表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

2 マジカルパンジー


『フェアリープリンセス・マジカルパンジー』


 十数年前くらいに一大旋風を巻き起こした、子供向けアニメだ。

 小学四年生の女の子、澄野(すみの)すみれちゃんが妖精界からの使者・ポポから魔法の力を授かって、魔法少女マジカルパンジーに変身して悪と戦うアニメで、それだけならよくある魔法少女アニメなんだろうけど、マジカルパンジーが同系列の作品とちょっと違うのは、ヒロインがその妖精界にも行くところだろうか。

 つまり、現代日本とファンタジーな妖精界の二つの世界をヒロインが行ったり来たりすることで物語が平行進行するという、保育園、幼稚園児から小学校低学年の女児を対象にしたアニメにしては複雑なストーリー展開で、有名アニメーターが集結したというのも頷ける神作画で変身前のすみれちゃんも変身後のマジカルパンジーも可愛くて、コスチュームやヒロインが持っているバッグなんかの小物も本当にどれも子供心をくすぐる可愛いさだったから、大人気になったんだよね。


 その頃の私は保育園児で、もろに世代だったりする。

 大好きだったな、マジカルステッキ買ってもらったよ。


 ちなみに私は自分の、菫香(とうか)という名前があまり好きではない。

 漢字が難しいわ、初見で誰も読めないわ。『すみれの香り』なんて確かにきれいな名前だけども、いくらきれいでも読めない名前なんて本人にとって迷惑なだけだったりする。

 試験の時、テスト用紙に名前書くたびに時間ロスしたって思うよね。菫、横線多すぎだよ。

 そんな気に入らない名前だけど、保育園の頃限定で好きだった。と言うのもおばあちゃんが、「菫香の菫の字は、すみれとも読むんだよ。菫香が好きなアニメのすみれちゃんと一緒だね」なんて言うから、私ってすみれちゃんなんだと、単純……じゃなくて、純粋で素直な保育園児は思ったわけですよ。

 「パンジーって呼んで」って、友達に言ってたなぁ。保育園から高校までずっと一緒の腐れ縁な幼馴染は、今でもパンジーって呼ぶしね。私が嫌がるから、わざと呼び続けてるんだよね。


 ええ、黒歴史ですとも!


 せめて「すみれって呼んで」って言ってたら幾分かマシだったのに、いくらすみれちゃんより変身後のパンジーちゃんの方が好きだったからって、どうしてそっちにしちゃったかな。

 『すみれ』なら、菫香のニックネームとしてアリだよね。やっぱりちょっと恥ずかしいけど、パンジーよりは全然アリだ。

 まあ、そのあたりのことは今は置いといて。


「あいつ、やりやがった……!」


 気が付いたら、森の中だった。管理者少年が言っていた、エシャールとか言う街の近くなのだろう。よくある異世界転移ものならここで主人公が慌てふためくのだろうけれど、事態を把握している私は、「あー、ここかぁ」程度である。

 それはいい、危険な獣もいないそうだからそれはいいのだけれどなぜか、管理者少年がこの世界で違和感のないよう作ってくれたはずの私の体が、薄紫色のふわふわなミニドレスを着ている……。


 だから、見覚えがあり過ぎるんだって!


 この、お尻がギリで隠れる長さの丸い花びらが何重にも重なって形作っているスカートとか、レースのついた白手袋とか。胸元には、でっかい紫の宝石がついたブローチがあるし。あー、靴も膝まである白いロングブーツだよ。履き口の後ろのところにリボンもちゃんとついている。

 ちなみにブローチは、変身アイテムだ。アニメでは、このブローチがピカッと光るとマジカルステッキが出現して変身シーンになる。宝石の中にステッキが収納されてるのだ.

 水音が聞こえたから行ってみたら、すぐそばに川があった。そのやたらと澄んだ流れる水に自分の姿を映してみたら、予想通りすぎて苦笑いも出なかった。


 私の姿は、マジカルパンジーそのままだった。

 澄野すみれちゃんの変身後の、アレだ。


 くるくる巻いている白っぽい金髪は、肩より少し上のあたりの長さで、ぱっちり大きな目は、アメジストのような明るい紫色。いや、すみれ色と言うべきなのだろうか。いやいや、すみれ色って実は意外と渋い色だから、やっぱりアメジスト色だね。


 うん、パンジーだ。

 アニメ絵と実写の違いはもちろんあるけど、それでもどこからどう見てもマジカルパンジー。


 容姿は普通でって言ったのに、しっかりと美少女だ。それに私が着ているミニドレスは、アニメ第一期のパンジーのバトルコスチュームだったりする。

 まさかこの世界では、こういうドレスが標準じゃないでしょうね……。


「いや、あり得る。あいつ、パンジリアンだし」


 パンジリアンというのは、子供向けのマジカルパンジーが好きな大きなお友達のことだ。つまり、いい大人の、主に男性でパンジー大好きだったら、ベジタリアンをもじって『パンジリアン』と呼ばれる。

 ベジタリアンの主食が野菜なら、パンジリアンたちの主食は可愛いパンジーちゃんだそうで。

 マジカルバッグは自分から言い出したから仕方ないけど、マジカルディクショナリーで管理者少年がパンジリアンなことに気づくべきだった。だってマジカルバッグもマジカルディクショナリーもマジパン(マジカルパンジーの略)に出て来るマジカルアイテムだ。

 どっちも商品化されてたなー。マジカルバッグは、私も欲しかったよね。グッズだけどバッグとしても可愛かったし。

 マジカルバッグかマジカルステッキか悩んで、マジカルステッキを買ってもらったんだった。バッグの方を選ぼうよ、私。バッグは使えるけど、ステッキはすぐに飽きちゃったよね。

 その保育園の頃に欲しかったマジカルバッグが、私の体にぶらさがっている。こちらは、アメジスト色じゃなくてすみれ色だ。斜め掛けショルダーバッグで、すみれちゃんが持っていたのと同じように隅の方にすみれの花の刺繍もしっかり入っている。

 あいつ、芸が細かいわ。

 管理者少年は、この中にマジカルディクショナリーを入れておくと言っていた。アニメの中ですみれちゃんもこのマジカルバッグにマジカルディクショナリー入れてたなー。

 それに、あいつが最後にやらかしたあの挨拶。

 マジパンでは毎回、番組の冒頭で前回までのあらすじがあった。すみれちゃんのお父さんの執事が画面の隅でこれまでのあらすじを解説するという趣向だった。

 そして、あらすじの最後に手を胸にあてて恭しくお辞儀しながら決まり文句を言うんだ。「ではでは、マジカルな一時をお楽しみください。いってらっしゃいませ」ってね。

 うわぁ、段々と思い出してきた。

 物語が進むにつれて明らかになっていくんだけど、すみれちゃんのお父さんって実は、エルフの王族、つまりハイエルフだった。妖精界に迷い込んで来た人間の女性と恋に落ちて、すみれちゃんが生まれたんだったよ。

 親子三人で数年は幸せに暮らしていたけど、異世界人であるすみれちゃんのママには、魔素が含まれる妖精界の空気は合わなくて、このままこの世界にいたら寿命がどんどん削られてしまうということで、ハイエルフなすみれちゃんパパがその強大な力を使ってすみれちゃんとママを現代日本に送り返したんだった。

 すみれちゃんは、自分の出生の秘密を知らずに育つんだよね。まあ、あなたのパパはハイエルフなのよと言われても、、普通は信じないだろうけど。

 だけど小学校四年生の時に妖精界から使者であるポポが来て、魔法の力を授かった。

 変身前のすみれちゃんは黒髪に黒い瞳の日本人スタンダードな十歳の女の子だけど、変身後のパンジーちゃんはハイエルフの娘、つまりフェアリープリンセスな姿になる。

 年齢的にもなぜか、というか制作側の大人の事情なんだろうけど、十五、六歳くらいの見た目に成長するから、管理者少年は十七歳設定の私の体を小学生なすみれちゃん(変身前)ではなくて、パンジーちゃん(変身後)にしたのだろう。この世界では、いかにも日本人なすみれちゃんの姿だと馴染まないというのもあるのかもしれないけれど。

 父がハイエルフで母が人間ということは、ハーフエルフだ。水面に映る自分の顔をまじまじと見ると、しっかり耳がとがっていましたよ。

 うーん、我ながら美少女だ。可愛い、キラキラしてる……じゃなくて!

 周りを見回す、木々が生い茂っている森だ。足元を見る、当たり前だけど舗装なんてされていない地面だ。そして私が履いているのは、かかとのある白ブーツ。ドレスは超ミニ丈のふりふりで、肩から二の腕は丸出し。

 どう見ても山の中を歩く恰好じゃない。それに、普通に恥ずかしい。


「そうだ、マジカルディクショナリー!」


 魔力無限大って言ってた、だったら変身魔法とか使えないだろうか。魔法の使い方なら、マジカルディクショナリーで調べられるはず。

 そう思いつくとすぐに、斜め掛けにしているバッグを開けて手を突っ込もうとして、その手をぴたりと止めた。


 ……ねぇ、おばあちゃん。バッグの中の空が青いんだけど。

 快晴だね……じゃないーーーっ!


「……異次元空間じゃないんだ?」


 いや、そこでもないな。

 アニメでたまにマジックバッグの中で次元が渦巻いてる描写があったりするけど、うちのは青い空でしたよ。

 どうでもいいこと気づいたけど私、『マジックバッグ』じゃなくて、『マジカルバッグ』って最初から言ってた。『マジック』じゃなくて『マジカル』ってつくの、マジパンのお約束だよね……これって、私もマジパンにしっかり影響受けてたってことなのかな?


 いや、だって本当に大好きだったからね。

 保育園の頃だけどね。

 

「いやいやいや、これは普通のマジカルバッグなはず」


 管理者少年は、マジカルバッグについては何も言ってなかった。確かに、マジカルバッグ差し上げますとしか言ってなかったよね。だったらこれが普通のマジカルバッグなんだ、この世界のマジカルバッグには初期装備で空が入ってるんだよ、きっと。


 マジカルバッグの普通って、何だろう……?


 駄目だ、ツッコミ過ぎて疲れて来た。とにかくマジカルディクショナリー、この中に絶対に入ってるはずなんだから。

 恐る恐るバッグの中に手を入れると、不思議と中に何が入っているかわかった。マジカルディクショナリー、リュック、旅行鞄、お土産が入った紙袋、水玉のブランケット、着ていた服。


「え、あれ?」


 夜行バスに乗っていた時に持っていた、私の私物が全部入ってる?


「え、あ、服? 私のリュック、旅行鞄」


 思った物は、簡単に取り出せる。バッグの口の大きさとか、関係ないみたい。

 バスに乗っていた時に着ていた服は、タートルネックの白いセーターにベージュの細身のパンツ。あ、下着もあった。靴は、ぺったんこの茶色いアンクルブーツ。ニット帽は、白。それに焦げ茶色のモッズコート。

 このコート、裏が柔らかいボアなのが気に入って買ったんだよね。買って帰ったらお母さんに、男物みたいねって言われちゃったけど。

 自分の服を見たら急に少し肌寒いことに気づいた。このバトルコスチューム、肩丸出しだもんね。


 よし、着替えよう。


 外だけど、周りには誰もいないので手早く着替えた。バトルコスチュームを脱いだら、コスチュームと同じ色の下着つけてたよ……あの、変態管理者め!

 いくら誰もいないからと言っても外で下着まで外すのは抵抗があって、薄紫色の下着はそのままでセーターとズボンに着替えた。

 靴も自分のアンクルブーツに履き替えたところでふと気いた、そういえばこの服って血とかついてないんだね。この服を着ていた私の体は事故でこう、ぐちゃっと……いや、考えるのはやめておこう。

 コートを着るほど寒くはなかったので、コートとニット帽、脱いだコスチューム、あとは着替えなかった下着をマジカルバッグに戻す。

 青空に消えて行ったよ、私の下着……。

 旅行鞄を開けてみると、私がつめたそのままに物が収まっていた。ピンクのパーカーを出そうとして、ふと考えた。

 こういう素材って、この世界にあるのだろうか?

 あらためて、自分の服装を確かめてみる。セーターは大丈夫だろう、ベージュのパンツも大丈夫だと思う。アンクルブーツも大丈夫だろう、合皮だけど普通の革に見えるし。

 少し考えてから、パーカーじゃなくてカーディガンを出して羽織った。オフホワイトで、アラン模様なやつ。そして、旅行鞄もマジカルバッグに戻す。

 リュックからお茶のペットボトルを出して、一口飲んだ。バスに乗る前に買ったのは、お茶とミルクティーだ。ミルクティーはまだ開けてなくて、お茶は半分ほど残っている。

 もしかしてこれって、貴重なのかな? ファンタジーなこの世界に自販機はないだろうし。

 ところで、今の季節はいつなのだろう……日本は真冬だったけど、この森の中はそこまで寒くない。少し肌寒いかなという程度だから、冬の終わりか春の初めくらいなのだろうか。それとも、秋とか?


「さて、と」


 お茶で口の中を潤したら、リュックもマジカルバッグに戻した。そして、いよいよ取り出すのはマジカルディクショナリーだ。

 変身魔法は、着替えられたからもういいや。それより管理者少年がマジカルディクショナリーで方向を確認してから歩けって言ってたから、まずは街のある方向を確認しなくては。

 マジカルディクショナリーと念じながらバッグに手を入れると、簡単に取り出せた。予想通り、すみれちゃんが持ってたのとそっくりだ。すみれ色の表紙の、いかにも古書って感じの重厚な装丁。

 頭に調べたいことを思い浮かべながら開くと、そこに書いてあるらしい。街がある方向を教えてと思いながら開くと、そこには管理者少年からのメッセージがあった。






 菫香さんへ


 もし宿に泊まれないと困るだろうと思い、マジカルバッグの中に家を入れておきました。

 家の中にある物や、家の周りなんかも自由に使ってください。

 菫香さんが出入りできるように、バッグの中に時間停止機能はついていません。

 食べ物を保存する時には、時間停止の魔法をかけてから入れてください。

 では、菫香さんの異世界ライフが楽しいものになりますように。


 リュシオンより






 あの少年、リュシオンって名前なんだ……じゃなくてっ!

 あの空は、あいつの仕業だったよ。なるほどね、家があってその周りまであるんなら空、いるよね。謎が解けたわー……ふぅ、歩き出す前から本当に疲れたよ。

 バッグの中の家、ものすごく興味があるけど、とにかく今は街に辿り着くのが先だろう。

 リュシオンからのメッセージの下の余白の部分に矢印が書かれていて、街はこっちだよと一言添えられている。本を持ったままでその場で回ってみたら、矢印も回った。なるほど、これは確かに本型のスマホだわ。

 仕方ない、行きますか。

 舗装されていない土の道は、石が転がっていたり小枝が落ちていたりで思ったより歩きにくかった。だけど斜め掛けにしたマジカルバッグに重さはほとんど感じられなくて、手ぶらで歩いているようなものなので何とかなった。

 マジカルディクショナリーの矢印が差した方向へ、森の中の一本道をただひたすら真っすぐに進む。それにしても、豊かな森だ。空気も元の世界よりおいしい気がする。

 ズボンのポケットに髪ゴムが入っていたので、くるくるな髪を後ろできゅっと結んだ。

 鏡や水面がなければ自分の姿が見れないからつい忘れてしまいそうだけど、今の私ってパンジーの顔してるんだよねぇ。

 そう思うと、身長も前より若干低い気がする。それに、ウエストは前の私の体より確実に細いし、胸は……うん、気にしない。

 大好きだったキャラクターの姿になってるのって、嫌かと聞かれたら嫌じゃないんだけど。だけど、何だかなー。

 とにかく、街へ行こう。全ては、街についてから考えることにする。


 そう決めて、私は歩いた。

 木漏れ日の中を歩くのは、なんだか気持ちがよかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ