覚醒の兆し
目を閉じたはずなのに、光が差し込んでくるようだった。
夢の中。俺は、どこまでも白く霞んだ空間に立っていた。
「――やがて、汝は選ばれるだろう」
誰かの声が響く。男とも女ともつかない、重なるような多重の声。
「誰だ……?」
問いかけても、返事はない。ただ、白い空間に浮かぶ輪郭のない影が、少しずつ形を持ちはじめる。
――その姿は、どこか魔王に似ていた。
俺は目を覚ました。
まだ夜明け前。小さなキャンプの隅で、一人汗をかいていた。
「変な夢……」
いや、ただの夢じゃない。あれは、誰かの意志が入り込んでいた。直感でそうわかる。
ミリアの言葉を思い出す。
『あなたの中には、人と魔の両方の境界にある力がある』
あの時は冗談かと思っていた。でも、今は――信じざるを得ない。
その日、俺たちは次の町を目指して山を越えていた。
カリナが周囲を警戒し、ランスが獣道を探し、ミリアは空の魔力の流れを読む。
「義夫、大丈夫? 顔色が悪いわ」
ミリアが覗き込むように言う。彼女の瞳が、深い紫色にきらめく。
「ああ……ちょっと寝不足。変な夢見たからな」
「……どんな夢?」
少し迷ったが、俺は正直に話すことにした。
白い空間。輪郭のない影。魔王に似た存在の干渉――
「……それ、魔王の深層意識よ」
ミリアが小さくつぶやいた。
「深層意識?」
「魔王が完全に死んでいない限り、その意志の断片は世界の下層に残るの。普通は干渉できないけど……義夫は、境界因子を持ってるから」
またその言葉だ。
境界因子。人でも魔族でもない、両者の可能性を宿す存在。
まるで、俺がこの世界の例外みたいに、言われるのは正直居心地が悪い。
だけど、今さら逃げても、何も変わらない。
「……俺、知りたいんだ」
ミリアが少し驚いた顔をする。
「この力の正体も、魔王の本当の目的も。この世界の真実も」
そう言うと、彼女は微笑んだ。
「――ようやく、向こう側に踏み込む覚悟ができたのね」
その言葉に、少しだけ背筋が寒くなる。
向こう側。魔王の側。世界の裏側。
俺たちがこれまで信じていた正義が、もしかしたら、作られた物語だったとしたら。
それを知って、なお歩けるのか――
「……知るだけなら、やってみなきゃわかんねーだろ」
自分に言い聞かせるように呟いた。
そしてその夜、俺は再び白い夢を見る。
今度は、影の中から明確な声がした。
『佐藤義夫。汝は、門の鍵を持つ者』
――鍵? 何の?
だが、答えは返ってこない。
ただ、胸の奥で何かが目覚めようとしていた。
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「……この場所、なんかおかしい」
山を越えてしばらく進んだ先。森の奥に広がる湿地帯――本来なら通る必要のないルートだったが、ミリアの導きで、魔力の揺らぎを辿って来た。
「魔法陣……いや、結界痕か?」
ランスが地面を調べながら呟く。
その中心にあったのは、風化しかけた巨大な石碑。そこには人間語でも魔族語でもない、古代文字が刻まれていた。
「これ……読める気がする」
思わず口に出すと、ミリアが驚いたように振り返った。
「まさか……あなた、これが見えるの?」
俺は頷く。文字は確かに見えた。というより、意味が頭に直接流れ込んできた。
『汝、境界に立つ者なれば、ここに触れよ。真実への門、開かれん』
気づけば、石碑に手を伸ばしていた。
「義夫! 待っ――」
ミリアの制止も間に合わず、俺の指が石に触れる。
瞬間、視界が裏返るような感覚に襲われた。
――そこは、異世界だった。
今まで見たことのない、色のない世界。
地平線が歪み、空と地が混ざる空間。その中心に立つのは――あの夢で見た魔王に似た影。
『ようやく来たか』
「お前……ザイヴァ、ノル、アーク……?」
『名は捨てた。我は今や、世界の調律者だ』
調律者?
その言葉の意味を問う前に、影は語り出す。
『この世界は、繰り返している。争い、排除、勝者と敗者。人と魔の殺し合いも、その一つだ』
『だが、我は気づいた。どちらかが滅びるのではなく、混ざることでしか、新たな可能性は生まれぬと』
「混ざる……?」
『そう。境界を越えた存在。人でも魔でもない者。世界のルールすら逸脱する者――つまり、汝だ』
ああ、やっぱりか。
俺が呼ばれたのは、偶然なんかじゃなかった。
この世界を変えるために、呼ばれたんだ。
「で、俺に何をしろって?」
影が、ほんのわずか笑ったように見えた。
『選べ。汝は鍵。世界を壊すことも、繋ぐこともできる。どちらを選ぶかは、汝次第』
「選べって、簡単に言うなよ……!」
叫んだ瞬間、世界が砕けた。
気づけば、俺は湿地帯の中央に立っていた。
目の前には心配そうに見つめるカリナたち。どうやら気絶していたらしい。
「おかえり、義夫」
ミリアが、安心したように微笑んだ。
「……ただいま」
俺は一歩、確かに踏み出した。
この力が何なのか、俺自身が何者なのか、まだはっきりとはわからない。
けれど――
「やってみなきゃわかんねーことが、山ほどあるってことはわかったよ」




