10 街歩き①
「へえ、そんなことになってたのか」
すぐに仕事に取り掛かるぞとトマス商会の人たちがバタバタと出かけて行ってから、ユーゴさんが起きて来た。お客さんがいなくなったからかマルロとうさんも厨房から出て来て、親子二人が並んで朝食を食べている。
「本当にうまいな、これ」
「ああ、うまい。ミルクを減らせばコーヒーの苦みが増して、ミルクを増やせばまろやかさが増すのか。砂糖で甘さを調節できるのもいい」
マルロとうさんは、料理研究家みたいだね。リタかあさんからカフェオレの話を聞くとすぐにコーヒーとミルクを別々にあたためて来て、配合具合を色々と試している。
私にも淹れてくれたので、本日三杯目のカフェオレをいただいているところだ。おいしいけど、お腹がチャポチャポしてきたよ。
「ところでパンジー、どこか行きたいところはあるか?」
あっという間に朝食を平らげてしまって、マルロとうさんにカフェオレのおかわりを淹れてもらいながらユーゴさんが聞いて来た。今日は仕事が遅番らしいユーゴさんが街を案内してくれるのだ。行きたいところならいっぱいあるけど、まずはスカートだよね。
「服屋さんに行きたいです、着替えをあまり持って来なかったから」
「今日もズボンだなと思ってたけど、着替えを持って来なかったんだな。そりゃあそうか、野営道具はかさばるし、着替えより食べ物をマジカルバッグの容量いっぱいにつめたいよな」
「そうなんです」
マジカルバッグって、容量があるんだね。うん、わかってた。リュシオンがくれた、家どころか果ての見えない草原が丸ごと入るようなバッグが普通じゃないってことぐらいは。
「それなら、ギルの店がいいんじゃないかい?」
「そうだな」
「ギルさんのお店?」
「すぐそこの角にある店だよ、ギルは俺の幼馴染だ」
気になっていた角のあのお店だね。なるほど、この辺りにある店の子供たちはみんな幼馴染って感じなんだ。ノエさんの魔道具屋さんもすぐそこだもんね。
「ギルの妹のコレットは、パンジーと同い年だな。服を選ぶの手伝ってくれると思うぞ」
「それは、助かる。私、流行りとか全然わからなくて」
この世界の私ぐらいの女の子がどんな服を着てるのとか、わからないよ。昨日、街を歩いた時に女の人の服装はちょっと見たけど、ワンピースが多いな、くらいしかわからなかったし。
「じゃあ、行くか」
「あ、ちょっと待って」
ユーゴさんに待っててもらって部屋に戻って、急いでマジカルバッグの中の家でトイレを使った。それから、昨日も着ていたカーディガンを出して羽織る。
「お待たせしました」
「ああ」
コマドリ亭を出ると、目的の店は既に見えている。いくらも歩かないうちに、すぐに到着だ。
お店の名前は、『アドレイドヨウヒンテン』。ヨウヒンテンは、洋品店なんだろうな。ユーゴさんが水色の扉を開けてくれて、中に入った。
「いらっしゃ……なんだ、ユーゴか」
私とユーゴさんがお店に入るとすぐに、棚の服を畳み直していた人が振り向いた。笑顔で挨拶しかけて、ユーゴさんを見た途端に笑顔を消したから、この人が幼馴染のギルさんなんだろう。
「なんだとは、なんだよ。今日は、客を連れて来てやったってのに」
「いらっしゃいませ、ハーフエルフのお嬢さん。なにかお探しですか?」
「ギル、お前な、態度が違いすぎんだよ」
「ユーゴは、端っこのほうでじっとしてろ。俺の目には、この可愛らしいお嬢さんしか映したくない」
「その妙な性格、どうにかしろよ」
途端に、幼馴染同士の軽快な掛け合いが始まった。なにこれ、漫才なの? おかしくて、つい笑ってしまった。
「笑うとさらに可愛くなるね、お名前をうかがっても?」
「パンジーです」
「可愛いお嬢さんは、名前まで可愛いね」
軽い、チャラい、ギルさんってこんな人なんだね。チャラ男を嫌う女の子は多いけど、私はこういうタイプの人ってサービス精神が旺盛なんだと思うよ。
「ギルさんですよね、よろしくお願いします」
「コマドリ亭のお客さんかな?」
「はい、そうです」
ギルさんも格好いいな、この世界の美形率はどうなってるの。
癖毛なのかな、ゆるくウェーブのある砂色の髪は、ワンレングスボブだ。ワンレンボブって女の人限定の髪型かと思っていたけれど、ギルさんはすごく似合っている。
目の色はちょっと不思議な色だ。赤みがある黄色……黄土色? ううん、こういうのは確か、榛色って言うんじゃなかったかな。
日本人は、大抵は黒い髪に黒い目だから、こんな風に次々と髪や目の色が違う人たちに会うとちょっと戸惑う。最初にユーゴさんの髪は茶色だと思ったけれど、一言に茶色って言っても色んな色があるんだね。ユーゴさんの髪は、温かみのあるココアブラウンだ。リタかあさんも同じ色。
「コレットは、いるか? パンジーに服を選んでやって欲しいんだけど」
「パンジーの服は、俺が選ぶに決まってるだろ。つーか、ユーゴは端っこでじっとしてろつったろ。動くな、喋るな。俺の目に余計なもんを映させるな」
「お前なぁ」
「ちなみにコレットは、工房だ」
「それを先に言え」
本当におもしろい!
我慢できなくて私が大笑いしている間に、ギルさんがハンガーに掛かってずらりと並んだ服の中から一枚を取り出した。長袖の、薄紫色のワンピースだ。
「うん、この色が似あうね」
「そうでしょうか」
「絶対にこれ、可愛い。パンジーの瞳の色だ」
まあ、パンジーだからね。パンジーといえば、この色だよね。これだとすみれ色と言うより、ラベンダー色だけどね。
「このワンピース、普段着にしてもおかしくないですか?」
「街着にちょうどいいと思うよ、このウエストの切り替えが今の流行りなんだ」
ハイウエストだね、胸のすぐ下からスカートになっている。スクエアネックで、襟ぐりには白いレースが少しだけ覗いている。胸のところはギャザーになっていて、袖はゆったりとした太さで手首の少し手前で絞ってあるからそこから先はフリルのようにひらひら。袖口にも襟ぐりと同じレースがついているから、ラベンダー色の中でレースの白がいいアクセントだ。
菫香なら絶対に選ばないワンピースだけど、パンジーならきっと似合う。うん、可愛いと思う。
「これ、おいくらですか」
「二万三千エンだよ。パンジーは可愛いから、共布のリボンをおまけでつけるよ」
高いと思ったけれど、よく考えてみたらこの世界に大量生産の工場なんてないだろう。だとしたら、手作りの一点ものだ。布だって手織りだろうし、それなら二万三千円でも安いくらいじゃないだろうか。
お金はまだあるし、今朝作った魔力晶も売るつもりだ。それに、服は絶対に必要だもんね。
「じゃあ、これをください。あと、スカートを見せて欲しいんですけど」
「スカートね、どんな感じがいいかな?」
「普段着にしたいから、動きやすいのがいいです」
「じゃあ、あまりタイトじゃない方がいいね」
タイトって言葉、使われてるんだね。ということは、この世界でもタイトスカートとかギャザースカートとか言うのかな?
ギルさんが少し考えてから出してくれたのはチョコレート色の、ウエストでタックがたくさん取られたロングスカートだった。腰からお尻のあたりまでは細くて、そこから先がふわっと広がっている。カーゴパンツについているみたいなサイドポケットが両側についているのも可愛い。
「汚れが目立たない色で、大きなポケットつき。普段着にするなら、こんな感じがお勧めかな」
「これにします」
「いいの? 他にも色々あるよ」
「すごく可愛いです、ギルさんってセンスありますね」
「それ、服屋にとって殺し文句だから」
惚れちゃうよーなんて言うから、また笑ってしまった。ギルさんって、楽しい人だ。
一応、ワンピースとスカートを試着させてもらって、ワンピースの方は少し丈が長かったからお直しをお願いした。お直しは本当は有料だけど、初めてで二着も買ってくれたからサービスにしとくねとギルさんが言ってくれた。チョコレート色のスカートはこのまま着ていきますと言ったら、こちらも共布のリボンをくれた。
ギルさんが髪を結んでくれると言うので、お願いした。美容師さん以外の男の人に髪を触られても抵抗がないのって、ギルさんの人柄のせいなのだろうか。ギルさんは、細いひもみたいなのでフワフワと広がる私の髪をポニーテールにしてから、チョコレート色のリボンを結んでくれた。
「……似合うな」
壁際でじっとしていたユーゴさんがボソッと呟くと、ギルさんが『どやぁ』って顔をしたのが本当に面白い。いいな、幼馴染って。
スカートは一万二千エンだったので、三万五千エンを支払った。ワンピースは、お直しが出来たらコマドリ亭に届けてくれるそうだ。着替えたブラックウォッチのパンツはマジカルバッグにしまって、また来てねーと、ブンブンと大きく手を振るギルさんに手を振り返してから店を出た。
「ギル、変なヤツだったろ?」
「楽しい人ですね」
「いや、変なヤツでいいから。変態だから」
「変態なんですか?」
「女好きの服オタク」
「あー、確かにそんな感じだったかも」
オタクっていうより、服のプロって感じがしたけど。女好きはそうなんだろうけれど、それよりも女の子を着飾らせるのが好きなんじゃないかな。
「それじゃあ、ちょっと遠いけど、まずは神殿に案内しようと思うんだけど」
「お願いします」
「これからエシャールに住むんなら、まずは創造神リュシオン様に挨拶しないとな」
「……リュシオン?」
「ああ、リュシオン様だ」
ああ、うん、そうだよね。この世界は、管理者見習いのリュシオンが実習で作ったそうだから、創造神で合ってるよね。でも、あの土下座してたパンジリアン少年が創造神様なんて崇められてるのは、さすがに違和感なんだけど。
「じゃあ、辻馬車で行こうか」
辻馬車って、乗り合いバスみたいなものだよね?
こっちだとユーゴさんが歩きだしたからバス停ならぬ、辻馬車停(?)に行くのかと思ったのだけれど、昨日、私が入って来た門の近くまで行って、そこから街の外壁沿いの道を歩いているうちに馬車が走って来て、その馬車に向かってユーゴさんが手を振ったら止まってくれた。
どうやら決まった停車場などはないらしく、今ユーゴさんがやったみたいに手を振って乗せてもらう形式みたいだ。
「この馬車は、街の塀沿いをぐるぐると回っている馬車なんだ。反対回りのもあるぞ」
「そうなんだ」
「ちょうど来てよかった、なかなか来ないこともあるから」
なるほど、時刻表なんてないんだね。壁沿いにぐるぐる回っているのなら、タイミングが合わなければ乗れないんだろうな。
「足元、気をつけて」
「はい」
はい、とは答えたものの、足元を気をつける以前にステップが高くて足を思い切り上げないと届きそうにない。パンツなら平気だったけど、スカートだしなと戸惑っていたら後ろからユーゴさんが私をひょいっと持ち上げて乗せてくれてかなり恥ずかしかった。やっぱり私って、子供扱いされてるよね?
馬車の中は、ワゴン車くらいの広さだった。両側に木のベンチみたいな座るところがあり、一人分しか空いてなかったところにユーゴさんが私を座らせてくれた。
なんだこの、スマートなエスコートは。
春と一緒に出掛けた時なんて、座席の取り合いしてたわ。
ありがとうございますと小声で言ったら、ユーゴさんはニコッと笑ってくれた。今の顔、さわやかイケメンが過ぎる。ユーゴさん、ノエさん、ギルさんと、三人ともそれぞれタイプの違うイケメンなんだよね。
時計がないから正確な時間はわからないけれど、結構長く辻馬車に乗っていたと思う。多分だけど、一時間以上は乗っていたのではないだろうか。
途中で一人、二人と降りて行き、乗客が半分くらいに減ったあたりで店や家がまばらになってきた。角を曲がってしばらく走ると片側に白い壁が延々と続く道に出て、それからまた少し走ってからユーゴさんが馬車を止めた。
馬車の天井から紐がぶら下がっているから何かと思ったら、それを引くと御者さんが馬車を止めてくれるんだよ。多分、あの紐の先には鈴か何かついていて、引くと鳴るんだろうと思う。
降りる時は、自力で飛び降りましたよ。馬車代をユーゴさんが二人分まとめて払ってくれたので、自分の分を払いますと言ったのだけれど、これぐらいはいいと言ってと受け取ってくれなかった。
これは何か、お礼をしなくちゃだよね。それでなくてもお仕事の前に街を案内してくれているのに、馬車代まで払ってくれたんだから。
何がいいかな、あとでゆっくり考えよう。
10日間連続更新、おつき合いありがとうございました!
次回の更新は、1月16日の朝8時です。
通勤、通学の電車の中ででも読んでいただけたらいいなと。
以後、毎週金曜日の朝8時に更新予定です。
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