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17 隠れ家①


 そんな、色んなことがあった異世界生活二日目の夜に私は、満天の星空を見上げて口をあんぐりと開けていた。

 昨日と同じように宿が寝静まった頃合いでマジカルバッグの中の家にお風呂に入りに来たのだけれど、昨日は夜でも青空だったから、マジカルバッグの中はいつでも昼間なんだと思ったのに、今日はなぜか夜ですよ。


 どうなってるの?


 マジカルバッグに入ったらいつも玄関前の階段の下に出るのだけれど、星空の他にも昨日とは違っている箇所がいくつかある。

 まず、扉の横に照明がついている。何ていうのかな、北欧風のおしゃれで可愛いランプみたいなのが扉横にいつの間にかついていて、あたりを明るく照らしているのだ。

 こんなの、昨日はついていなかったと思う。もしかしたら私が見落としていた可能性もないわけじゃないけど、なかったと思うんだよ。

 それに、これは絶対に昨日とは違う。確かに白かった扉が今日は、すみれ色。

 照明があっても暗いから黒っぽく見えているけれど、これは屋根と同じすみれ色だよ。そして、これも昨日までは白かった玄関前のウッドデッキを囲む柵もすみれ色になっている。

 何なの、マジカルバッグの中の家って勝手にリフォームするの? もしかして中もリフォームされているんだろうかと扉を開けると、そこには見覚えのある白い少年がいた。


「うっわっー、リアルパンジーだぁーーーーー!」


 パンジーだパンジーだとはしゃぎながら、私を前から後ろから眺めている昨日ぶりな神様の首根っこを掴んだ。自分でもわかる、私は今、ものすごく険悪な目つきになっている。


「リュシオーン?」

「あ、あれ、何か怒ってます?」

「聞きたいことが、いっぱいあります」

「あ、はい」


 私が手を放したらリュシオンは、素早く床に正座した。それ、土下座の準備じゃないでしょうね?

 見下ろすのも何か変だなと思って、リュシオンの前に私も正座した。何だこれ、膝詰談判か。


「まず、なんでパンジーなの?」

「あ、マジカルパンジーをご存じなんですね」

「知ってるわよ、思いきり世代だわ。で、なんでパンジー?」

「可愛いからです」

「私、普通の容姿にしてって言ったよね」

「はい、絶世の美女はお嫌とのことでしたので、普通の範疇で僕が一番可愛いと思う姿にしました」


 普通の範疇の最上位だった! おのれ、美形率高め世界め。


「それに、百七歳まで生きていただくには、人族では無理があったんですよ。だから無難にハーフエルフです」


 無難でハーフエルフなのか、無難の定義が揺らぐよ。


「いい、それはわかった。でもなんで、身分証の名前がパンジーなのよ」

「パンジーなんだから、パンジーなんじゃないですか」

「トウカでよくない?」

「あー……こちらでは、トーカってあまりいい意味じゃないと言いますか、有体に申し上げますといやらしい意味の言葉でして」

「トウカが? え、どうして……だって、日本語なんだよね?」

「スラング的なものって自然派生しますから、元が同じ言語でもズレは結構あります。特に日本語は、クリエイティブな言語ですし」

「そうなんだ……あ、でも、ナンパって言葉はあったよ。現地の人が普通に使ってた」

「それは、スキルが仕事していますね」

「スキル?」

「世界言語です。こちらでのナンパに近い意味の言葉を、菫香さんにもわかるよう自動で変換しているんですよ。ナンパだけでなく、他にも変換していると思いますよ」

「ということは、私がこっちにも同じ言葉があるんだと思ったのは、自動変換されてる?」

「ですです」

「じゃあ、私がこちらにない言葉を使っても勝手に翻訳されて伝わるの?」

「そうです。でも、こちらにまったくない言葉は翻訳不可能でそのままの恐れがあります。例えば菫香さんがスマホと言ったとしても、こちらの言葉では代替がききません。人名などの固有名詞も変換されずにそのまま伝わってしまいますので、トーカと名乗るのは菫香さんの名誉と尊厳のためにもやめておいた方が良いかと……」

「……どんだけ卑猥な意味なのよ」


 でもよかった、ユーゴさんにトウカと名乗らなくて。いきなり痴女になるところだったよ。


「そうだ、文字は? なぜかカタカナだけなんだけど」

「日本語って、難しいんですよ。表音文字だけでも、ひらがなとカタカナ、アルファベットまで平気で混じりますし。あと、漢字。勉強に長時間かけることができる貴族ならまだしも、子供の頃から働かなくてはならない平民では無理です。エシャールくらい大きな街なら大抵の人が読み書きできますが、まったく読み書きができないい者もこの世界ではまだまだ多いんですよ」


 そうか、そういう理由でカタカナなんだ。漢字って、確かに覚えるの大変だよね。日本生まれの日本育ちの私だから日本語が難しいなんて思わないけれど、外国の方が日本語を習うのって大変そうだなというのは思ったことがある。


「じゃあ、貴族はカタカナオンリーじゃないの?」

「はい、貴族は菫香さんに馴染みのある文字を使っています。漢字を多く知っていれば、教養深いと言われたり……あ、カタカナもですが、漢字は特に菫香さんの知識とは完全には一致していません。ちょっと形が違う文字があるのですが、そのあたりもスキルが仕事をすると思いますので」


 本来なら私が知らない文字でも、スキルの力で読めるってことか。魔力無限大も大概だけど、世界言語もとんでもないチートなんだね。日本語だからわかるんだと思っていたけど、ベースは同じ日本語でも色々と違うみたい。


「どうしてそんなに難しい日本語を人族の言語にしたの?」

「元々は、自然発生したこの世界独自の言語があったんです。世界全体が一つの同じ言語を使用していました」

「中央大陸と魔族の大陸とで分かれてるんだよね、それでも同じ言語だったの?」

「その頃は、大陸が一つしかなかったんですよ」

「あー、そうだったんだ」

「でも、異種族間でも言葉が通じると諍いが生まれるんです」

「戦争しちゃうってこと? でもそれ、言葉が関係あるの?」

「あったんですよ。言葉が通じると、交流が始まります。交わると、揉め事が起きます。最初は小さな火種でも段々と大きくなり、この世界は一度、滅びかけました」

「え、そうなの?」

「はい、危なかったです。エルフ族と魔族が極大魔法を撃ち合い、知的生命体の九割が死にました」

「嘘、九割ってほとんどじゃない」

「はい、絶滅してしまった種族もあって、僕が介入せざるを得ませんでした」

「神様の介入……」

「僕は、もう関係の修復が望めそうになかったエルフ族と魔族を遠く離れた別大陸に分けました。始めは一つしか大陸を作る力がなかった僕でも、その頃にはもう一つくらいなら何とか作れたので。魔族は残虐で好戦的な者が多いので、その他の弱い種族はエルフ族と同じ大陸にしました」

「あー、それで同居なんだ」

「そして、それまでの言語を取り上げ、種族ごとに違う言語の種を撒きました。師匠の世界の言語を参考にして、発達も師匠の世界と同じになるよう手を加え続けて」

「それでも多少の違いは、出ちゃた?」

「はい。でも、かなりうまくいってるでしょう?」


 前の世界は、神様の存在が感じられない世界だった。でもこの世界は、違う。リュシオンは創造主として、確かに存在している。だからそんな介入も可能なんだろうな。


「でもさ、言語の発達は師匠さんの世界と違ってもかまわなかったんじゃないの? どうせ違う世界なんだし」

「それはそうなんですけど、一度滅びかけたのがちょっとトラウマになっちゃって、とにかくうまく運営されている師匠の世界を真似することにしたんです。師匠の世界に近づければ滅びないなんて、実際はそんなことないんですけどね」


 神様なのにトラウマって……まあ、わからないでもないけど。


「それで、どうして難しい日本語を人族の言語にしたかですが、ぶっちゃけ適当です。適当に言語の種を撒いたので」

「それはまた、ぶっちゃけたなー」

「でも、いい感じになってますよね? 僕、日本語の響きが好きなんですよ。一番多い人族が、美しい日本語で喋っているのは嬉しいです」

「人族が一番多いの?」

「はい。弱く寿命の短い種族ほど子供に恵まれますから、どんどん増えるんですよね」

「じゃあ、エルフは子供ができにくい?」

「そうです。強大な力を持つ者が増えすぎないよう、そのように調整しました」


 話しながら、このおとぼけな少年が本当に神様なんだなって思った。この世界が滅んでしまわないために努力してるんだね。


「ご納得いただけました?」


 ちょこんと正座しているリュシオンがこてんと首を傾げた。うー、無駄に可愛いな!


「あ、でもカフェオレって伝わらなかったよ。コーヒーミルクとかに翻訳されそうなものだけど」

「それは、こちらの世界にある言葉だから翻訳されずにそのままだったんですよ。猫人族がフランス語ですから、カフェとオレって言葉があるんです」

「コーヒーと、ミルク?」

「正確には、レがミルクですね。オレで、ミルクが入っているという意味になります」

「そっかぁー」


 足がしびれそうになってきたので崩して、そして何気なく天井を見上げて気づいた。何あれ、ランプなの? ペンダントライトっていうのかな、ステンドグラスみたいなのや花の形をしたのや、表についていた北欧風のランプみたなのやらがあちらこちらにたくさんぶら下がっている。

 すごい、可愛い。今頃気づくなって話だけどそういえばこの部屋、夜なのに明るかったよ。


「うわ、可愛い」

「あ、お気に召しました?」

「うん、すごく可愛いよ」

「よかった」


 リュシオンは、まだ正座のままでニコニコしている。私のために頑張ってくれているんだよね、いきなり怒って悪かったかな?


「そういえば外、夜になっていたんだけど。昨日は、ずっと昼間だったよね」

「外の世界と同じにした方がいいかなと思って、時間経過と共に空が明るくなったり暗くなったりするようにしました。今は菫香さんはこちらでお休みではないですが、もしこちらに住むようでしたらずっと昼間というのもおかしいですし」

「確かに」

「昨日はとりあえず、菫香さんが使うであろう最低レベルの物を用意したあたりで師匠が帰って来てしまい、時間切れだったんですよ。だから今日は、この家をもっと便利で可愛くしようかなと思って。僕、こういうの好きなんです」

「そうだったんだ、ありがとう」

「いえいえ」


 扉や柵の色が変わっていたのも、玄関横にライトがついていたのも、もっと便利で可愛くというリュシオンの思いやりだった。まあ、楽しんでやっているようでもあるけれど。


「何か、ご希望はありますか」

「そうだなぁ、ここに手触りのいいカーペットが欲しいかも。センターラグみたいなやつ、靴を脱いで寝転びたい」


 ベッドに上がる時以外、ずっと靴を履いている生活って意外としんどいんだよね。日本は、家の中では靴を履かない文化だからなぁ。


「カーペット、こんな感じですか?」


 リュシオンが人差し指をちょっと振っただけで、板張りだった床に楕円形のカーペットが出現した。四、五人が寝転んでも余裕がありそうな大きさだ。色は、お約束のすみれ色。


「これだと暗く感じるから、もうちょっと明るい色がいいかな。紫でいいんだけど、ラベンダー色とか、ライラック色みたいなの」

「じゃあ、こんな感じでしょうか」


 渋い紫だったのが、明るい紫になった。これ、ライラック色だね。


「うんうん、いい感じ」

「じゃあ、カーテンもあの色は暗いですね」

「チェックとか、どう?」

「いいですね」


 またリュシオンが指を振ると、すみれ色だったカーテンがライラック色のギンガムチェックになった。今日、雑貨屋さんでみたクッションみたいなチェックだ。


「いい、可愛い」

「随分と明るい雰囲気になりましたね、菫香さんセンスいいです」

「リュシオンもセンスいいと思うよ。あの照明、みんな可愛い」

「作るの、めちゃくちゃ楽しかったです!」

「あれ、一つ一つ作ったの?」

「ですです」


 すごいすごいと褒めたらリュシオンは、照れたように笑った。本当にそんな顔したら天使みたいに可愛いね。いや、神様なんだけど。


「他に困っていることは、ないですか?」

「困っていることは、今のところないかな? すごく親切な人たちに出会えたし、魔力晶も売れたからお金にも困っていないよ」

「神殿でもそうおっしゃっていましたよね、よかったです」

「あれ、聞こえたの?」

「それはもちろん、聞こえますよ」


 神殿で呼びかけたの、聞こえたんだ。だったらこの先、リュシオンに何か用があれば神殿に行けばいいってことか。


「リュシオンと連絡が取れるのは、助かるかも」

「はい、神殿で話しかけていただけたら聞こえますのでご活用ください」

「たすかるけど、何か言い回しが変!」

「そうですか?」


 私が笑うと、リュシオンも笑った。神様だってわかってるけど、リュシオンの笑顔は本当に可愛いなぁ。


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