4 魔力晶
そうだ、そうだよ。リュシオンに、街に行く前にまりょく……何だっけ、魔力の結晶……そうだ、魔力晶だった。それを作って売れって言われてたんだった。
とにかく街に着かなきゃとばかり考えてて、すっかり忘れてたよ。無一文で宿に入る勇気は、さすがにないな。宿の部屋ならゆっくりと作れるかと思うけど、宿代が前払いかもしれないし。
……多分、人には見られない方がいいよね?
マジカルバッグは一般的な物っぽいけど、マジカルディクショナリーはどうかわからないし。それに、私の魔力ってきっと普通じゃないだろうから、魔力晶を作るところだって見られない方がいいと思う。
少しだけ迷ったけれど私は、コマドリ亭の前を素通りしてそのまま進んだ。大通りを外れて路地に入れば、人がいない所があるだろう。そこでマジカルディクショナリーを出して、魔力晶の作り方をサッと調べて、パパっと作る。
うん、それしかない。あー、森の中で作っておけばよかった。なんで忘れてた、私!
それに、さっきユーゴさんに魔力晶を買ってくれるお店を聞けばよかったんだよ。ユーゴさんならきっと信頼できるお店を教えてくれただろうに。
失敗ばかりしてるな……初めての世界だから仕方ないのかもしれないけれど、ぼんやりしてたら駄目だね。ここには、お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんもいない。それに、春だっていないんだから。
春……腐れ縁の幼馴染。
私が嫌がるのを知っててパンジーって呼ぶ、意地悪な友達。
でも、気づけばいつも隣にいてくれた。困っていたら、必ず助けてくれるんだよね。
だけどこの世界では、誰にも助けてもらえないんだ。しっかりしなきゃ、私を助けられるのは私だけだ。
私が死んだ知らせって、もう家族に届いたんだろうか。バスに乗っていた人が全員死亡なんて、きっと大きなニュースになっているだろうから、ニュースで知ったかも。
おじいちゃんとおばあちゃんが自分を責めなければいいな。
中学までは、長期休みは必ずおじいちゃんとおばあちゃんの家に行っていたけれど、高校生になってからは行っていなかった。でも今回は、くるみベーカリーを閉めるのと、うちに引っ越して来るのとで片付けの手伝いが必要だろうと思って行ったんだ。
だから、おじいちゃんとおばあちゃんが自分たちのせいで私が死んだと思わなければいいなと思う。私があのバスに乗ったのは、運命なんだよ。絶対に、おじいちゃんとおばあちゃんのせいじゃないから。
それに、死んでないしね。
まさかパンジーになって異世界にいるなんて、さすがに思わないよね。リュシオンに頼んだら、手紙を届けてもらえないだろうか。お師匠様にばらすよと脅せば、いけそうな気がする。
そんなことをつらつらと考えながらどれくらい歩いただろう、適当に角を曲がると細い路地に出た。ほんの二十メートルほどしかない小道は、前方には曲がり角があって、その先も覗いてみたけれど同じような細い道が続いていた。
よしよし、誰もいないね。お店の裏口みたいなのがあるから、通用口ってところかな? ここならよさそう、ちゃちゃっと作っちゃおう。
マジカルバッグからマジカルディクショナリーを出して、魔力晶の作り方って思いながら開いた。すると日本語で『魔力晶を作ってみよう!』って書かれたページが出た。フルカラーで、イラストつき。何だか子供向けのハウツー本みたいだ。
「えっと、手のひらの上に魔力を放出して、固まるようにイメージして呪文を唱える……?」
男の子の手のひらの上に丸いビー玉みたいなのが乗っているイラストの下書かれている作り方は、たったの一行だ。
どうでもいいけどこのイラストの男の子って、もしかしなくてもリュシオンだな……というか、魔力を放出ってどうやるの?
「……」
いや、やってみるしかない。
えーっと、異世界転移もので初めて魔法を使う時って確か、体内の魔力を感じるとこから始めることが多いよね?
マジカルディクショナリーを一旦バッグに戻してから私は目を瞑って、意識を自分の体に向けてみた。すると、意識するまでもなく体の中に何か暖かいものがうごめいているのを感じる。
うわ、なんか気持ち悪い。
これが魔力だよね、多分。
魔力を感じられたら次は、体の中に魔力を巡らせるんだったっけ? でも、巡らせるも何も体中あるんだけど。これを外に出して、固まるようイメージするのか。
目を開けて、両手の手の平を上に向けて合わせた。なんかちょうだいってしてるようなポーズで、魔力でろー、そんで固まれーと念じてみる。すると、私のまわりがなんだかキラキラしてきた。
そして、呪文を唱えるんだよね?
イラストの男の子から漫画みたいな吹き出しが出ていた、多分あれが呪文なんだろう。『CRYSTALLIZATION』って、普通に英語か。『CRYSTAL』が結晶だから、『CRYSTALLIZATION』で、結晶化くらいの意味だろうか。
あー、英語もっと勉強しとけばよかった。でもまあ、とりあえず。
「クリスタリゼーション!」
呪文を唱えると、足元が光った。そして次の瞬間にはドンっと、手のひらに上に突如として何かが現れた。予想していなかった重さに落としそうになるのを、何とか耐える。
「多分これ、アカンやつ……」
ボウリングの球くらいな大きさの玉が私の手のひらに乗っていた。透明な玉の中に色とりどりの何かがキラキラと光って、スパークしている。
私はそれを、そっとマジカルバッグにないないした。
リュシオンが言っていた、あまり大きなものを作ると目立つと。マジカルディクショナリーのイラストは、ビー玉サイズだった……。
「よし、やってみよう!」
ボウリング球はなかったことにして今度は、魔力ー、固まれー、ビー玉サイズーと念じて呪文を唱えた。するとまた私のまわりがキラキラ、足元も光って、手のひらの上にポコポコポコって感じで丸い物がいくつも生じた。
零れ落ちそうになって、慌ててストップと念じたら止まった。手のひらの上には、ニ、三十個のビー玉が出来ていた。
「……」
うん、どうやら出来たね。
これ、どれくらいの値段で売れるんだろう?
とりあえずビー玉大の魔力晶もマジカルバッグに入れて、大きな通りに戻ろう。魔力晶を買い取ってくれるお店も多分、大通りにあるだろうし。
しかし、本当にマジカルバッグって便利だな。
もらっておいてよかった。
そんなことを思いながら魔力晶をしまった時、誰かが先にある角を曲がって来た。魔力晶を作っているところを見られなくてセーフと思ったけれど、あまりセーフではなかった。
こういうのも異世界もののお約束なのだろうか。お近づきになりたくない雰囲気の男が二人、路地の先で私を見てニヤニヤしていたのだ。
途端に、危ない所もあるからというユーゴさんの言葉を思い出したけど、これまた遅い。
こんなところで私は、何をやっていた? マジカルディクショナリーを出したり、目を瞑って魔力を感じてみたり。
うかつ過ぎる!
「お嬢ちゃん、迷子かな?」
「ま、迷ってないです」
声が裏返った、男たちがゲラゲラ笑う。迷ってないですだってーとか言いながら、男たちが近づいて来る。私は男たちが近づいた分だけ、ずるずると後ろに下がった。
「迷子でしょ、迷子だよね。おうち、どこかなぁ。送ってってあげるよ」
送る気なんてないよね、絶対にないよね!
平和な日本で生まれ育ち、夜遊びなんてしたこともない真面目な高校生の私にとって、こんな経験は初めてだったりする。
夜にコンビニに行きたくなったりしたら、いつも春がつき合ってくれた。たまに帰りが遅くなった時も、春が自転車で迎えに来てくれた。だから私は、夜道を一人で歩くことさえほとんどなかった。こんな怖い思いは、本当にただの一度もしたことがないのだ。
「ハーフエルフのお嬢さーん、おうちどこって聞いてんのよぉー」
何か言い返そうと思うのに、もう声が出ない。こんな時、声って本当に出なくなるんだ。足が震える、走って逃げたいのにずるずると後ろに下がることしか出来ない。
男たちに背中を見せるのが怖い。それに私の運動能力じゃ、走ってもすぐに捕まる。こんな判断だけ冷静に出来るのってなんで、嫌になる。
「おい、こっちが親切に言ってやってんのに、何か言えよ!」
ガンっと、右の方の男が壁を殴った。金髪、目が三角。怖い!
「やめろよ、可哀想に怖がってるじゃーん」
左の方が、ケタケタ笑う。こっちは灰色の長髪、歯が尖ってる。人族じゃないの?
「ち、近づかないで!」
やっと声が出た、でもこれで精一杯。近づくなだってー、嫌われちったなーと、男たちは笑っている。
やだ、どうしてこんな目に合うの。人のいない路地に入っちゃったから?
わかってる、自分のせいだ。
わかってるけど、こんなのひどい。この世界に来たばかりだよ、可愛い街並みが素敵だって思ったのに。ユーゴさんが優しくて、魔力晶も作れて、これならやっていけるかもって思ったばかりだったのに。
「やだ、お父さんっ……」
この世界に、お父さんはいない。
お母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、春もいない。
本当は泣きたかった、白い空間で目が覚めてからずっと我慢してたけど、本当の本当は泣きわめきたかった。
なんで私、なんでこんなところにいるの?
リュシオンのせいだ、そうだリュシオンが悪いんじゃん。リュシオン、空に向かって助けてって叫んだら来てくれるって言ってたよね!?
「リュシ……!」
「どけ」
低い声が聞こえた時にはすでに、金髪の男が横方向に吹っ飛んでいた。肩を壁にすごい勢いでぶつけて、そのまま倒れる。
「なんだてめえ!」
「通行の邪魔なんだよ」
灰色髪の男もすぐに崩れるように倒れた。何やったの、全然わからなかったんだけど。
私は呆然と、瞬く間に二人倒した男を見つめた。エルフだ、ハーフエルフかもしれないけれど。少し長めの銀髪の間から、尖った耳が見えている。背が高い、痩せている。腕だって細そうなのに、こんなに強いの?
「お前、こんな所に一人で来たら襲ってくれって頼んでるようなものだぞ」
呆然としてしまって何も言えないでいる私に溜息をつくと、エルフは歩きだした。パンの先が少し出ている大きな紙袋を片手に私の横を通り、そのまま歩いて行ってしまいそうになる。
「ま、待って!」
さっきまで全然声が出なかったのに、今度は無駄に大きな声が出た。だって、こんなところでまた一人になるのは嫌だ。
私のあまりの大声に呆れたのか、エルフが半眼で振り返った。そして、私のすがるような顔を見てハーっと息を吐く。
「大きな通りまで連れてってやるから、ついて来い」
「はい!」
よかった、助かった。
まだ足が震えていたけれど私は、なんとか歩き出すことが出来た。




