5 魔道具屋
背の高いエルフのあとを私は、置いていかれては大変と必死でついて行った。すぐに細い路地を抜け、ほんの数分で大きな通りに出る。
こんなに近かったんだ……もしかして、冷静だったら私一人でも対処できたの?
「お前、この辺りじゃ見ない顔だな」
大きな通りに着いたからすぐにお別れかと思ったのに、エルフさんは私の顔をまじまじと見ながらそう言った。もしかして私、見ただけで田舎者ってわかるのかな。
「……ついさっき、街についたばかりです」
「宿は?」
「えっと、コマドリ亭に」
「ああ、あそこなら大丈夫だな」
こっちだ、そう言ってエルフさんはまた歩き出した。もしかして、コマドリ亭まで連れて行ってくれるつもりだろうか?
「あの、送ってくださるんですか?」
「どうせ帰り道だ、気にするな」
「でも私、宿代がなくて」
「は?」
「魔力晶を売りたいんです、どこか買ってくれるお店を知りませんか」
エルフさんは、ちらりと私の方を見て、だけどすぐに前に顔を戻して歩き続けた。
「魔力晶の買い取りなら、うちでもやってる」
「うち?」
「魔道具屋」
「魔道具屋さん……」
「コマドリ亭のすぐ近くだから、先に寄っていけばいい」
少し先に見覚えのある店が見えて来た、服屋のようだからあとで見に行こうかなと思ったから覚えている。あの店の角を曲がると、コマドリ亭がある。エルフさんは、そこまで行かずに立ち止まった。
「ここだ」
「マドウグ、ゴルドノミセ……?」
「ああ」
『コマドリテイ』もそうだったけれど、何故か看板の文字が全部カタカナだ。読めるけど、読みにくい。
「入れ」
「はい」
エルフさんは扉の鍵を開けてから、私を中に入れてくれた。そんなに広い店じゃない。壁際に備え付けられた棚に、用途がよくわからないものが並んでいる。
私が店内をきょろきょろと見ている間にエルフさんは店奥にあるカウンターの中に入ってから、持っていた袋をどさっと置いた。
「見せてみろ」
「はい?」
「魔力晶」
「ああ、はい」
私は、マジカルバッグから魔力晶を出した。もちろん、ボウリング球じゃなくてビー玉の方を、とりあえず一つだけ。
「おまっ、これ自分で作ったのか?」
「あ、はい」
「初めて作った?」
「そうです」
「作った時、ぶっ倒れたろ」
「へ?」
「魔力を使いきると、確かに魔力量が増える。けどな、下手したら魔力枯渇で死ぬぞ。まさか、知らないで作ったのか?」
「えっと、その……」
「しばらく目が覚めなかったんじゃないか?」
「あの、倒れなかった……かな」
「倒れなかった?」
「はい、大丈夫でした」
エルフさんは、まじまじと私を見た。あれ、まずかったかな? 寝込みましたとか、答えるべきだったか。でも実際、一瞬で手のひらいっぱいできたんだけどな。
と言うか、直径二センチほどのビー玉でも大き過ぎた?
「そうか、魔力量が多い方なんだな」
「そうみたいです」
「みたいです?」
「えっと、山の中で育ったので、標準がよくわからなくて」
「ああ……そういうことか」
山の中で育ったと言った途端にエルフさんは、何か納得したみたいだった。手のひらの上で、私が作った魔力晶を転がしている。
「六万エンでどうだ?」
「エ、エン?」
「六万エンだ。言っておくが、エシャールでの魔力晶の買い取り価格は、かなり低い。他の街で売れば少なくとも二倍から、三倍。王都なら、十倍で売れるかもな」
いや、私が聞き返したのはそこじゃない。エンだよ、エン。まさかこの世界の通貨って、円なの?
「どうする?」
「売ります」
いくらであろうとも、売る以外に選択肢はない。なにせ、今夜の宿代がないのだから。
六万エンって、日本の感覚の六万円と思っていいのかな? それだったら、宿代に足りると思うけど。
「お前のは、質がいい。また売りに来てもらえたら助かる」
「あ、はい」
エルフさんがくれたものを受け取ると、銀貨っぽいのが六枚だった。これ一枚が、一万円なのだろう。通貨は円でも、紙幣ではないらしい。
「あと、押し売りするつもりはないが何か防衛用の魔道具を持っておくことをすすめる」
「防衛用の魔道具?」
「ああ、おすすめは雷の腕輪だな。炎の方が強力だが、街中で使うなら延焼が怖い」
「雷の腕輪……」
「お前は魔力が多いようだから、腕輪くらいなら魔力欠乏の心配はないだろう。安いものじゃないが、一つあればずっと使える。金がたまったら買いに来い、安くしてやるから」
雷の腕輪とは、何ぞ?
うあぁ、マジカルディクショナリーで調べたい。大体、魔道具がどういうものかすらわからない。
私がわかっていないのがわかったのか、エルフさんはカウンターの後ろにある扉から中に入っていった。そしてすぐに木箱を持って戻って来た。そして、カウンターの上に腕輪を三つ並べる。
「これが、雷の腕輪。指輪もあるが、指輪は魔力が少ない人族がよく使う。お前の魔力量なら、腕輪の方がいいだろう」
見ただけでは、素材が何なのかわからなかった。半透明なプラスチックに見えるけれど、この世界にプラスチックはないだろう。だったら、石を削って細工してあるのだろうか。
右から、薄い黄色、薄いピンク、一番左のは緑色。どれも表面に文字のようなものが彫られている。
「あの、これっておいくらぐらいですか?」
「こっちの安いので、十五万だな。真ん中が、三十万。これが、五十万だ。注文でもっと強力なのも作れるが、そんなの持つのは冒険者だな。チンピラを追い払うくらいなら、この安いので十分だ」
この安いのというのは、薄黄色のやつだ。さっきみたいな怖い目に合うくらいなら、是非欲しい。具体的にどういうものかは、まだわかっていないけれど。
「十五万……」
「ああ、お前なら魔力晶を作ればすぐに稼げるだろう。あんなに大きいのじゃなくて、もっと小さいのでいいぞ。防衛手段を手に入れるまでは、さっきみたいな人通りのないところに行かなければいい。夜も出歩くなよ、暗くなったら表通りでも危ない」
実は、ビー玉大の魔力晶なら手のひらいっぱいある。あれを三個も出せば買えるけれど、出していいものかどうか迷う。
「ちなみにさっきの魔力晶って、大きいんですか?」
「ああ、人族であの大きさを作れたら魔法師団に入れるな。獣人でも、作れるのはそんなに多くないだろう。エルフなら、まあ作れるだろうが。ハーフエルフの魔力量は、それぞれピンキリだから一概には言えないが、作れないやつの方が多いと思うぞ」
ということはつまり、人族は魔力がそんなにない? 獣人は人族より魔力があって、エルフはさらに上ということなのかな。そして、人族とエルフの混血であるハーフエルフの魔力量は、ピンキリと。
「普通の魔力晶って、どれくらいの大きさなんですか?」
「見たことないのか? 山の中でも灯りの魔道具くらい使っていただろうに」
「使っていましたけれど、えっと」
「魔力晶の交換は、家族がやっていたのか」
「あ、はい。おじいちゃんが」
エルフさんは、またカウンターの後ろの扉から中に入って行って、すぐに昔の駄菓子屋さんに置いてありそうな大きなビンを二つ抱えて戻って来た。ビンの中には何か、キラキラしたものがたくさん入っている。
「灯りの魔道具なら、このくらいの魔力晶が入っている」
ビンに顔を近づけて見てみると、ビーズくらいの小さな粒が沢山入っていた。
「これくらいなら人族でも作れる奴もいる、この街の住人なら大抵作れるな。よく子供が小遣い稼ぎに作って、売りに来る」
「へえ」
「水の魔道具とか、火の魔道具ならこれくらいの大きさが欲しい」
もう一つ取り出されたビンには、さっきより一回り大きなキラキラが入っていた。直径五ミリくらいだろうか。
「この大きさも、この街の住人なら大抵作れるが、よく使うし売れるからすぐに品薄状態になる。だから、これくらいのをたくさん作ってくれると助かる。もっとも買取価格が桁違いだから、倒れない程度に大きいのを作ってくれも構わないぞ。お前が持って来たこの大きさは、貴重だ。強い武具が作れる」
ビー玉サイズで武具が作れるらしい。魔法剣とか、そういうやつだろうか。
「この大きさだと、いくらなんですか?」
と、五ミリサイズが入ったビンを指さした。
「買い取りは、三千エンだな。この大きさを一日に二つも作れば、宿代と食事代くらいにはなる。お前なら七、八個……いや、もっと作れるか?」
ということは、一日六千エンもあれば生活できるってことか。服とか買おうと思ったら、また別なんだろうけど。
それって日本でもカプセルホテルとかの安い宿に泊まって、食事はコンビニ弁当や安い外食ですませばそれくらいで足りるよね? ということはこの世界の貨幣価値って、日本の感覚とそれほど大差ないのかも。
しかし、魔力晶って電池みたいなものだってリュシオンが言ってたよね。三千円の電池って、高いな。買い取り額が三千円ってことは、売値はもっと高いんだろうし。それに、ビー玉サイズが六万って、ものすごく高くない? 作れる人が少ないから、希少価値があるみたいだけど。
だとしたら、あのボーリング球はいくらになるんだろう……五十万とか、もしかしたら百万とか?
「とにかく慣れるまでは、自分の体調に気をつけながら小さいのを一つずつ作った方がいい。気分が少しでも悪くなったら、やめるんだぞ」
「わかりました、作ってみます」
「ああ、頼む」
直径五ミリなら、多分作れると思う。後で試してみよう。
しかし、ここまででわかったことも、わからないこともたくさんだ。早くマジカルディクショナリーで調べたい、なのでまた来ますと言ってエルフさんに頭をさげた。
「コマドリ亭は、ここを出て右に行って、すぐの角をまた右だ。わかるか?」
「わかります」
「魔道具以外でも、何か困ったことがあったら来ていい。このあたりに住んでいるハーフエルフは、俺だけだ」
ユーゴさんみたいな親しみやすさはないけれど、このエルフさん……じゃなくて、ハーフエルフさんもすごくいい人だ。それに、ものすごく美人さんだ。男の人に美人と言うのはどうかと思うけれど、美人以外の形容詞が思いつかない。
サラサラな銀の髪に、澄んだ水色の瞳。お母さんがアクアマリンのペンダントを持っているけど、ちょうどそんな色だ。
うん、やっぱり格好いいというより、綺麗だ。つまり、美人さんだ。
「あの、えっと……ゴルドさん?」
「ゴルドは、親方の名前だ。俺は、ノエ」
『ゴルドノミセ』だから、ゴルドさんかと思ったら違ったみたい。
「ノエさん、私はパンジーです。助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いい、同族は助け合うべきだ」
そっか、同じハーフエルフだからこんなに親切にしてもらえてるんだ。まあ、それを抜きにしてもいい人なんだろうと思うけれど。




