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1 白い空間

あけましておめでとうございます。

小説書きはもうやめたつもりだったのですが、昨年は思わぬ幸運をいただきまして、電子書籍を出させていただけました。

なので、もう少し書いてみようかなと思います。


というわけで、新作です。

以前から書きたかった異世界転移ものです。

まだどうなるのか自分でもわかっていませんが、おつき合いいただけると嬉しいです。



 20XX年12月28日。

 東北のとある地方都市で、一軒のパン屋が年末最後の営業を終えると同時に、そのシャッターを永遠に下した。


 くるみベーカリー。

 私の祖父母が経営する……いや、していた店だ。






「それじゃあ、春にはそっちに行くからね」

「うん、待ってる」

「風邪、引かないようにね」

「大丈夫、おばあちゃんが買ってくれたブランケットがあるから」


 こちらに来る時の高速バスがちょっと寒かったと言ったら、あまりかさばらない薄いブランケットをおばあちゃんが買ってくれたのだ。

 バスが乗車場に入って来るのが窓越しに見えて私は、お財布やスマホの入ったリュックとすぐに使えるようにと袋にも入れずに畳んだブランケットを抱えて待合室のベンチから立ち上がった。二週間分の荷物がパンパンに詰まった旅行鞄とお土産の入った横長の紙袋は、おじいちゃんが持ってくれてそのまま外に出る。


菫香(とうか)、着いたら電話ちょうだいね」

「わかってる」

「来てくれて、ありがとうね」

「何を言ってるの、来るに決まってるよ」

「うん、ありがとうね」


 おじいちゃんから重い荷物を受け取って、バスに乗り込む。チケットに書かれた番号を頼りに席につき、旅行鞄とお土産の袋は足元に、リュックは膝の上に乗せ、その上に早速ブランケットを広げた。

 淡いミントグリーンの地にクリーム色の水玉模様。やっぱり可愛い、手触りもすごくいい。ひざ掛けより大きいからすっぽりと包まれるし、薄くて軽くて、とても暖かい。

 窓越しに手を振れば、いつも陽気で優しいおばあちゃんはブンブンと音が鳴りそうなほどに、無口で仏頂面がトレードマークだけどやっぱり優しいおじいちゃんは小さく手を振り返してくれた。


 シュッという、独特な音とともにドアが閉まり、バスが動きだす。


 私の両親は二人揃って仕事人間で、小さい頃からしょっちゅうパン屋を営む父方の祖父母の家に預けられていた。幼い頃の私は、くるみベーカリーが自分の家で、両親の家はたまに遊びに行く所だと思っていたくらいだ。

 学校にあがっても、長期の休みは必ず祖父母の家に預けられた。小学生の間は、行き帰りに父か母のどちらかが付き添ってくれたけれど、中学生になってからは、バス停までの送り迎えはしてくれるものの、一人で長距離バスに乗るようになった。春休みとゴールデンウイークと夏休みと冬休み。行く時も帰る時も乗るバスだから、この振動にもすっかり慣れている。


 だけど、このバスに乗るのはこれが最後になるだろう。


 高齢のため、体力のいるパン作りはもう無理だと祖父母は店を閉める決断をした。そして、一人息子の家、つまり私の家に身を寄せることになったのだ。

 冬休み中、店の片づけと家の片づけを全力で手伝った私は、いつもより疲れていたのだろうか。もうくるみベーカリーがなくなってしまったのだという寂しさと、春になれば大好きなおじいちゃんとおばあちゃんが私の家に越して来てくれるという嬉しさと、そして胸の内に新しく生まれた夢を抱えて眠る私を乗せてバスは走りーーー。


 だけど、目的地である私が住む街に到着することはなかった。











 ーーーそして私は、この世界の深淵に触れた。


 なんて、いかにも中二なナレーションが頭をよぎる程度には、今の状況は意味不明だった。まず、場所が意味不明だ。

 確かに私、来見菫香(くるみとうか)は、高速バスに乗っていたはずだ。走り出してすぐに眠ってしまったから今はどのあたりを走っているのかはわからないけれど、それでもバスから降りた覚えはないからまだ車中にいるはずなのだ。


 なのに私は今、白い空間にいる。


 天井は存在しない、壁も存在しない。だったら屋外なのかと言えば、風どころか空気の動きさえ感じないからそれも多分ちがうと思う。床は、足が着いているのだから存在しているのだろう。もっとも、自分の足で立っているという感覚そのものがないのだけれど。


 とにかく何もない、ただただ白いばかりの空間に私はいたのだ。


 人間は音のない所に閉じ込められると発狂すると何かで読んだことがあるけれど、色味のない、真っ白な所でも発狂するのではなかろうか。何の説明もなく、一人でこんな所に放り出されたのなら私だって発狂する自信がある。


 だけど、私は一人ではなかった。


 ちなみに無音でもない、音はある。

 音というか、グズグズと鼻をすすり上げながら謝罪し続けている声が。


「ご、ご、ご、ごめんなさぁーいぃぃぃーーー」


 先ほどから私の前で見事なジャパニーズ土下座を決め、ひたすら謝り続けている少年……見た目だけなら小学生高学年か、ちょっと小柄な中学生程度に見える男の子……いや、ベリーショートにしている女の子かもしれないけど、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す声が変声期前のボーイソプラノに聞こえるから男の子だと思う……がいるから、今がどういう状況なのかさっぱりわからなくても、とりあえず私はわりと落ち着いていた。


 いや、落ち着いているというか、単に呆然としていたというか。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 ひたすら謝り続けている少年は、周りと同様に白かった。白いシャツに白いズボン、足は裸足だ。肌はかろうじて肌色だけど、ものすごい色白。短くツンツンと立っている髪は、漂白したように真っ白だ。

 土下座しているから顔は見えないけれど、これで目まで白かったらちょっと、いやかなり怖いな。白目も黒目も白かったらただ白いだけ……いや、白くても黒目って言うのかな、問題はそこじゃないか。


「あの……」

「ごめんなさいぃぃぃーーー」

「いや、だから」

「本当に、本当にごめんなさいぃぃぃ--ー」

「そんなに謝られても、わけがわからないんだけど」

「ごめんなさぁーいぃぃぃーーー」

「だから……」

「うっかり殺しちゃって、ごめんなさいぃぃぃーーー」

「はあ!?」


 私が大きな声を出したからか、少年がガバッと身を起こした。それでようやく顔が見えたわけだけど、黒目は白くなかった、金色だった。つまり、金目だった。そして、びっくりするくらいきれいな顔だった。

 男の子のビスクドールってあるでしょう、あんな感じ。というか、天使っぽい? 背中に羽根は、ないみたいだけど。


 いや、今はそんな観察をしている場合ではない!


「殺しちゃったって、どういうこと?」

「ごめっ、ごめんなさ……うぐぐぐぐぅーーー」

「うぐぐ、じゃなくて」

「ごめ、ごめ、ごめんなさ……」

「説明して!」


 泣きながらひたすら謝り続ける少年を、怒ったり脅したり慰めたり宥めたりして何とか事情をききだすのに十分以上はかかった。時計持ってないから正確な時間はわからないけど、多分それくらいはかかったと思う。


「つまり、私が乗っていた高速バスが事故にあったと?」

「はい、居眠り運転の大型トレーラーに追突されて横倒しになり大破しました」

「それで、運転手と乗客は全員亡くなったと?」

「本当は、あなただけは助かるはずだったんです。大怪我を負ったものの一命をとりとめ、無事に回復して百七歳まで生きるはずでした」

「ひゃくなな……」

「老衰で、眠るように旅立たれる予定だったんです」

「へえ……」


 そうか、私だけは助かるはずだったのか。それにしても百七歳って、長生きだな。


「それをうっかり」

「うっかり?」

「他の乗客さんたちと一緒に、魂をこちらにお迎えしてしまいましたぁぁぁーーー」


 またもや見事なジャパニーズ土下座体勢になった少年の肩をつかんで、ぐっと押して顔を上げさせた。少年の大きな金色の目が私を見つめて……私を見つめ……て?


「あ、あれ?」


 肩はつかめた、顔を上げさせることもできた。だけど、少年の肩に置いたはずの自分の手が見えない。慌てて自分の頬のあたりを触ってみるけれど、感触はある。だけど、手は見えない。いや、手どころか体が、私自身がない。


「あ、こちらに来られるのは魂だけです。入れ物……いえ、体の方はまだ現世に、日本に、というかバスの中でこう、ぐちゃっと」

「ぐちゃは、いらなくない?」

「ごめんなさい」

「と言うか、私は助かるはずだったんだよね? なのに、どうしてぐちゃっとなるの」

「僕が魂をお迎えしてしまったせいで、世界が死んだとみなして、こう……ぐちゃっと」

「もういいわ」

「ごめんなさい」


 私が口調を強くすると、少年はまた謝った。今度は土下座ではなく、ペコリと頭をさげただけだけど。

 でもそうか、なるほど、ここでこうして喋っている私は、いわゆる魂だけの状態であるらしい。魂だけなのに喋れたり、手が使えたりするのが謎だけど、どうやらそうらしい。

 バスで寝ていたはずなのに、目覚めるなりこんなわけのわからない状況で、おまけに体までないのにわりと普通に考えられているのは多分、まだ何が何やらわかっていないのと、このちょっとおとぼけな少年のせいなのだろう。


「あなたは、私が見えているの?」

「輪郭は見えます、白いです」


 私には私が見えないけれど、少年には輪郭が見えているらしい。こんな真っ白い世界で白い輪郭って……本当に見えるのかな?


「で、あなたは天使か何か? それとも、神様とか」

「管理者です」

「はい?」

「正確には、管理者の弟子です」

「管理者……の、弟子?」

「世界の管理者、もしくは創造主でもいいです」

「それ、神様でしょ」

「そう呼ばれることもあります」

「……なんか疲れる」

「ごめんなさい」


 またもやペコリと頭をさげた少年に、私は思わず溜息をついてしまった。魂だけでも、溜息ってつけるんだ……。

 要領を得ない少年の話をまとめてみると、つまりはこういうことらしい。地球を含む私たちの世界を創造したのが少年のお師匠様という立場の人で、少年は師匠が留守にしている間の管理を任されていたのだけれど、その管理というのが世界中で死んだ人の魂を一旦この謎空間に招いて、それから輪廻の輪に帰すというものなのだそうだ。

 私と一緒のバスに乗っていて亡くなった人たちはそこが寿命だったそうで、すでに輪廻の輪に帰ったらしい。どれくらい輪廻の輪を巡るのかはわからないけれど、しかるべき時が来たら新たな寿命を貰ってまたどこかの世界に生まれるのだとか。


 だけど私は本来、百七歳まで生きるはずだった魂だ。

 まだ寿命が尽きていないので、輪廻の輪に帰れないのだそうだ。


「じゃあ私、元の世界に帰れるの? 生き返ったり……」

「無理です」

「だけど」

「あなたの体はすでに、ぐちゃっと」

「ぐちゃは、やめてくれる?」

「はい、ごめんなさい」


 疲れる、本当にこの少年と喋っていると疲れる。魂だけでも疲れ……いや、もういいや。


「だったら、どうしたらいいの? 元の世界には帰れない、輪廻の輪にも帰れない。まさかこの空間にずっといなくちゃならないとか?」

「いえ、それだと僕のミスが師匠にバレちゃいますし」

「おい、こら」


 もう怒る気力もないんだけど、とりあえず怒ってみる。またもやごめんなさいと頭をさげた少年だけど、次に顔を上げた時にはその金色の目がキラッキラだった。

 ああ、嫌な予感しかしない。


「そこで提案なんですが、僕が創造した世界に行きませんか?」

「あなたが創造、つまり作った世界ってこと?」

「ですです」

「あなたって弟子じゃないの、つまり見習い」

「実習で作りました」

「実習で世界を創造しないでくれる!?」


 どうして私はこんなところでコントをやっているのか、神様教えて。あ、こいつも神様みたいなものだったか。


「僕が作った世界はなんと、師匠の世界で流行っている所謂、異世界というやつなんです」

「流行っている異世界って、異世界小説とか、漫画とかアニメとかの、あの異世界?」

「ですです。魔法が使えて魔物とかいて、王様とか勇者とか冒険者とかいるやつです」

「へえ……」

「行ってみたいと思いますよね!」

「いや、別に」


 私だってその手の異世界を舞台にした小説や漫画、アニメは嫌いじゃない。友達の一人にどっぷりはまっているのがいて、本やDVDを貸してくれるから人気作は一通り読んでいるし、観ている。だけど、小説や漫画やアニメは好きでも、その世界に行くとなると微妙である。


「魔物、怖いし」

「魔物と戦えるだけの力を差し上げます、勇者カッコいいです!」

「いや、戦うこと自体が怖い」

「だったら魔物被害の少ない、平和な国に転生していただきます」

「戦わなくていいの?」

「騎士や兵士、冒険者にならなければ、戦わなくていいです」

「街で普通に暮らせるってこと?」

「はい、貴族令嬢にでも転生しますか。王女でもいいです、それとも聖女とかがいいですか」

「いや、普通に平民で」

「ええ、どうしてですか!」

「なんか、面倒くさそうだし」

「そんなぁー」


 王女や聖女なんて、考えるまでもなく大変そうだ。貴族令嬢ならメイドさんに世話してもらって楽かなと思うけれど、家のために政略結婚とかさせられそうだしね。婚約者に婚約破棄されたりとか、それは悪役令嬢ものか。とにかく平民が一番いい、働くのは苦にならないし。


「平民でも、あまり貧しい家は嫌かな。貧民街とかやめて」

「当たり前です、あなたにはあと九十年生きていただかないと困るんですから、貧民街なんてちょっとしたことですぐに死んじゃうようなところ、とんでもないです」


 寿命が百七歳までで、今が十七だから、残りが九十年ってことね。私、九十歳で死ぬのか……自分が死ぬ歳がわかってるって、なんか嫌かも。


「それなら、裕福な商家とかですかね」

「うん、いいかも」


 いつの間にか少年が作った世界に転生することが決定してるけど、まあ仕方ないか。寿命を終えるまで輪廻の輪には帰れないなら、それまでの九十年をどこかで過ごさなければならないんだから。


「あ、ねえ、意識とか記憶って生まれた時からあるの?」

「意識、ですか?」

「そう、今の私の意識。来見菫香の記憶」

「ありませんよ」

「じゃあ、何かのタイミングで思い出すパターン? 高熱が出たとか、階段から落ちたとか」

「いえ、まっさらな魂しか生まれ直すことが出来ませんから、あなたの意識や記憶は持って行けません」

「……はい?」


 今、ここで喋っている私の意識がなくなる? 記憶も持って行けないって、それってつまり……。


「それ、死ぬのと同じじゃない!」

「ち、違うと思います」

「違わないっ!」

「ご、ご、ごめんなさいぃぃぃーーー」


 これまでの比ではない勢いで怒鳴った私に驚いたのか、少年が再びジャパニーズ土下座スタイルで謝った。だけど、こればかりはいくら謝られても許せるはずがない。


「嫌」

「い、い、嫌ですか」

「当たり前じゃない、死にたくない」

「死ではありません、転生です」

「意識が消えるんなら、それは死なの」

「そう言われましても」


 少年は、土下座スタイルから顔だけあげて、ものすごく青ざめている。それでなくても色白なのにさらに白くなって、この空間で唯一の色らしい色である金色の目が大きく見開かれていた。


「このまま、ここにいる」

「えっと?」

「あなたのお師匠様が帰って来るまで」

「それは、困ります!」

「あなたが困ろうが私の知ったこっちゃないわ! あなたの師匠にどうにかしてもらう、弟子の不祥事は師匠の責任でしょ」

「それだけは、どうかご勘弁を!」


 よほど師匠が怖いのか、少年はまたもや土下座だ。なんかこんなに連発されると、土下座ってたいしたものじゃないなと思えて来る。


「て、転移ならどうですか?」

「転移?」

「異世界転移です、よくあるでしょ」

「よくは、ないわ」

「体、用意します。チート能力、てんこ盛りにします。もちろん意識と記憶は、そのままです」

「チート能力……」

「指先でツンってしたら、魔物がぶっ飛ぶとかどうですか」

「だから、戦わないって言ったでしょ」

「じゃあ、魔法! 魔力、無限大です」

「魔法……」


 正直、それはちょっと惹かれる。それこそ指先ツンで火がついたり、水が出たりしたら便利そうだし。

 あと、癒しの魔法とかいいよね。

 アニメでよく、ちぎれた足や腕が癒しの魔法で再生するシーンがあるけど、あれっていいなってちょっと思ってた。それにマジカルバッグとか言うやつ、欲しい。いっぱい入るのに、軽いのがいい。


「癒しの魔法……」

「使えます」

「マジカルバッグ……」

「差し上げます」

「……言葉、そうだ言葉は?」


 大抵の異世界ものは最初から言葉が通じてるけれど、通じなくて苦労するってパターンもある。それでなくても知らない世界なのに、言葉がわからないとか怖すぎる。

 私の不安を即座に理解したのか少年は、ぱあっと笑った。


「世界言語、異世界ものの定番ですよね! もちろん、つけときます。もっとも、転移先の共通語は、日本語ですけどね」

「はい?」

「人族は、日本語です。エルフは英語で、魔族はロシア語」

「ロシア語、なんでロシア?」

「いや、なんかそれっぽいかなと」

「てか、魔族いるんだ?」

「いますが、人族が住む中央大陸から遠く離れた別大陸なので、遭遇することはありません。いないと思ってくださっていいです」

「エルフは?」

「エルフは、人族と同居です。大きな大陸、二つしか作れなかったんですよ」

「同居……」

「なので、ハーフエルフとか普通にいます」

「ああ、同居ならそうなるよね」

「獣人は、種族ごとにイタリア語とかフランス語とかですが、人族の街で暮らしている獣人は日本語喋れます」

「獣人もいるんだ……」

「います! 猫耳少女もウサ耳少女もいますよー」

「うん、あんたの趣味は大体わかった」

「世界言語、いりますよね?」

「つけといて。エルフがいるなら、英語もわかる方がいいし」


 英語、あまり得意じゃないんだよね。どちらかと言うと、理数系の方が得意。リケジョ目指すほどの成績じゃないけど。


「魔力無限大とマジカルバッグ、世界言語……あとは、何か欲しいものあります?」

「鑑定とか?」

「鑑定も定番ですね!」

「鑑定というか、色々なことを調べられる手段が欲しいかな。世界のこととか、魔法の使い方とか」

「では、マジカルディクショナリーをさしあげます。マジカルバッグに入れときますね」

「そのマジカルディクショナリーって地球の、私が元いた世界の知識も調べられるやつ?」

「調べられます、元の世界の知識もこれから行く世界の知識も全部です。本型のスマホだと思ってください。知りたいことを思い浮かべながら本を開いたら、書いてあります」

「それは、便利そう」

「便利ですよー」


 不思議だったんだよね、異世界もので主人公がお醤油やらお味噌やら作れちゃうやつ。なんでそんな作り方知ってるのって、思うよね。何度も失敗してやっと作れたってパターンもたまにはあるけど、大抵は一発で出来ちゃうんだよねぇ。

 しかも、異世界の人たちがそれをみんな美味しいって言うのが不思議で不思議で。お味噌汁とか、癖があると思うよ。

 最近では外国の方も和食を好む人が多いみたいだけれど、それは日本の食べ物だっていう知識があるから抵抗が少ないんだと思う。見たことのない食べ物で、食べたことのない味だと、そんなすぐに受け入れられないと思うな。

 まあ、そのあたりのことは置いといて。

 マジカルディクショナリーがあれば、お醤油もお味噌も作れそう。それに、色んなレシピも調べ放題っぽい。


「あとは、何か……」

「お金! 出来たら、一年くらいは暮らせるくらい欲しい」

「すみません、管理者は神具や能力は授けられますが、その地で流通している貨幣は授けられないんです」

「そうなの?」

「はい、そういう決まりでして」

「でも、宿代とかご飯代がなかったらいきなり困る。街に入るのだって、お金必要だったりしない?」

「身分証がない場合は、税金を請求されますね」

「だったら、街に入ることができないじゃない」

「身分証なら授けられます。どこかの山奥で祖父と暮らしていたけど、祖父が亡くなったので山をおりてきたって感じの設定でいきましょう」

「まあ、そのあたりは任せるけど」


 だったらやっぱりあの街がいいなとか、あまり子供だと一人で山を下りるのが不自然だから今と同じ十七歳でとか、少年はしばらくぶつぶつ言っていた。そして、考えがまとまったのかにっこり笑って顔をあげた。


「では、菫香さんにはシステア山脈のふもとにある街、エシャールの近くの森に転移していただきます。魔物なんていないあたりにしますから、大丈夫ですよ。マジカルディクショナリーで方向を確認してから、街に向かって歩いてくださいね。間違って森の奥に進みますと、危険な獣がいたりしますので」

「だから、お金は? 街に入れても、お金がなかったら宿にとまれないでしょう」

「街に入る前に魔力晶を作りましょう。売れます、宿代くらいすぐに稼げます」

「魔力晶?」

「魔力を水晶のように固めたもので、魔道具に欠かせない、電池みたいなものだと考えていただければいいです」

「その魔力晶を作るの? 私が?」

「はい、菫香さんは魔力無限大なのでいくらでも作れます。もっとも、あまり大きなのを作ると目立ってしまいますので、小さいものを作った方がいいですけど」

「へえ……」

「魔力晶の作り方は、マジカルディクショナリーで調べてくださいね」


 マジカルディクショナリー、本当に便利だ。


「これで大丈夫かな……まあ、また様子を見に行きますので、何かあったらその時に言ってください」

「神様って、そんな簡単に来れるの?」

「降臨は、簡単ですよ。自分で作った世界ですから」

「もし何か困ったことがあった時に、空に向かって助けてーって言ったら、来てくれたりする?」

「タイミングによりますね、師匠の仕事を手伝っている時とかは無理です」

「無理じゃない時なら、来てくれるんだ」

「ですです」


 なんか軽い神様だな、いや管理者か。でも、会いに来てくれるなら心強い。


「そろそろいいですか?」

「え?」

「そろそろ師匠が帰ってきちゃいそうなので、ちゃちゃっと転移していただけると嬉しいです」

「ちゃちゃっと、ね」


 やっぱり軽いわ。ちゃちゃっと異世界転移って、何それって思うよね。


「お願いしますぅー」

「わかった、わかったから」


 また土下座しそうなのを止めて、私はひとつ頷いた。

 こうなったら仕方ない、行ってみますか。


「いいよ、転移させて」

「ありがとうございます! 体は、あちらの世界で違和感のない感じに用意しますね。絶世の美女とかにしときますか?」

「普通で」

「かしこまりっ!」


 少年が立ち上がって軽く手を振ると、周りにキラキラと光の粒子のようなものが漂いはじめた。私はないはずの体がふわっと浮いたような気がした。


「ではでは、マジカルなひと時をお楽しみください」

「ん?」


 少年は胸に手をあて、執事よろしく恭しい態度でお辞儀をした……って、ちょっと待った! その台詞とポーズに覚えがありまくりなんだけど。


「いってらっしゃいませ」


 あいつ、まさかのパンジリアンだーっ!

 叫びたいけど、もう声が出なかった。急速に意識が遠のいて、すぐに何もわからなくなった。


10日連続で、毎日20時に更新します。

そのあとは、週一くらいのペースになる予定です。

よろしくお願いします!

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