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僕と×××。と香織の物語「特別編 林間学校から始まる×××。」  作者: なお。


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十五

 僕たちは懐中電灯の明かりを頼りに山道を駆け抜ける。僕と香織の息が上がり膝に手をつくくらい走った頃、僕たちはそこに辿り着いた。


「ここって…、泉の入口?」


 僕たちの眼前にはあれから何度も見た大自然のアーチがその威容を示している。夜のアーチはどこか不気味だ。最近の体験がそう思わせているだけかもしれないが、今はそう感じる。

 髙橋さんは入口を凝視ししていたがスタスタと中に入っていく。アーチを潜り抜けたその先には月の光を浴びて綺羅綺羅と輝く変わらぬ泉の姿があった。

 違うのはその前に岡田先生を髪の毛で抱える知世がいることくらいだ。


「ホンマにいた…。奈美ちゃん、何でわかったん?」


「教えてもろたんや」


「教えてもろたって、誰に?」


「香織、その話は後にした方が良さそうやで」


 香織が僕に返事をする前に、僕は女子二人をアーチの方へと退がらせる。


「ちょっと、なんなんよ!」


「前に出たら危ないで。二人とも離れててや…」


 僕はそう言うと泉の方へ歩き出す。香織は何か言おうとしたが僕の背中越しに見えた光景に言葉を呑み込んだ。

 知世が岡田先生を地面におろし、こちらへと歩いてきていたのだ。その長い髪をずるずると引き摺りながらだ。


「さっきはちょっとビビってたけどもう大丈夫や。次はこっちからいくで」


 僕は左右の腰のストックホルダーに手をかけ札を取り出すと同時に前方に放つ。空気抵抗を一切感じさせない動きで一直線に飛ぶ朱い札。

 その札は荒ぶる知世の両手に当たりその動きを封じる。僕は続け様にもう二枚放ち足の動きを封じた。


 ヴアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ………………………。


 知世の口から人ならざる呻き声が漏れる。香織と髙橋さんは咄嗟に耳を塞いでいた。

 知世は地に両膝をつきこちらを睨め付ける。髪の隙間から見えたその目は怒りと憎悪に染まっているようにみえた。

 僕はもう容赦するつもりはない。さらに二枚の札を取り出してそれを前方に放とうとした刹那、知世の前に黒い影が飛び出した。

 それは両腕を左右に真っ直ぐ伸ばし大の字で僕の前に立ち塞がる。


「もうやめたってくれ…。わしは大丈夫や」


「岡田先生、どいてください!」


「どかん。何と言われようとどかん!」


「その知世さんは先生の知る知世さんやない」


 僕のその言葉に岡田先生はゆっくりと首を左右に振った。


「そんなことはあらへん。この子もわしのよく知ってる知世や」


「何でや…」


「この子がわしの事をしらんのやったら、わしはもう生きてなかったはずや。違うか?」


「それは…」


「知世はこれを見て襲うのをやめてくれたんや…」


 そう言った岡田先生の右手にはあの「銀色のリング」が握られていた。あれは、二人だけの秘密。それを知っているならあの知世さんは…。

 悩む僕の背後からまた声が発せられる。


「そうですよ。あれもまた知世さんで間違いありません」


「遥陽さん!」


 驚き振り返った僕の前には遥陽が立っていた。香織と髙橋さんは未だアーチの前に避難したままだ。ただ二人の瞳には明らかな怯えが見て取れる。

 その原因は、遥陽の隣にあった。それには僕も心臓が止まるかと思った。

 遥陽の隣に立っていたのは()()だった。哀しい瞳で岡田先生を見つめている。


「よく頑張りましたね。後は私に任せてください。岡田先生もありがとうございます。必ず知世さんを救いますのでそこをどいてください」


「わ、わかりました。宜しくお願いします…」


 岡田先生は二人の知世を見てどちらの傍にいたら良いか判断に迷っているようだ。


「きみは香織さんたちを連れてきてください。彼女たちが近くにいた方が安心するでしょう?」


「それも読んだんですか?」


「いえ。これくらいは読まなくてもわかるようになってきました」


 僕は苦笑しながらも遥陽に礼を言って彼女たちの元へと駆け寄る。遥陽はそれを横目で確認するとおもむろにサングラスを外した。

 すると突然怯え出す二人の知世。見たことのない者にはそれがどうしてかわからないだろう。

 遥陽の瞳がぼうっと薄紫に輝いている。あれを見ると大抵のモノは彼女たちと同じ態度をとるのだ。

 彼は素早い動きで青い札を取り出すと、何かを呟きながら虚空に図を描いていく。

 僕たちはそれを眺めながら遥陽の元へと歩み寄る。香織と髙橋さんの目は点になり、目の前の光景が信じられないといった様子だ。

 遥陽は青い札をどんどん取り出す。札は青く輝き規則的な軌道で宙を舞う。遥陽が唱え終わると青い光で描かれた大きな図形が目の前に完成していた。


「ポケットに青い札を入れていたんですね。ちょうど良いのでそれを一枚私にください」


「どうぞ」と僕はポケットから光輝く青い札を取り出し彼に渡した。


「やはり、素晴らしい…」


 遥陽はポツリとそう漏らした。そして、僕から受け取った札を図形の真ん中に押し込み前方へと飛ばした。

 青い札は図形と一緒に回転しながら地に跪く知世目掛けて飛んでいく。術式は進むにつれて眩い光を増していき着弾と同時に青い光は一気に広がり知世を包み込んでいく。

 光の中に消えゆく彼女の顔は優しく笑っていたように見えた。


「知世…」


「…………」


 岡田先生と知世は泉を背景に向き合う。上方から差し込む月光が彼らを照らしている。

 二人ともどこか悲哀を感じさせる雰囲気を醸し出している。


「知世…。ホンマにごめんな…」


 知世は首を横に振る。


「あの時の告白はちゃんと断ったんや。最後に抱きしめて欲しい。それでわしのことは思い出にするって言われたで抱きしめてしもた。でも、知世のこと考えたらそれもしたらあかんかったな…。ホンマにごめんやったで」


 知世はぶんぶんと首を横にふる。彼女の瞳からは大粒の涙が流れ落ちている。

 遥陽がそんな二人のもとへ歩いていく。


「岡田先生。知世さんは亡くなった後に真実を知りました。彼女は貴方を信じられなかった自分を責めました。そして、悔いました。今までお互いが自分自身を責め続けてきたのでしょう。しかし、それももうおしまいです。お二人はお互いの気持ちを知ったのですから」


「知世。遥陽さんの言う通りやな。もう責めるのはやめよう。わしのこと大切に思っててくれてホンマにありがとうな…」


 知世は涙で顔をあげられない。岡田先生の顔もぐしゃぐしゃだ。

 僕の目頭もじーんと熱くなっている。香織はどこからかハンカチを出して涙を拭いている。


 暫くすると、知世が服の袖で涙を拭い顔をあげる。そこには笑顔の可愛い女子高生がいた。

 岡田先生の方へ手を伸ばす知世。先生もそれを迎えに手を伸ばす。

 手と手が触れ合う。ゆっくりとお互いの手を握り懐かしむ表情をみせる二人。

 知世の身体が金色こんじきに輝き始める。それを見た二人は頷く。二人の身体はゆっくりと近づきピタリとくっつく。


「あれ、岡田先生が高校生にみえる…」


「ホンマや、なんでや?」


「ふふふ、良いじゃありませんか。理由はどうあれ、こちらの方がロマンチックでしょう」


 そして、抱き合ったまま唇を重ねると知世さんの身体は綺羅綺羅と輝きながら消えていった。


「知世…」


 消えゆく知世を憂いを帯びた瞳で見送る岡田先生。その姿に僕たちは声をかける事ができなかった。

 泉の前で呆然と立ち尽くす岡田先生と僕たちだったが、奇跡はそれだけでは終わらなかった。月の光に照らされた泉の中に一つの人影が浮かび上がたったのだ。


「奈美ちゃん、あれって…」


「山田、くん…?」  


 泉に浮かび上がったのはあの()()だった。その姿は先ほどの知世と同じく金色に綺羅綺羅と輝いている。

 山田は笑顔で泉の前に立つと手招きをして高橋さんを呼ぶ。香織に背を押され歩き出す髙橋さん。

 二人もまた泉を背景に向かい合って立つ。幻想的な泉の雰囲気も相まり、二人はまるで物語の主人公とヒロインのようだ。


「髙橋さん、最期にもう一度会えて良かった」


「うち…、何か勘違いしてたみたいなんや。ごめんな」


 山田は一瞬だけ僕に目で合図をした。僕はそれで彼の真意を理解する。

 僕は頷くことで彼の望みを叶えるとそう返事をした。


「もう悲しまなくてええ。髙橋さんの想いは十分わかってる。こんな時に言うのも何やけど聞いてくれへん?」


「ええよ…、何でも言うて」


 山田と髙橋さんは見つめ合うと照れた様な笑みを浮かべる。山田は少し緊張気味だ。


「髙橋さん。ずっと好きでした。もう付き合ってくださいとは言えんけど。貴女のことを好きやったやつがおったなぁって、記憶の片隅にでも置いといといてくれると嬉しいです」


「うちも山田くんのこと、好きです。もっと一緒の時間過ごしたかった…。うちはずっと覚えとく…、どれだけ時が過ぎても絶対忘れへんよ…」


「ありがとう…」


 二人はすっと近づき両手をお互いの背中にまわす。そして、しっかりと抱きしめた。

 僕たちには抱きしめ合う感触があるかはわからない。しかし、二人を見ていればそれがどうであるかは一目瞭然だった。


「奈美…」


「太郎…」


 二人は見つめあっまたままお互いの顔を近づけていく。そして、唇と唇が触れ合った瞬間に山田の身体は一層輝きを増した後、静かに消えていった。


「ありがとう、さよならや」


 僕たちの耳には確かにそう聞こえた。森の吹き抜けから空に輝く月を見上げた僕たちは「ありがとう、さよなら」と呟いた。


 ◇


 あの騒動解決から初めての土曜日を迎えた僕たちは再びあの山を登っていた。

 僕と香織、石川さん、髙橋さん、草野に岡田先生を加えた六人でだ。

 知世と山田がこの世から旅立ったあの夜、石川さんと草野は不思議なほどの快復をみせたらしい。そして、次の日には検査を全てクリアして夕方には退院した。

 普段から鍛えていたおかげか二人とも数日で体力を取り戻し、今は前回と変わらぬ力強い足取りで山を登っていく。

 もう語る必要もないだろうが僕と香織はお察しの通りだ…。


 皆んなに助けてもらいながら何とか新しい祠に辿り着いた僕と香織。祠の前には遥陽が待っている。


「おはようございます、遥陽さん。立派な祠にして頂き本当にありがとうございます」


「おはようございます、岡田先生。御期待にお応え出来て何よりです」


 僕たちは先生に続き挨拶を交わすと祠の前に立つ。祠の扉は観音開きで大きく開け放たれていて中がよく見える。


「遥陽さん。中には石を置くって話じゃなかったっけ?」


「もう封印するモノはいないので石は必要ないでしょう。だから、岡田先生と相談してこれからは彼らを祀ることにしたんですよ」


「へぇー、そうやったんですね」


 祠の中には綺麗な円形の鏡が安置されている。鏡面には一切の曇りがなく扉から差し込む太陽の光を反射し眩いばかりに輝く。

 遥陽は厳かに扉を閉めるとそこへ札を一枚貼り、しっかりと錠をかけたあと扉の前にしめ縄を張った。

 僕たちは遥陽の後ろに一列に並ぶ。そして、遥陽の指示に従う。

 遥陽は大麻おおぬさを両手で持つとそれを左右に振り祝詞をあげる。

 僕たちは瞼を閉じて軽く頭を下げて祈りを捧げる。

 遥陽が祝詞をあげおえ、僕たちに「もう結構ですよ」と声をかける。僕たちが目を開き祠に目をやると祠が薄っすらと光で覆われているように見えた。

 長かったようで短かったこの事件も漸くここに終幕を迎えたのだ。

 岡田先生も髙橋さんもとても晴れやかな顔をしている。もちろん、それは僕たちも同じだ。


 晴れやかな青空のもと、僕たちは山を降りる。眩しい陽射しと涼やかな風。しんどい山道も心なしか気持ちよく感じた。

 息を切らし汗を拭いながら歩く僕を応援しながら共に歩んでくれる岡田先生。

 彼の首元には太陽の光を反射し綺羅綺羅と輝く「二つの銀のリング」がぶら下がっていた。

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