十六
下山した僕たちは駅で別れるとそれぞれの帰路に着いた。岡田先生は知世さんの実家に報告へ行き、石川さんと髙橋さん、草野の三人は喫茶店に寄るらしい。
僕と香織は体力の限界だった事もあり僕の家に真っ直ぐ帰った。
家に帰りリビングのソファで並んで転がり、天井をぼーっと眺める二人。
終わってみるとそこに現実感はなく、すべて夢だっかのような錯覚に襲われる。
しかし、身体中の筋肉の痛みと疲労が全て現実であった事を僕たちに教えている。
暫くの間、ソファの上でそうしていたのだが、香織が突然ムクっと起き上がる。
「どうしたん?」
「いま思い出したんやけどな。泉で奈美ちゃんと山田くんが話してる時さぁ。あんた、山田くんと何か目でやり取りしてへんかった?」
「え、そんな事ないけどなぁ…」
「いや、山田くんがあんたの方見てたし、あんたも頷いとったやん。あれ、何なん?」
香織の鋭い視線が僕を見据える。彼女は完全に疑っているし、やりとりにもしっかり気づいている。
僕はこれは誤魔化しようがないと諦める。
「はぁ…。誰にも言わんて約束できるか?」
「もちろんや。絶対に言わへん、約束や」
「あれはな、山田の優しさやった」
「優しさ?」
「そうや。あの時、山田が髙橋さんに告白したんは覚えてるやろ?」
「うん。感動のシーンやった…、今でもすぐに思い出せるわ。それがどうかしたん?」
「あの告白な…、二回目やねん…」
「二回目? どういうこと?」
僕は起き上がると香織を真剣な表情でみる。彼女もその様子に佇まいを直した。
「どっから説明しよかなぁ…、結論から言うか。一回目の告白はあの林間学校の夜や」
「何、冗談言うてんの。奈美ちゃんは他のクラスの女子と抱き合ってる山田くん見て引き返したやん。山田くんと会ってへんのやで。いつ告白されたって言うんよ?」
「いや、会ってたんや。そんで、山田は髙橋さんに告白して、彼女を抱きしめたんや」
香織の頭の上にはクエスチョンマークが浮かぶ。全く僕の話に理解が追いついていない。
「そもそも他のクラスの女子の話はあくまで噂や。その女子が誰のことやったか知ってる人おるんかな?」
「え…、そういえば聞いたことあらへんな…」
「せやろ。僕はそれについて調べたんやけど、知ってる人は一人もおらんかった。ただ、山田が髪の長い女子と抱き合ってたのを見た人はおった」
「じゃあ、その女子がどっかのクラスの女子ってことやろ?」
「いや、その時間帯の全員の所在は確認が取れた。髙橋さん一人を除いてやけどな」
「嘘…」
香織は呆然としている。しかし、僕はそのまま話を続けた。
「山田が抱き合ってたのは髪の長い女子。それが短髪の髙橋さんやとは誰も思わへんやろ。石川さんが見た髪の長い山田。髙橋さんに憑いていた知世さん。二人の特徴は背中まである長い髪。そして、山田が女子と抱き合っていた時にさしていた傘はピンク色やった」
「ピンク色の傘って…。もしかして、奈美ちゃんのあの傘…?」
「おそらくな…。髙橋さんは知世さんに憑かれていだけ時に意識が混濁している事があった。あの泉の場所での告白にトラウマがあった知世さんがあのシチュエーションで出てこないはずがない。とすると…」
香織の顔がみるみるうちに覚醒していくのがわかる。ここまで話すと香織にも話の筋が見えてきたようだ。
「あの夜、山田くんと奈美ちゃんは泉で会ってた。山田くんは奈美ちゃんに告白したけど、その時は意識のほとんどを知世さんが支配してたから奈美ちゃんは覚えてなかった?」
「そうや。髙橋さんはおそらく幽体離脱みたいな状態でその様子を見てたんちゃうかなぁ。だから、離れた場所からそれを見たと思った。見えてたんは長い髪やし、傘で隠れていた女子が自分だとはわからずにね」
「そういう事やったんか…。で、山田くんはそれをどこかのタイミングで知ったけど、奈美ちゃんには伝えんといて欲しかったってことか。彼女のために…」
僕は「そういうことや」とゆっくりと頷く。香織は再びソファにダイブした。
「あんたさぁ…。ホンマ、私にそういうの隠すよな。それも優しさてことなんかも知れんけどさぁ…」
「僕の場合は優しさもあるけど、どこまで伝えて良いかいつも迷うんや。お前に危害が及ぶのも嫌やし、心配かけんのも嫌やからな」
「アホ、それが優しさや言うてんねん。まぁ、ええわ。いつも、ありがとうな」
「どういたしまして」
僕たちは顔を見合わせ同時に笑った。僕はもう一度ソファで香織の隣に転がる。そして、再び天井を眺める二人。
「岡田先生と知世さん。奈美ちゃんと山田くん。皆んな良い笑顔やったなー。私もいつかあんなふうに素敵な…」
「素敵な? 恋愛はしたらええけど、死ぬのはやめてくれよ。ホンマに頼むで…」
「死ぬか! あんたは、なんでそこでそういう…、はぁ…」
僕は「冗談や」と笑い、香織は「しょーもな」と顰めっ面をしている。
二人はそのままソファで寝転びながら天井を一緒に眺める。天井の向こう側に見える晴れやかな空とあの二つの銀色のリングを思い浮かべながら。




