追われる者たち
あの夜の出来事から三日。俺たちは再び旅に戻っていた。
魔族の村での一件以降、王国の目が俺たちに向いているのは明白だった。宿屋では妙に視線を感じるし、街の門番もこれまでより執拗に身分証を求めてくる。
「俺たち、完全に目を付けられてるな」
ランスが、陰に潜む気配を察知しながら言った。
「もともと国家にとって、都合の悪い奴らの集まりだったしね」
ミリアが苦笑する。
カリナは口を閉ざしたままだったが、手が剣の柄から離れることはなかった。
このままではまずい。俺たちは人目を避け、山道を進むことにした。
その夜、焚き火を囲んでの会話。
「……なあ、もう一度確認しときたい」
俺は口を開いた。
「みんな、なんでこんなことに巻き込まれてんの?」
俺は、あえて訊いた。知っておくべきだと思った。
「言いたくなければいい。でも、たぶん、これからもっとヤバいことに巻き込まれる。その前に、俺がちゃんと知っておきたい」
沈黙。だが、最初に口を開いたのはカリナだった。
「私は、命令違反をして騎士団を追われた」
焚き火の影で、カリナの瞳が静かに揺れる。
「魔族の子どもをかばった。上官の命令は、殲滅だった……私は、それがどうしてもできなかった」
ミリアが言葉もなく、カリナの肩に手を置いた。
「……私も同じよ。私の正体、義夫はもう知ってるよね」
「ああ、魔王の娘だろ?」
ミリアは頷いた。
「私は、戦うために生まれた存在。でも、本当は……争いなんて大嫌い」
その言葉に、俺は何も言えなかった。ただ、頷いた。
そして最後に、ランスが言った。
「俺は……濡れ衣で貴族の家を追われた。兄貴が仕組んだ罠だった」
笑うでもなく、恨むでもなく。ただ、事実だけを語るランスの姿に、俺は拳を握った。
「……だから、俺はお前らと一緒にいる」
俺の言葉に、三人が驚いたように顔を上げる。
「誰かが間違ってるって言ったからって、それが真実じゃない。俺は、自分の目で見たお前らを信じたい」
そのとき、森の向こうから光が揺れた。
「……まずい、追っ手か」
ランスが即座に身構える。火を消し、物音を立てずに動く。
遠くで、複数の足音と鎧のきしむ音。
俺たちはその場を離れ、山道を駆ける。
「追ってきてる。しかも、少なくとも五人以上!」
ミリアが叫ぶ。山道は狭く、戦うには不利だ。
「こっち!」
カリナが獣道のような脇道に飛び込んだ。
俺たちはその後を追って、暗い森を抜け――ようやく、人気のない廃寺のような場所に辿り着いた。
「……今のところ、撒けたか」
ランスが木陰で息を整える。
だが、束の間の静けさを破るように、空から声が響いた。
「佐藤義夫。ならびに、その一行に告げる」
高所から聞こえたのは、魔導スピーカー――王国の追跡用の魔道具だ。
「貴殿らは国家反逆罪の容疑により、王都への出頭を命じる。従わぬ場合は、その身柄を拘束する」
「……ついに、ハッキリ言われたな」
俺は焚き火の残り香を見下ろしながら、静かに言った。
もう、隠れてるだけじゃ終わらない。
「行くか、義夫」
カリナが立ち上がる。
だが俺は、仲間を見渡して言った。
「今ここで、バラバラになるって手もある。誰か一人でも逃げ切れば、それだけで希望が残る」
だが、誰も動かなかった。
「……バラバラになっても、もう一回集めりゃいいだろ?」
俺は笑った。
「一度失敗したって、やり直せばいい。俺たちは、そうやってここまで来たんだからさ」
三人が、無言で頷く。
戦いの幕が、静かに上がり始めていた。
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夜明け前。空がわずかに明るくなり始めた頃、俺たちは廃寺の裏手にある崖の上に立っていた。
「追っ手は崖の下から回り込むだろう。ここで迎え撃つのが、最も有利な地形だ」
カリナが、地形を見渡して判断する。さすが元聖騎士団副団長。戦術眼は一級だ。
「準備、完了」
ミリアが呪文の詠唱を終え、周囲にいくつかの防御魔法を張る。
ランスは崖下に罠を仕掛け終え、草の陰から様子をうかがっている。
「俺も……やるだけやる」
自信なんてない。けれど、この場を守ると決めた。
やがて、追っ手の影が森の向こうに現れた。王国の正規兵、総勢十名ほど。中央には、あの成功した勇者の姿もある。
「……お前か」
崖下から、勇者・ベルン=ゲイルの声が響いた。
「やはり貴様は異端だったな、佐藤義夫」
「そっちは成功してるんだろ? だったら、そのまま満足してりゃいいだろ」
「国家に牙を剥いた異物を放っておけるほど、我々は甘くない。投降しろ。さもなくば――討つ!」
「上等だ!」
その言葉を皮切りに、崖を駆け上がろうとする兵士たち。だが、そこにはランスの仕掛けた罠が待っていた。
足元が崩れ、炎と煙が巻き起こる。
「今だ、カリナ!」
「はっ!」
カリナが剣を構え、突撃してくる兵士を次々に捌いていく。
ミリアの雷撃が、宙を舞う弓矢を打ち落とし、同時に相手の魔術師を無力化する。
俺は、咄嗟に落ちた兵士の盾を拾い、向かってきた槍を受け止めた。
「ぐっ……!」
腕が痺れる。でも、踏ん張る。
その時――
「義夫っ!」
ベルンが崖を跳び越えて、真っ直ぐ俺に剣を向けてきた。
「貴様の存在が、王国の秩序を乱す!」
「だったら、秩序なんて変えりゃいいだけだろ!」
盾で剣を受け流し、背後の木に回り込む。ベルンの刃が閃くたび、火花が飛び散る。
互角……じゃない。向こうの方が格上だ。それでも――
「俺は、諦めねえ!」
その叫びと同時に、ミリアの魔力が爆発する。雷光が空を裂き、ベルンを後退させる。
「……っ! 魔王の娘……!」
「彼は、ただの境界因子よ。私たちの可能性」
カリナとランスも援護に入る。
三対一になった時、ベルンは舌打ちし飛び退いた。
「今日のところは退いてやる。だが……次はないと思え、佐藤義夫!」
そう吐き捨てて、王国軍は撤退していった。
……俺たちは、勝った。
でも、それは小さな一歩にすぎない。
焚き火の前に戻った俺たちは、疲れ果てながらも笑い合った。
「やっぱ、バラバラにならなくてよかったな」
俺がそう言うと、カリナが笑った。
「……変なやつ。だけど、あなたがいなかったら、今頃バラバラだったわ」
「うん、義夫のおかげで、私もここにいていいって思えた」
ミリアが微笑み、ランスも頷く。
「この先、もっとデカいものと戦うことになるぞ」
「上等だろ。やってみなきゃわかんねーし」
――世界に抗う者たちの旅が、またひとつ前に進んだ。