8 魔力と魔法
【この世界に生きる全ての者は、魔力を持っている。
魔力は成長とともに増え、ピークを過ぎると加齢により減少する。
魔力が一定量以上に減れば満足に動くこともできず、完全に枯渇すれば死に至る。
魔力とはつまり、生きる力そのものである。
中央大陸に住む種族は、人族、獣人族、ドワーフ族、エルフ族である。
人族の保有魔力量は少なく、その寿命は五十年から六十年ほどだ。
獣人族の保有魔力量は種族にもよるが、寿命は百年から三百年ほどで、一番長い竜種は六百年から八百年ほど生きる。
ドワーフ族の寿命は、四百年前後である。
エルフ族がこの世界で一番保有魔力量が多いとされているが、個体差が激しい。数百年しか生きない者もいれば、千年近く生きる者もいる。
エルフ族の中でも飛びぬけて保有魔力量が多いハイエルフは、エルフの王族と崇められ、病気や怪我で死に至ることがない限りは数千年を生き続けることが出来る。】
【魔法は、保有魔力量が多いエルフ族が生み出したものとされている。
よって魔法の発動には必ず、エルフ言語を用いなければならない。
使用する魔法を明確にイメージし、かつ呪文であるエルフ言語を理解した上で魔力を捧げると魔法陣が発生し、世界がその魔法陣を認めたら初めて魔法が発動する。
魔法の発動時にはかなりの瞬間魔力が必要となるため、保有魔力量が少ない人族で魔法が使えるものは限られる。
無理をして魔法を発動すると魔力枯渇を起こし、最悪の場合は死に至ることもある。】
「エルフ言語って、つまり英語だよね?」
キッチンで椅子に座ってマジカルディクショナリーを開いていた私は、つい声に出して呟いていた。
この世界に来てから、独り言が増えた気がする。ユーゴさんやノエさん、リタかあさんやマルロとうさんと出会えたけれど、一人きりの時間がそれなりにあったせいかな。
まあ、とにかくやってみますか。
パンが入っているジップロックをテーブルの上に並べてから立ち上がり、そちらに向けて手のひらつきだした。えっと、時間停止の呪文は……。
「ストップ ザ タイム!」
パンがサクサクふわふわカリカリのままで保存されるイメージを思い浮かべた上に、魔力晶を作った時みたいにパンに向けて広げた手のひらから魔力出ろーと念じながら、まんま英語な呪文を唱えた。
すると足元が紫に光った。
魔力晶を作った時は外だったし、一瞬すぎてわからなかったけれど今度は見えた。なにかよくわからないけど複雑な模様が、私の足を起点にパッと広がってすぐに消える。
なるほど、これが魔法陣なんだね。
世界が魔法陣を認めたら魔法が発動する、か。
どうでもいいけどリュシオンよ、魔法陣まですみれ色かい!
「これでパン、傷まなくなったのかな?」
見た目は変わらないので、いまいち自信がない。また明日にでも、固くなっていないか確かめよう。
パンは、食器棚の隣にあるオープンシェルフに並べた。かなり大きなオープンシェルフなのに他に何もないから、どこにでも置き放題だ。
旅行鞄などの荷物は、二階のベッドがある部屋に移動しておいた。別に誰かに見られることもないのだからリビングに置きっぱなしでもかまわないようなものだけど、一応ね。
コートをしまっておこうかと思ってクローゼットを開けたら、この世界に来た時に着ていたバトルコスチュームがぶらさがっていた。他の荷物はリビングに置きっぱだったのに、この扱いの差はなんなの?
あのパンジリアンめ!
トイレも済ませたし、コマドリ亭に戻ろうかな。よし、戻る……と、思った時にはすでにコマドリ亭の私が借りている部屋だった。
本日四度目の、気がついたら違う場所現象だ。もうすっかり慣れましたとも!
もっとマジカルディクショナリーで色々と調べたい気持ちはあったけれど、そこで体力の限界がきたようだった。布団の間に潜り込んで、ちょっとこのベッド固いなと思いながら目を閉じたところで記憶が途絶えた。
次に目が覚めたのは、扉を叩く音が聞こえたせいだった。今度は、気づいたら違う場所ではなく、コマドリ亭の私が借りている部屋のままだ。
すっかり眠ってしまっていたようで、窓の外はもう夜だ。今夜は月夜なのか、部屋の中は物の形が見える程度には明るい。
またノックの音が聞こえたので、慌ててベッドから降りた。
「パンジー、寝てるかな?」
リタかあさんが夕食の知らせに来てくれたのだろうと思ったのだけれど、聞こえて来たのはユーゴさんの声だった。服のままで寝ていたので、髪だけ手櫛で整えてから扉を開ける。
「お、起きてたか」
「いえ、寝てたんですけど、ちょうど目が覚めたところでした」
「そっか。お袋が一度呼びに行ったけど返事がなかったって言うから、様子見に来た」
「え、全然気がつかなかった」
「疲れてたんだろ、無理ないよ」
門番の仕事が終わって帰って来たのであろうユーゴさんは、革鎧はもう脱いで、飾り気のない白いシャツと茶色のズボン姿だった。こんなラフな格好だと、更に若く見える。もしかして、大学生くらいの年齢なんじゃないだろうか。
「夕飯、どうする? お袋は、このまま朝まで寝かしておいてやれって言ったんだけど、パンジーが夜中に腹減って目が覚めたら可哀想だと思ってさ」
「でも、もう夕食の時間は終わったんじゃ?」
昼食の照り焼き丼をいただいたあとで、リタかあさんがコマドリ亭の食事時間のルールを説明してくれた。
朝食は、六の鐘から八の鐘の間。昼食は、十一の鐘から十三の鐘の間。夕食は、十八の鐘から二十の鐘の間って。少しくらい前後してもかまわないよと言ってくれたけれど、リタかあさんが呼びに来てくれた時が夕食の時間だったなら、もう終わっているのではなかろうか。
一日が二十四時間なのは前の世界と同じだけど、『〇時』ではなくて『〇の鐘』と言うみたいだ。この街に来てから何度か鐘の音を聞いた。あれは、街の人に時間を知らせる鐘なのだろう。
「かまわねえって、俺も今から食うところだから一緒に食おう」
「あ、それなら、はい」
仕事から帰って来てお腹がすいているだろうに、私を呼びに来てくれたユーゴさんはやはり優しい人だ。
私は一旦、部屋に戻って大事なマジカルバッグを斜め掛けにしてから鍵を持って再び外に出た。しっかりと鍵をかけて、廊下で待っていてくれたユーゴさんと一緒に食堂に向かう。
「パンジーちゃん、起きたね。今日は、ビーフシチューだよ」
食堂に入った途端にリタかあさんの明るい声が迎えてくれた。それにまたもや、馴染みのある料理名だ。
やった、ビーフシチューは私の好物だ。保温鍋でほったらかし調理ができるから、お母さんがよく作ってくれたんだよね。
食堂は、想像していたよりずっと明るかった。ファンタジー世界の夜は暗いものだと思っていたけれど、これなら普通に本だって読めちゃう明るさだ。あちらこちらにいくつも吊るされているランプのようなものが光源みたいだけれど、あれも魔道具なのだろうか。
そうか、あれが灯りの魔道具ってやつなんだね。確か、ノエさんがそんな風なことを言っていた……。
「あれ、ノエさん?」
食堂には、一人だけ先客がいた。魔道具屋のノエさんが、窓際のテーブルで食事をしていたのだ。
「え……ノエさんて、ここに泊まっているんですか?」
魔道具屋さんで働いていたからてっきり街の人なんだと思っていたけど、違うの? ファンタジー小説では、冒険者や商人が何か月も宿に滞在して仕事するというのがあったけど、そういうことなのかな。
「いや、違うって。ノエは、親方がいない時はうちに飯を食いに来るんだよ」
説明してくれたのは、ノエさんではなくてユーゴさんだった。ノエさんの向かいの席にどかっと座る。
「うちは食堂はやってなくて、飯は泊り客に出すだけなんだけどな、ノエみたいに近所の連中が食いに来ることがよくあるんだ。うちの親父の飯は、うまいからな」
ユーゴさんが椅子を引いてくれたので、私も座った。ユーゴさんの隣で、ノエさんからは斜め前だ。
「はいはい、おかわりもあるからね。たくさん食べておくれ」
そこにリタかあさんが料理を運んで来てくれた。ビーフシチュー、匂いだけでもうおいしいんだけど。
「パンジーちゃんは、ムギチャでいいかい?」
「はい、お願いします」
「お袋、俺はエール」
「四百エンだよ」
「ひでえ、息子から金とるか」
「当たり前だよ、この飲み助が」
夕食のメニューは、お肉がゴロゴロ入っているビーフシチューにコールスローみたいなサラダ。それに、薄くスライスしたバケットがかごに盛られてテーブルの中央に置かれている。
パンは、好きなだけ取って食べるって形式なんだね。これで八百円は、安すぎではないだろうか。
早速、スプーンを持っていただきます。うーん、お肉が口の中でほろほろと崩れる!
「パンジー、ノエの店に行ってたんだって?」
「はい、魔力晶を売りに行きました。お金、あんまり持ってなくて」
あんまり、ではなくて無一文だったんだけどね。
路地に入り込んで襲われそうになったことは、できれば言いたくないなと思いつつノエさんを見ると、ノエさんはこちらを見ることなく黙々とビーフシチューを口に運んでいる。そういえば、さっきから一言も喋ってくれてなくない?
リタかあさんがノエさんのことを朴念仁とか言ってたな。マルロとうさんは、無愛想って言ってたね。お店では、色々説明してくれたからそんな感じはしなかったけど、こんな風に黙っているところを見ると、仕事以外ではあまり喋らないのかも。
「魔力晶って、パンジーが自分で作ったのか?」
「はい」
「へえ、さすがハーフエルフだな」
エルフ族は保有魔力量が多いから、魔力を使って作る魔力晶が作れるってことだね。あとで魔力晶のこともマジカルディクショナリーで詳しく調べなきゃだ。
「ノエ、高く買ってやったんだろうな」
「規定の買い取り価格だ」
「お前、こんな可愛い娘にはちょっとぐらいサービスするもんだろうが」
「容姿で魔力晶を作るわけじゃないからな」
おお、ノエさんが喋った。自分からは話さないけど、話を振れば答えてくれるのかな。それとも、相手がユーゴさんだから?
「お二人は、仲がいいんですか?」
「仲は、普通? まあ、幼馴染ってやつだな。俺、ノエがちっこい頃に子守させられてたし」
「嘘つくな、三歳しか違わないのに何が子守だよ」
「嘘じゃねえって。お前、よちよち歩きなのにすぐどっか行っちまうから見てろって、ゴルドの親父さんによく頼まれてたんだよ」
「見てただけだろ」
「世話してやったつーの」
「世話された記憶がない」
「そりゃお前、一歳かそこらだったから」
「記憶がないから無効」
「なんだそりゃ」
「やっぱり仲よしじゃないですか!」
二人の会話がおかしくて、つい笑ってしまった。この気安い感じ、幼馴染独特の空気感だよね。私も春とは、遠慮なしにポンポン言い合えるし。
「三歳差って、おいくつなんですか?」
これ、実はすごく聞きたかったんだよ。特にユーゴさんの年齢がすごく気になってます。
「俺は、二十二。こいつは、十九」
ユーゴさん、めっちゃ若かった! 三十代とか思って、本当にごめんなさい。だけど、それより驚きなのはノエさんだ。
「え、ノエさんって私と二つしか違わないの?」
「はあ? お前、それで十七なのか」
「ノエ、女の子に失礼だろ」
いや、ユーゴさんだって十二、三歳かと思ったって言ったよね? 別にいいけど、この体は私じゃなくてパンジーだし。
だけどノエさん、大人っぽいな。落ちついてて、十代には見えない。
「え、パンジーちゃんて十七歳なのかい?」
いや、いいんだよ。いいんだけどね、飲み物持って来てくれたリタかあさんまでそんなに驚かなくてもいいとは思うよね。
「はい、十七です」
「そうだったのかい、だったらエールもワインもいけるね。ムギチャでいいのかい?」
「はい、麦茶が好きなので」
「そうかい?」
やっぱりこの世界では、十七歳はお酒飲める歳だったか。
リタかあさんが私の前に麦茶のグラスを置いていれた。ユーゴさんの前に置いたのは、エールなんだろう。
エールって、ビールと違うんだったかな。お酒、飲んだことないし、違いがわからないや。
そして、ゴトッとテーブルの真ん中あたり、バケットのかごの横に置いたのは、サービスなのかユーゴさんの酒のつまみなのか……え、これって、もしかしなくてもフライドポテト? 皮つきのままクシ形に切って揚げた、私が一番好きなタイプ!
「ユーゴ、あとは勝手にやっとくれ」
「おう」
もう休むのだろうか、リタかあさんはそう言い残すとカウンターの向こうの扉に消えて行った。
さっき、遠くに小さく聞こえた鐘の音を数えたら、九回だった。九の鐘、つまり九時だ。夕食は、八の鐘までって言ってたのに、やっぱり過ぎている。
遅くまで申し訳なかったなと思いながらおいしいシチューをいただいていると、ノエさんがスプーンを置いてガタッと椅子を鳴らした。
「親父さんにうまかったって伝えて」
「なんだよ、酒つきあえよ」
「まだ仕事が残ってるんだよ」
立ち上がりながらノエさんは、手をのばしてポテトを摘んだ。お行儀は悪いけど、こんな遠慮のない感じはいいなと思う。
「おい、お前」
「パンジーな」
「パンジー、魔力晶を作る時には体調を気にしながら一つずつだからな。大丈夫そうなら大きいのを作ってもいいけど、必ず一つずつだ」
「経験者は、語るねぇ」
「うるさい」
作ったら売りに来いよと言って、ノエさんは帰って行った。その背中にユーゴさんがひらひらと手を振っていた。
「あいつ、ガキん頃にデカい魔力晶作ってぶっ倒れたんだよ。三日も目が覚めなくてな、ゴルドの親父さんが真っ青になってた」
「ああ、それであんなに心配してくれるんですね」
「実際、金のために無理して魔力枯渇を起こして、死んじまうやつってたまにいるんだよ。だから、しつこいくらい無理すんなって言うだろうけど、我慢してやってくれ」
「はい、それはもちろん」
様子を見ながら一つずつ作れと何度も言うのは、私を心配してくれてるからだもんね、ノエさんも優しな、この世界の人って優しい人ばかり……でもないか。路地裏で襲って来るような人もいたんだった。
「それよりパンジー、俺、明日は遅番なんだけど、四の鐘くらいまででよかったら街の案内しようか?」
「それだと、疲れてお仕事が大変じゃないですか?」
「それくらい全然平気だよ。パンジーも早くこれから住む街を見てまわりたいだろ」
「うれしいです、お願いします」
ユーゴさん、やっぱり優しい!
街を見て回りたいし、買いたい物もあるんだけど、路地裏で襲われそうになったことを思うと、ちょっと不安だったんだよね。でも、ユーゴさんが案内してくれるなら安心だ。
「明日、朝飯食ったら出かけよう」
「はい!」
明日、楽しみだな。




