ブツッ
と音を立てて画面が真っ黒になる。
『誰とお過ごしになりますか?』
聖の頭の中で先ほどの女性キャスターの言葉が響く。
彼はぎりっと唇を噛みしめ、リモコンを持った手を思いっきり振り上げた。
ガシャンと音を立てたそれは、中から電池が飛び出し、ころころと、冷たい床を転がっていく。
「へーき、だ」
誰もいない家で聖はぽつりと呟く。
「へーき、僕はへーき」
呪文のように繰り返す。
「へーき、ひとりでへーき」
「…へーき」
寂しいと手を伸ばしたって、冷たく振り払われるだけなんだから
後で電子レンジで温めた冷凍のグラタンは、何故がしょっぱい塩水の味がした
寒い
暗いなぁ…




