9 カフェオレ
ノエさん、ごめんなさい。
約束、守れませんでした。
朝、部屋を出る前に五ミリサイズの魔力晶を作っておこうと思ったら、一気に両手から溢れて床にコロコロと転がる量が出来てしまった。
恐るべし、魔力無限大。
十個くらいなら大丈夫かなとパンツのポケットに入れて、あとはマジカルバッグにないないだ。
なにか、袋みたいなのが欲しいかも。ファンタジーアニメや漫画でよく見る革袋って、どこで売ってるのかな? 今日、街に出たらユーゴさんに聞いてみよう。
マジカルバッグを斜め掛けにして、なにも置いてないから盗られる物はないけれど、それでも部屋にしっかり鍵をかけてから一階の食堂に向かう。
ちょっと前に六の鐘を聞いたから、朝食の時間なはずだ。昨日は、昼食も夕食も時間外で迷惑かけちゃったから、今朝は時間厳守なのだ。
でも、朝食が六時からってちょっと早いね。泊り客って、冒険者さんとかなんだろうか。朝、早くから仕事に行くから朝食の時間も早いとか?
まだ他の泊り客を見てないんだよね。私が食事の時間を守っていないせいもあるんだろうけれど、廊下ですれ違ったりもしていない。まあ、コマドリ亭ならちゃんと信用できるお客さんばかりなのだろうと思うけれど、気にはなる。
ちなみに今日の私の服装は、桜色のセーターにブラックウォッチのパンツだ。おばあちゃんの家に行く時は洗濯してもらえるから、そんなに着替えはたくさん持って行かないんだよね。それに、英文字がバーンとプリントされてる服なんてこの世界では着れないから、選択肢が少なくて。
昨日の夜、宿が寝静まってからマジカルバッグの中の家に行ってお風呂に入ったんだけど、着替えに悩んでしまった。パジャマも持っているけど、ふわふわモコモコのやつで、この世界には絶対にありそうにない素材だ。それに、慣れない世界で何があるかわからないから、念のためにすぐ動けるようパジャマではなくて服を着て寝ることにした。
あの家、最初に見た時には十分暮らせると思ったけれど、実際には色々足りない。まず、洗濯機がないんだよ。洗濯、手で洗うしかない?
あと一番困ったのが、シャンプーもリンスも洗顔料も持っていたけれど、ボディソープだけはおばあちゃんちのを使っていたから持っていなかった。シャンプーで体も洗おうかと思ったけれど、そのシャンプーだって残りがたくさんあるわけじゃない。なので、結局はお湯でぬらしたタオルでこすっただけだ。
ドライヤーもなくて、髪が自然乾燥するまで寝られないなと思ったけれど、そういえば魔法で一瞬に乾かすシーンをアニメで見たことあることを思い出してマジカルディクショナリーで調べたら、ありました。髪が乾くのをイメージして、呪文は『ドライ』だった。
一瞬で乾いたよ、魔法って便利。
……って、そうだよ、魔法! 洗濯、魔法でできない? いや、出来るよね。呪文、クリーンとか? うあ、今気づいたよ。ということは、お風呂なくても自分にクリーンかけるだけでよかったんだよね。
お風呂が普及してないっぽいのに、この世界の人たちが不潔そうに見えないのはもしかして、魔法があるから?
駄目だ、魔法があるということ自体にまだ慣れない。せっかくリュシオンが無限大の魔力をくれたんだから、活用しなきゃだよね。
そんなことを考えながら食堂の扉を開けたら、四台あるテーブル席の内、三台が埋まっていていた。
おお、こんなにたくさん泊まってたんだね。がらんとした食堂しか見たことなかったから、ちょっとびっくりした。
お客さんたちは、年齢も服装も、ついでに種族もバラバラだった。人族が多いけれど、獣人さんもちらほらいる。
一番奥の席に座っている四人は、テーブルの横に武器を置いてるから冒険者さんだろうか。男の人が三人で、女の人が一人だ。三人の男の人の内の一人は、エルフ族だろうか。耳がとんがっているけれど、私やノエさんよりも短いような?
ぴったりとした革のジャケットを着ている女の人は、犬系の獣人さんだ。大きな茶色い垂れ耳がすごく可愛い。座っているからよく見えないけれど、下はパンツみたいだね。冒険者は女の人でもパンツスタイルらしいから、やはりあの四人は冒険者なんだろう。
残りの男の人たちも犬系の獣人さんだと思う。一人は焦げ茶色の耳で、もう一人はグレーだ。獣人さんが三人と、エルフさんが一人のパーティーなんだろうね。
冒険者かー、異世界転移ものでは冒険者になるというのが多いよね。でも私は、戦うのは怖いから冒険者は無理だ。身分証は持っているから、身分証のために冒険者登録する必要もないし。
それより私、スカート買わなきゃだ。冒険者じゃない女の人はスカートらしいけど、一枚も持ってないんだよね。買う物が結構あるな、お金足りるかな。
「パンジーちゃん、おはよう。空いてる席に座っておくれ」
奥の扉が開いて、木製のトレイを持ったリタかあさんが出て来た。明るい声で私に声をかけてくれながら、冒険者さんたちの前にお皿を置いている。
昨日の昼に座ったのと同じカウンター席に座って待っていたら、リタかあさんが私の分も運んで来てくれた。バターロールっぽいパンが二つに大きなオムレツにカリカリのベーコン。添えられてる野菜は、フリルレタスとかいうやつかな?
「パンジーちゃん、飲み物はまたムギチャがいいかい?」
麦茶でもいいけれど、朝は紅茶かコーヒーが飲みたいな。確か、コーヒーとミルクは二百円だっけ。
「カフェオレって、できますか?」
「カフェオレって、なんだい?」
「え?」
コーヒーとミルクがあるんだから当然カフェオレもあるんだと思ったら、違うみたいだ。コーヒーとミルクを半々くらいで混ぜた飲み物だと説明すると、不思議そうにしながらもリタかあさんは作ってくれた。
「なるほどねぇ、これは飲みやすいね。コーヒーは苦くて飲みにくいものだと思ってたけど、これならあたしも好きだよ」
自分の分も作って飲んでみたリタかあさんは、どうやらカフェオレを気に入ったらしい。最初は恐る恐るという感じで口をつけたのに、すぐにごくごくと飲み干してしまった。
「温めてもおいしいですよ」
「そうなのかい?」
どうもこの世界の飲み物は常温が当たり前っぽくて、昨日いただいた麦茶も常温だった。それでも十分においしかったけれど、熱い飲み物や冷たい飲み物はないのかなと思っていたのだ。
「鍋で温めたらいいのかい?」
「はい、吹きこぼれない程度に」
やってみるよと言ってリタかあさんは、それぞれコーヒーとミルクが入ったピッチャーを二つ持って奥に行ってしまった。バターの香りがするパンとトロトロのオムレツを食べているとリタかあさんが戻って来て、持ち手のない、まさにカフェオレボウルみたいな器を私の前に置いてくれた。
「これでいいか、飲んでみておくれ」
一口飲むと、コーヒーの苦みとミルクのまろやかさが両方楽しめる、おいしいカフェオレだった。朝は、暖かい飲み物がうれしい。体がポカポカとしてくる。
「本当においしいねぇ、アスカム山の方ではこんな飲み方をするんだね」
「あ、うちだけかもしれないです。えっと、私がコーヒーが苦いからミルクを入れて飲んでみたらおいしくて、それから飲みだしたんじゃなかったかなー、確か」
アスカム山の名物とか思われたら困るから、慌ててフォローしておく。ああ、嘘が重なっていくなぁ。もしかして、カフェオレ飲みたさに余計なことしちゃったかも? でも、カフェオレはおいしい。
「じゃあ、カフェオレって名前はパンジーちゃんが考えたのかい?」
「えーっとぉ、どうだったかなぁ。ちょっと忘れちゃいました」
確か、カフェオレの語源ってフランス語だったと思う。カフェがコーヒーでオレがミルクの意味だっったかな、うろ覚えだけど。でもそれ、説明できないよ。
「お食事中に申し訳ない」
リタかあさんの質問に冷や汗をかきながら湯気のたつカフェオレを飲んでいると、後ろから声をかけられた。振り向くと、見るからに仕立てのよさそうなスーツを着た紳士が立っていた。
「私は、トマス商会のメイソンと申します。ハーフエルフのお嬢さん、はじめまして」
「あ、はい、はじめまして。私は、パンジーといいます」
「トマス商会さんは、うちを常宿にしてくださっているんだよ。トマス商会さんならもっと高級な宿にいくらでも泊まれるだろうにねぇ」
「なにをおっしゃいますか、コマドリ亭は最高の宿ですぞ。とにかく料理がおいしい、特にコメ料理が秀逸ですな。いつも誰がついて行くかで、うちの従業員たちがもめるほどです」
「それは、嬉しいね。旦那も喜ぶよ」
そうか、ここにいる人たちってトマス商会の従業員さんなんだね。冒険者さんたちは、護衛かな?
「それでですね、今お飲みのカフェオレ、ですかな? それを私にもいただけませんかな。もちろん、お代をお支払いしますので」
「かまわないよ、温めるかい?」
「是非、お願いします。温めるお手間代もお支払いいたします」
「いいよ、たいした手間じゃないさね」
「しかし、火の魔道具の魔力晶を消費されますでしょうから」
「これぐらいなら少ししか使わないさね、一杯でいいのかい?」
リタかあさんがテーブル席の方を見ると、若い男性がサッと手をあげた。
「会長、私も試してみたいです」
それがきっかけになったのか、私も私もと、次々と手があがる。手をあげていないのは、四人組の冒険者だけだった。
「よろしければ炎の剣の皆さんもいかがですかな、もちろんご馳走します」
『炎の剣』というのがパーティー名なのだろう。あの四人だけ商会の従業員じゃないから、遠慮していたとかかな?
「私、飲みたいな」
女性の冒険者さんが手をあげた。立つと、ふさふさのしっぽが見えたよ! え、パンツにしっぽを出す穴が開いてるの?
「じゃあ、俺も」
「俺もいただきます」
エルフさんだけはミルクが駄目だとのことで、他は全員が飲むことになった。やはりお手間代をと言う商会長さんにリタかあさんがいいよいいよと笑っている。
「おいしい」
「私、コーヒーは苦いから苦手だったんだけど、これはおいしいわ」
「あったまるー、暖かい飲み物っていいね」
カフェオレは、なんだかすごく好評だった。本当にこの世界には、カフェオレがなかったんだね。
「パンジーさん」
「はい」
「よろしければ、このカフェオレのアイデアを買い取らせていただきたいのですが」
「え、買い取る?」
アイデアを買い取るって、何? いや、わかる。前の世界でもアイデア料とか普通にあったからわかるけど、だけどカフェオレだよ?
「王都でコーヒーの店を出しているのですが、あまり人気がないのです」
「コーヒーのお店、ですか」
「はい、コーヒーと軽食をお出しする店です」
それって、カフェみたいなものかな?
「コーヒーの木を賜ってから三十年ほど経ちますが、あの苦みが癖になると好まれる方がいるもののまだまだ少ない。かくゆう私はコーヒー好きでして、なんとかコーヒーを広めたいのですが苦戦しております」
……ん?
この世界では、コーヒーの歴史ってまだ三十年なの? それと、賜るってどういうことだろう。
「ですがこのカフェオレなら、苦いのが嫌だとおっしゃられるご婦人方でも飲んでいただけるのではないかと思うのです」
「それなら、お砂糖を入れたら子供でも飲めると思いますよ」
「なんと、砂糖を入れるのですか!?」
あ、あれ?
コーヒーに砂糖を入れる習慣もこの世界には、なかったっぽい。私は、コーヒーも紅茶もお砂糖は入れない派だけど、たまに甘いのが飲みたくなって入れることもある。甘いのもおいしいよね。
それとも、もしかして砂糖がすごく高価だとか? そんな高価なものを入れるのかという驚きだったり……。
「はいよ、砂糖だよ」
「おかみさん、ありがとうございます」
……違うみたいだね。
リタかあさんが厨房から砂糖が入っているらしい、一抱えもある大きなツボを抱えて来たよ。
「パンジーさん、どれくらい入れたらいいですか」
「好みによりますけど、小さなスプーン一杯くらいでしょうか。甘いのが好きなら、もっと入れてもいいと思います」
「なるほど」
メイソンさんが飲みかけのカフェオレに砂糖を入れると、他の従業員さんたちも遠慮なく砂糖を入れてるから、砂糖はそんなに高価なものじゃないんだろう。グラニュー糖ではないけど、白いから上白糖だ。昔の砂糖って確か、茶色いんじゃなかったかな?
「おいしい、お菓子みたいです」
「俺は、甘くない方が好みかな」
「砂糖を入れるか入れないかは、ご注文をうかがう時に尋ねたらいいと思います」
「いや、それより砂糖入りカフェオレと砂糖なしカフェオレを別メニューにした方がいいだろう」
「そうだな、砂糖入りは砂糖なしより少し高く値段設定しないとならないだろうしな」
従業員さんたちから次々と意見が出て、それにメイソンさんがうなずいている。しかし、砂糖入りと砂糖なしで値段が変わるとか、砂糖は高価なものではないけど安いものでもない? 日本のカフェでは、砂糖は無料でもらえるけど、この世界では違うっぽい。
「あの、冷たくしてもおいしいです」
「なるほど……」
もう一口、カフェオレを飲んだメイソンさんは、カップをカウンターに置いてから私の方に体を向けた。
「パンジーさん、どうかカフェオレのアイデアを我がトマス商会に売ってください。お願いします」
メイソンさんに頭をさげられて慌ててしまう。だって、カフェオレだよ? 私が考えたんじゃないってば!
「あの、アイデアも何も、好きにしていただいてかまいませんよ?」
「何と欲のないお嬢さんだ、ですがそういうわけにはまいりません。そうですね、百万エンで向こう一年の独占販売権でいかがでしょうか」
「百万円!?」
「はい、二年目以降はまたご相談させてください。売上が伸びれば、もっとお支払いできると思いますので」
「でも、コーヒーとミルクを混ぜるだけなんですから、すぐに他のお店に真似されちゃうんじゃ」
「もちろん、商業組合にパンジーさんのお名前でカフェオレを登録をいたします。その上での独占販売ですので、真似をして販売しますと罪になります。自宅などで個人がカフェオレを楽しむ分には、問題ないのですが、販売はできないのです」
「そうなんですね……」
「いかがでしょうか」
いかがでしょうかと言われても、カフェオレで百万なんてもらえないよ。百万円も稼ごうと思ったら、魔力晶をいくつ売ればいいのか……いや、ビー玉サイズなら十七個だわ。それくらいなら既に作ってたわ。
「うちでも出したかったけど、百万エンは無理だねぇ」
「あれ、それだと私がカフェオレ飲めなくなる?」
だって私、今のところコマドリ亭でしかカフェオレ飲めないし。他では売ってないのなら、そうなるよね。マジカルバッグの中の家でコーヒーが淹れられるようになったら、飲めるようになるんだろうけど。
「それでは、パンジーさんとコマドリ亭さんが販売するのは自由で、あとはトマス商会の独占販売でいかがでしょうか」
「えーっと、それならいい、のかな?」
「本当ですか!」
商売のことなんて、全然わからないよ。だけど、お金はいらないと言っても通りそうにないし、うーん。
「うちでも出させてもらって、いいのかい?」
「もちろんです。パンジーさんのアイデアでコマドリ亭さんが最初に作ったということで、カフェオレ発祥の地はコマドリ亭さんということにしましょう。商業ギルドには、そう登録させていただきます」
「パンジーちゃんとトマス商会さんがいいなら、うちはありがたいけどねぇ」
これって、リタかあさんにとって嬉しいことなのかな? リタかあさんが喜ぶんなら、いいかな。
「じゃあ、そういうことで、はい」
「ありがとうございます。商業組合の手続きは私が責任をもって進めますが、一度だけパンジーさんにもご足労をお願いすることになると思います」
「商業組合って、この街の?」
「はい、エシャール支部で大丈夫です」
「それなら、はい」
お金は、手続きが済んでからもらえることになった。商業組合に行く時にはリタかあさんがついて来てくれるって言うから、甘えることにした。説明を聞いてサインするだけらしいけど、やっぱり不安だもんね。
誤字報告、ありがとうございます。
本当、本気で助かってます。
ありがたや~。
ブクマ、評価もありがとうございます。
ハイファンタジーの日間とか週間とかでちょこちょことランキング入ってます。
顔マークもありがとうございます。
私がなろうから消えていた間に実装されていた顔マーク、どういうものかわからず、泣き顔はマイナス評価なのかと笑顔ばかりポチポチしてたんですけど、調べてみたら違いました。
簡易な感想システムなんですね。
笑えたなら爆笑マークとか、泣けたら泣き顔マークとか、そういう意味らしいです。
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