11 街歩き②
「パンジー、ここがエシャールの神殿。王都の次に大きい神殿らしい」
「すごい」
真っ白で、見上げるほど大きな神殿の両開きの門は、どうぞ入ってくださいとばかりに開かれていた。そこから街の人たちが気軽な様子で中に入って行く。
この世界の神殿は、身近なものなのだろうか。日本の神社みたいな感じなのかな?
「リュシオン様にご挨拶しに行こうか」
「はい」
大門をくぐると、広い前庭だった。門から建物までの道は、白い石畳だ。両側に花壇があって、星の形の白い花がたくさん咲いている。
……今って、冬じゃないのかな? すっごい花盛りなんだけど。
「パンジー、あの塔のてっぺんにあるのが時の鐘だ。あの鐘が時間を知らせてくれている」
ユーゴさんが指さして教えてくれたのは、神殿の敷地の奥の方にある塔だった。一番上に鐘がぶらさがっているのが、ここからでも辛うじて見える。
「あの鐘、こんな遠くで鳴ってたんですね」
「ああ、エシャールで一番高い建物だ。さすがにここの鐘の音は街の端までは届かないから南門にも時の鐘の塔があるけど、こっちの塔の方が高いし鐘も大きい。うちで聞こえるのは、大抵こっちの鐘だな。風の向きで南門の鐘が聞こえることもあるけどな」
この街に来てから何度も聞いた鐘の音は、ここからだったらしい。見上げる白い塔は、確かにかなりの高さだ。建築のことなんてわからないけれど、至るところに装飾が施された美しい塔だと思う。
「ここは、北門の近くなんですか?」
音が届かないから南門にもう一つ時の鐘の塔があるということは、反対側のここは北門なのだろうかと思って聞いたら、ユーゴさんはうなずいた。
「ああ、北門ならすぐそこだ」
「じゃあ、私が入って来たのは、西門?」
「正解」
「東門もあるんですか?」
「あるよ」
つまり、東西南北に門があるということだね。
街を囲む塀沿いに走る辻馬車の乗ったからわかる、この街は四角いんだ。正方形なのか長方形なのか、もしかしたら台形なのかもしれないけれど、とにかく四角い街なのだと思う。
一辺の長さは、どれくらいだろう?
確か、中世ヨーロッパの街ってびっくりするくらい小さかったって何かで読んだ覚えがなるんだけど、エシャールってどれくらいの大きさなのかな。
地図が見たいな、この街の地図って思いながらマジカルディクショナリーを開いたら見られるかな。
「ユーゴさんは、西門の門番さん?」
「いや、俺は兵士だよ。門番は、兵士の仕事の一つだな。要は、街を守る仕事だ」
「あ、そうだったんだ」
「いずれはコマドリ亭を継ぐけど、それまでは好きにしていいって親父が言うからさ」
「兵士って、なんか格好いい」
「だろ!」
お喋りしながら歩いて行くとようやく石畳の道が終わり、続くのは長い石の階段だった。その先に神殿の扉がやはり大きく開け放たれている。
神殿は荘厳、という言葉がふさわしい立派な建物だった。何もかもが大きいから、自分が小さくなったような気がした。ここが特別な場所なんだって、説明されなくてもわかる。
「一般開放されているのは、この拝殿までなんだ。許可なく奥まで入ると罰せられるから、絶対に入ったらダメだぞ」
「わかりました」
中に入ると、天井がやたらと高い大きな部屋になっていた。正面に像が立っている以外には何もなく、たくさんの人々が床に膝をついて祈っていた。
「あれがリュシオン様だよ」
ユーゴさんの視線の先には、部屋に入ってすぐに目に入った正面の像がある。近づいてみれば、おそろしく美しいお顔の大人の男の人の像だとわかる。
「これがリュシオン様?」
「ああ」
大事なことなので何度でも言おう、おそろしく美しいお顔の大人の男の人の像だ。
実際のリュシオンは、小学校を卒業したかな、まだかなというくらいの少年なわけだけど、こちらのリュシオン様は二十代後半くらいの立派な青年だ。
なるほど、偶像ってこういうことなんだね。全身が白いとこだけは、似てると言えなくもない。実際のリュシオンは、肌はほんのり肌色だったし、目が金色だったけど。
「パンジー、一緒にお祈りしよう」
「はい」
ユーゴさんがするのを真似て、私もお祈りをした。膝を床についた中腰の姿勢で、手は前で組むんだね。そして、目を瞑る。
もしかして、ここで呼びかけたらリュシオンに聞こえたりして? そんなことないか。こんなに大勢の人が祈ってるのに、いくら神様でも全部が聞こえるはずないよね。しかも神殿は、ここだけではないみたいだし。
それでも。
おーい、リュシオン。無事に街についたよ。
親切な人に出会えた、魔力晶も売れたよ。
何とかやっていけそうだから心配しないで。
と、呼びかけておいた。
聞こえないだろうけど、一応ね。
「次は、街の中心に行こうかと思うんだけど、どうだ?」
お参りをすませて神殿の外に出ると、また辻馬車に乗った。来た時に乗った街の塀沿いを走るのではなく、街の中を真っ直ぐに進んでいく辻馬車だ。
「街の中心ですか?」
「ああ、露天もあるし、店もたくさんある。エシャールで一番にぎやかなあたりだな」
「雑貨屋さんは、ありますか?」
「あるぞ、女の子の好きそうな店なら結構知ってるぞ」
「ユーゴさんて、実は女の子にモテまくってます?」
「まさか! 妹につき合わされるから知ってるだけだよ」
俺は全然もてないぞと言うけど、絶対に嘘だと思う。だって、こんなさわやかイケメンがモテないはずがないよ。
「じゃあ、雑貨屋さんに行きたいです。石鹸が欲しくて」
「いい匂いがする石鹸を置いてる店なら知ってるぞ、ルシアに連れて行かれたことがある」
この世界に石鹸ってあるのかなと思ってマジカルディクショナリーを開いたら、『ある』と出た。見開き二ページに大きく、つまり一ページに一文字ずつ『あ・る』だ。
あの辞典、結構ふざけるよね。
どこに売ってるんだよとページをめくれば、雑貨屋か風呂屋と書かれていた。それでこの世界にお風呂屋さんがあることがわかったわけだけど、もうマジカルバッグの中の家にお風呂があるからそれほど喜びはなかった。
「ルシアさんって、妹さんですよね。もう結婚されたっていう」
「旦那と一緒に食い物屋をやってるから、昼飯はそこで食おう」
「行きたいと思ってたんです、楽しみ」
行きは一時間以上乗ったと思うけれど、今度はそこまで長くはなかった。辻馬車をおりて少し歩くと、大きな広場に出た。
真ん中に神殿でも見た星型の白い花が咲いている丸い花壇があって、その中央には白い像が立っている。髪が長くて耳も長い男性の像、エルフなのかな?
「あの像は、リュシオン様じゃないですね」
「妖精王様だよ」
「妖精王様」
それってつまり、エルフの王様のことだよね?
マジパンの世界なら、パンジーのパパだ。
この世界って、リュシオンがマジパンを見てから真似て作ったのかと思ったけれど、マジパンの放映は十数年前だ。それだとこの世界の歴史も十数年ってことになるから、絶対に違う。ということは、リュシオンが実習で作った世界がたまたまマジパンの妖精界に似てたってことなんだろうな。というか、マジパンの妖精界が自分が作った世界に似てたからリュシオンはマジパンを好きになった、とかなのかも。
……リュシオンって、どうやってマジパン見たんだろ? 自分の世界なら降臨するのは簡単、みたいなことを言っていたけれど、師匠の世界にも降臨できるのだろうか。
誰かの家に入り込んで観たのだったら、ちょっと嫌だな……。
「パンジー、雑貨屋ならこっちだ」
「はい!」
ユーゴさんが連れて行ってくれたのは、表通りにある雑貨屋さんだった。入ってすぐのところには、ハンカチやエプロンなどの布製品が並べられ、その後ろには色も大きさも様々なカゴや木の箱がたくさん積み上げられている。あっちの棚には、人形やぬいぐるみが並べられているし、奥の方には何かわからないけれどビンが並んでいるのが見える。
確かにこの雑貨屋さんには、女の子が好きそうな可愛いものがいっぱいある。お客さんも、ユーゴさん以外はみんな女の人だね。
あの木の箱は、欲しいかも。作った魔力晶をまとめて入れたい、すぐにコロコロと転がって行っちゃうからね。あとは、あのクッションが可愛いな。ギンガムチェックの四角いクッション、あれを枕にして寝そべりたい。でもそうなると、カーペット的なものも必要かな? リビング、何にもないからなぁ。
マジカルバッグの中の家には必要最低限のものしかないから色々と揃えたいのだけれど、でもユーゴさんと一緒だと買えないよね。宿暮らしなのに、どこに置くんだと思われちゃう。
「パンジー、こっちだ」
ユーゴさんに呼ばれて行ってみると、そこにはかごがいくつか置かれていて、その中に四角い何かがたくさん入っている。むき出し状態で置かれているからすぐにわかった、これって石鹸だ。
「あ、結構お高い」
「そうだな、石鹸は高いよな。風呂屋ならもっと安くで売ってるけど、あれは油臭いし、すぐに溶けてなくなるから、結局はこういうちゃんとしたのを買った方が得なんだよ」
「そうなんだ」
一番安い白いのでも、二千円。うっすらピンク色なのは、三千円かぁ。薄いグリーンのは、五千円だ.
ところでこの世界の値段設定って、端数があまりないね。日本みたいに、二千九百八十円とかは見たことがない。消費税もないし、わかりやすい。
「ルシアは、その薄桃色のを使ってるな。匂いがいいらしいぞ」
「これですか?」
ピンクの、三千円のやつだね。一つ取って匂いを嗅いでみたら、確かにふわっと花のような甘い香りがした。
「これにします」
「お決まりですか?」
いつの間にか店員さんがすぐ後ろにいた。紺色のワンピースを着た、きれいな女の人だ。だからこの世界の美形率、高すぎるんだって!
「はい、お願いします」
代金を払うと店員のお姉さんは、石鹸を持ち手のない茶色い紙の袋に入れてくれた。これも日本とは大違いのシンプルな包装だ。
しかし、さすがに残金が不安になってきた。革の袋も欲しいと思っていたけど、高かったら困るから今度にしよう。
宿代と食事代が安かったから油断していたけれど、物の値段は結構高いみたいだな。前の世界なら工場で大量生産するような物がこちらでは高いっぽい。この調子だと、お金が足りなくなりそう。
コマドリ亭の居心地はいいけれど、だからっていつまでも宿に泊まり続けるわけにはいかないだろう。だとしたら、どこかに部屋を借りて家財道具を揃えなくてはならない。マジカルバッグの中の家で暮らすことはできるけど、それだとどこで寝泊まりしてるんだってみんなに不思議に思われるだろうから、やはり部屋は必要だ。
そう考えると、カフェオレのアイデア料ががもらえるのは、ありがたいね。カフェオレなんて私が考えたわけじゃないからアイデア料をもらうのは悪いと思ったけれど、百万円もあればきっと部屋が借りられるよね。
「パンジー、そろそろ昼飯にしないか」
店を出るとユーゴさんがそう言ってくれたので、うんうんと頷いた。お腹すいてきたなって、ちょうど思ってたんだよね。
「ルシアさんのお店、この近くなんですか」
「そんなに近くはないんだけど、馬車に乗るほどでもないんだよ。歩くけど、平気か? うちに戻る方角だから」
うち、というのはコマドリ亭だろう。これから歩くけど、帰り道だからという意味かな。私、疲れた顔してたかな? いやいや、この優しさがユーゴさんクオリティだよね。
ユーゴさんと並んで歩きだすと、あちらこちらと目移りしてしまう。色んなお店があるし、屋台もたくさん出ている。道端に布を敷いて商品を並べている人もいて、ああいうのは露天っていうんだったかな。
あ、あの露天に可愛いカフェオレボウルが売ってる。いや、これまでカフェオレがなかった世界なんだからカフェオレボウルじゃなくて、普通に食器なんだろうけど。厚ぼったい素焼きの器で、色んな色がある。つい薄紫色に目がいっちゃうのは、リュシオンのせいだろうか。私の一番好きな色は、ミントグリーンだったはずなんだけど。
この場所をよく覚えておいて、お金が入ったら一人で買いに来ようかな。いや、他のお店も見てから決めた方がいいかな。こっちの方が可愛かった、なんて買ってから思いたくないし。
マジカルバッグの中の家の食器棚、からっぽなんだよね。せっかくIHヒーターがあるんだから、お茶くらいは淹れられるようにしたいな。
だったら、ヤカンとかもいるよね。やっぱり、一人で見に来よう。




