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僕と×××。と香織の物語「特別編 林間学校から始まる×××。」  作者: なお。


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13/16

十三

 翌日、僕はあの山にいた。あの地獄の登山道を登り切りあの林間学校が行われたキャンプエリアでテントを組み立てている。

 僕の横には香織と髙橋さんの姿があり、少し離れた場所では遥陽と岡田先生が大人用テントを設営しているのが見える。

 この日、岡田先生は学校を休んだ。僕と香織、髙橋さんも休んだ。

 これにより、度重なる生徒の体調不良に加え、担任の教師までもが体調を崩したとして、生徒の心のケアの観点から僕たちのクラスは急遽学級閉鎖となった。

 しかし、その実態はサボりと捉えられてもおかしくないこの状況だ。理由を知らない者から見れば、学校をズル休みしてキャンプをしているようにしかみえないだろう。

 しかし、学校側は僕たちにこれについて何の追求もしなかった。さらには、推奨までしてくれるほどの待遇だった。

 それについて遥陽からは「姉さんに少し口をきいてもらいました」とだけ言われた。

 僕と香織は「恵さんてホンマに何者なんやろ…」と口を揃えた。


「よし、テントオッケー」


「ほんなら、休憩にしよー」


「あの時は、泉に行ったんよな。遥陽さん、泉ってどうなってるんですか?」


「警察の捜査は終わっているので入れますよ。しかし、御友人が亡くなった場所ですよ。大丈夫ですか?」


 僕と香織は髙橋さんの方を振り返る。彼女は下を向いて唇を噛み締める。握る拳もぷるぷると震えていた。


「奈美ちゃん、無理せんでええんやで」


「そうやで。ここで、岡田先生と待っててくれてもええ。代わりに僕らが花供えてくるし」


 髙橋さんは暫く黙っていたが「うちもいく」と強い決意を秘めた瞳で僕たちを見た。


「わかった。でも、あかん思たらすぐに言うてや。私も一緒に戻るさかい」


「香織ちゃん、ありがとうな」


 香織は髙橋さんの両手を優しく握り「ええんよ」と微笑んだ。



 僕たちは5人全員で「あの泉」に向かった。変わらぬ道、その先に見えて来るあの大自然のアーチ。それを潜り抜けた先で変わらず煌めく泉。

 あの事件さえなければ、今もその美しさに心を奪われていたことだろう。

 僕は遥陽さんに目配せをした。彼が頷いたのを確認してから僕は泉に向かって歩き出す。

 それに続き香織が歩き出そうとしたが髙橋さんの足が止まっている。彼女の身体は全身が震え、中々その一歩を踏み出す勇気が出ない。

 僕は立ち止まり彼女らの方を振り向く。


「あんた一人で行って。私は奈美ちゃんとこっから手合わすから大丈夫」


「わかった。髙橋さんのことお願いな」


 僕が一人で泉に行こうとした時、岡田先生が僕の肩にポンと手を置いて一緒に歩き出してくれた。

 僕と岡田先生は泉の前までくると用意してきた花を地面に置いてしゃがみ手を合わせる。


「山田…。来るのが遅うなってゴメンな。安らかに眠ってください…」


 僕は目を閉じてそう告げる。その場にいた皆んなも同じように手を合わせて、僕と一緒に彼へ黙祷を捧げた。


「そろそろ戻りましょう。ご飯の準備をしないと間に合いませんよ」


「それはあかんな。急いで戻らな。私と奈美ちゃんは先にいくでー!」


 香織はそう言うと髙橋さんを引き摺るようにしながら去って行った。あの様子では髙橋さんが心配なのかご飯が心配なのかわからない。

 僕たち男性陣は苦笑しながら泉に背を向けた。


 ◇


 空が茜色に染まる頃、辺りには大量の煙とともに肉の焼ける芳ばしい薫りが広がる。肉が焼けるじゅーという良い音も相まって、僕たちは一気にお腹が空いてきた。


「焼けたやつからどんどん食べていきやー。今日はわしがどんどん焼いたるで、遠慮すなよー!」


「先生、ありがとー! いただきまーす!」


 もぐもぐ…、もぐもぐ…、ごっくん。


「うーん、美味しーーー!」


「ホンマやねー。香織ちゃん、この前のも美味しかったけどこれも美味しいな」

 

「おぉ、わかるか? わしの調合した特製スパイスとソースで味付けしたるんや。バーベキューに最高に合うやつ持ってきたんやで」


「先生、バーベキュー好きなんやね」


「そうや。バーベキューとかキャンプな。やっぱり自然に囲まれるのはええぞ。興味あったら言うてくれ、色々教えたるさかいな」


「ははは、ありがとー」


 岡田先生の瞳が見た事ないくらいに輝いている。僕たちは先生の意外な趣味と一面が見られてうれしかった。

 その後も、岡田先生のバーベキューフルコースは続き、本格的な料理で僕たちの胃袋はパンパンに膨れ上がることとなる。

 バーベキューに大満足した僕たちは早々に後片付けを済ませた。


 僕はここまで「彼女の気配」を全く感じなかった。彼女が僕たちに気づいていないはすがない。何か特別な条件でもあるというのか。

 考えたところで僕にはそれが何なのかわからない。考えてもわからないものに悩んでも仕方がないので、こういうのは専門家である遥陽に任せることにした。


「少し良いですか?」


「僕にですか?」


「はい。他の方々はこれでも楽しんでいてください」


 遥陽はどこからか手持ち花火のセットとバケツを取り出してきて岡田先生に渡した。僕の背後から香織の「やったー」とか「どれからやろかなぁー」という声が聞こえる。

 僕はその声を背中に聞きながら遥陽と少し離れた場所へ移動した。


「で、どうしはったんですか?」


「気づいていると思いますが。今日一日、彼女の気配がありませんでした」


「はい。僕もそう思いました。それが?」


「近づいているんです」


「近づいている…、彼女が?」


「はい。ゆっくりですが山を登って来ています。これからが本番ということです。他の皆んなには黙っていてください」


「僕だけに言うってことは、まさか…」


 そこで遥陽はニッコリと笑う。僕は「この笑みは…、そういうことか…」と心の中で思った。


「そういうことです。察しが良くて助かります」


「だから、読まんとってくださいよ。で、僕はなにをしたら良いんですか?」


「皆んなを守る役目です。場合によっては少し応戦してもらうことになるかもしれませんが…」


「それって、どういうことですか? 遥陽さんは一緒におられへんのですか?」


「その場にいれば私が対応しますが、そうもいかないかもしれません…」


 僕はその言葉を聞いて鼓動が大きく脈打つ。

 いるかもしれないけど、いないかもしれない。もしかして、迫る危機は一体ではなく、複数体いる?

 遥陽は大きく頷く。僕は大きなため息をつくと手を伸ばし、彼からお札とホルスター一式を受け取った。


 僕が皆んなの場所に戻ると女子二人は大はしゃぎしていた。香織はもちろんだが髙橋さんに笑顔が戻っていたので一安心した。

 彼女たちのあの笑顔を曇らせる必要はない。僕は先ほどの情報はやはり伏せておくのが正解だと思った。

 遥陽は様子を見て来ると言って山の中に消えた。岡田先生は事情を知っているようでそれについて何も言わなかった。

 僕は皆んなのテントに向かう。先ずは僕のテントだ。入口から中へ入り四方に白い札をしっかりと貼り付け固定する。

 次は大人用テント。まだ花火をしている先生に事情を説明すると好きにして良いと許可を貰えたので勝手に中へと入り僕のテント同様、四方にお札を固定した。

 大人用テントから出る頃には花火は終わりを迎えていた。あれだけ聞こえていた香織と髙橋さんのはしゃぐ声も今はない。

 僕は後片付けをしている女子二人の元へと向かった。ザッザッという足音に気づいた香織が僕の方を振り返る。


「あっ、もう全部終わってもたんよ。ごめんな」


「いや、構へんよ。それより、二人にちょっとお願いがあるんやけど」


「どしたん?」


「女子のテントに入らせて欲しいんや」


「いやいや、あかんやろ。あんた何言うてんの?」


 香織が眉を顰めて僕を睨む。髙橋さんも少し怯えた表情をしている。これは事情を一切説明しなかった僕が悪い。


「あぁ、説明不足やったな。変な意味で言うたんちゃうねん。これをテントに貼らせて欲しいだけなんや」


「お札を? それって、前にうちが貰ったやつ?」


「いや、ちょっと違うやつ」


「奈美ちゃん、あれはテントを守ってくれるやつやわ。結界みたいなやつて言うてやった。効果は私が立証済みやで安心してええで」


「へぇー、そんなんもあるんやね」


「そうなんよ。だから、テントに入らせて欲しいんや」


「そう言うことなら最初からそう言いーな。私ら普通にひいてもたやん」


 香織と髙橋さんの誤解は解けたようで笑顔で中へ招き入れてくれた。僕は「失礼します」と言い中へ入る。

 中に入った途端、とても良い香りが鼻いっぱいに溢れる。僕はその甘い香りにとてもドキッとした。男のテントとはえらい違いだ。二人に怪しまれる前に作業を済ませようと急いでお札を準備する。

 作業を急ぎはしたが確認はしっかりと行った。不備はどこにもない。


「奈美ちゃん、これで寝る時も安心やで。良かった、良かった」


「そうやね、香織ちゃん。お札ありがとうね」


「ううん、良いんや。皆んなが安心して夜を過ごせるのが一番や」 


 そう言うと僕は自分のテントに戻る。ここからが本当の準備だ。これは彼女たちはもちろん、岡田先生にも見せられない。

 遥陽から受け取ったホルスターを装着する。両手首のリストバンド型、腰にストックホルダーを二つ。中には朱い札がぎっしり詰まっている。

 御守りと白い札の確認。御守りは首にかかっている。紐もしっかりしていて切れる様子はない。白い札を胸に貼り、Tシャツの背中にも一枚貼った。

 そして、ホルスターからスムーズに札が出るか数度試した。


「よし、大丈夫そうやな」


「何が大丈夫なん?」


「うわっ、びっくりした。香織、おどかすなや」


 声の方を見ると香織がテントの隙間から顔を差し込んでいた。僕は取り敢えず彼女をテントの中へと招き入れる。


「お前、何してんねん。髙橋さんは?」


「あっちのテントで待ってもろてる。あの中は安全なんやろ?」


「そうか。なら、大丈夫やな」


「ほんで、あんたは何が大丈夫なんや? 私に何か隠してるやろ」


 香織の大きく力強い瞳が僕を射抜く。この目はちゃんと説明しないと絶対に引き下がらない時の目だ。おそらく、凡その事情は勘づかれているだろう。


「ホンマにこういう時の香織って勘が働くよな…」


「やっぱり隠してるんやな。知世さん、来るんか?」


「そうや。今、遥陽さんが調べに行ってやる。もしかしたら、遥陽さんがおらん時にここに彼女が来るかもしれんのや」


「だから、テントにお札貼ったんやな。で、あんたのその準備は何? 闘うつもりしてるん?」


 そう言う香織の目は一切笑っていない。というより怒っている。本気で心配してくれているのだとわかる。


「闘うつもりはないで…。闘わなくて良いならそれに越したことはあらへん。僕も怖いしな」


「ほんなら、あんたもテントに籠ってたらええやん!」


「そうやな。でも、万が一が起きたら僕はテントから出るで。絶対に女子テントだけは守る。その時は、絶対にテント開けたらあかんし、外に出たらあかん。これだけは守ってや」


「そんなん…」


 香織はその後の言葉を呑み込んだ。僕の瞳がそれを呑み込ませたという方が正しいだろう。彼女もそれが一番安全な事を十分理解しているのだ。


「わかった、約束や。必ず守る。奈美ちゃんは私に任せとき。だから、中のことは気にせんでええで」


「うん、お願い。ありがとうな」


「ううん。でも、一つだけ約束してーや」


「無茶はしない。必ず無事で、やろ?」


「うん。わかってるならええ。ほんなら、向こうのテント戻るわ」


「うん」


 そして、そのまま消灯時間となり各々は自分のテントで眠りにつく。しかし、遥陽は未だ戻らない。彼のことだから心配はいらない。むしろ、心配なのは僕の方かもしれない。


 夜の帷に虫の音が聞こえる。しんと静まり返るキャンプエリア。テントの中にいる僕たちはそれに気づかない。

 空が黒い雲に覆われ始めていたことを…。

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