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魔族の村と真実の断片

「……なんか、変な森に入った気がするけど?」


 ランスの言葉に、俺たちは足を止めた。


 地図にない道。妙に静まり返った空気。薄紫に霞んだ空。今までのどの森とも違う、異質な雰囲気があった。


「このあたりは、外れの迷い森って呼ばれてる。踏み込む人は少ないわ」


 カリナが剣に手をかけながら言う。


 依頼帰りに近道を探していた俺たちは、気づけばこの森に迷い込んでいた。


「魔力の流れが変。あまり長居したくないわね」


 ミリアが眉をひそめる。彼女の感覚は鋭い。何かがある、そんな気配があった。


「……それでも、行ってみなきゃわからないよな」


 俺の一言に、皆が小さく頷いた。


 道なき道を進んで数時間。森の中に、唐突に開けた空間が現れた。


「……村?」


 そこには、小さな集落があった。木造の家々に畑。子どもたちの笑い声。だが――


「耳が長い……」


 俺は目を疑った。そこにいたのは、角の生えた者、獣の耳を持つ者、闇色の肌をした者たち。


 人間じゃない。彼らは魔族だった。



「誰だ、お前たちは!」


 突然現れた俺たちに、警戒の視線が集まる。


 武器に手をかける者もいたが、一人の老婆がそれを制した。


「……その青年。どこか、懐かしい気配がする」


 彼女の目はまっすぐ俺を見ていた。


 俺はゆっくりと手を上げて言った。


「俺たちは旅の冒険者。迷ってこの森に入っただけなんだ」


「嘘ではないようだね……この村は、魔族の避難所じゃ。名はナレア。安心してよい」


 老婆の導きで、俺たちは村の中へと招かれた。


 そこで見たのは――


 魔族たちの「普通の暮らし」だった。


 畑を耕す者。子どもをあやす母親。焚き火を囲む家族。


 彼らは、俺たちと何も変わらない。


「なぁ……あれ、本当に魔族か?」


 ランスが小声で尋ねる。


「……魔族だろう。でも、悪魔じゃない」


 俺はぽつりとつぶやいた。



 夕食の席で、老婆は俺たちに語ってくれた。


「人間たちは、我らを魔族と呼ぶ。だが、我らはただ、生き方が違うだけじゃ。争いを好まぬ者も多い」


「でも、魔族は戦争を起こしたって聞いてる……」


 カリナが口を挟むと、老婆は首を振った。


「それは一部の話じゃ。人間に土地を奪われ、仲間を殺された者たちが、仕方なく立ち上がったのじゃ」


「……じゃあ、魔王ってのも、そうなのか?」


 俺の問いに、老婆は目を細める。


「ザイヴァ=ノル=アーク。あの方は、もともと人間の賢者だった。多くの命を救い、種族の垣根を越えて共存を模索しておった」


「でも、今は魔王って呼ばれてる」


「そう。彼は人間に裏切られた。そして決めたのじゃ。もう一度、世界を作り直すと」


 村の夜は静かだった。だが、心の中には嵐のような葛藤が渦巻いていた。


 俺たちは、何を信じて戦ってきたんだ?



 その夜、眠れずに外へ出た俺に、ミリアが声をかけてきた。


「どうしたの? 眠れない?」


「……色々考えちまってな。ミリア、お前は魔族のこと、どう思ってる?」


 ミリアは少し黙ってから、ぽつりと答えた。


「私は魔族……そして、魔王の娘よ」


 心臓が跳ねるような衝撃だった。


 でも、すぐに腑に落ちた。そう――彼女の強さと、人間社会で隠れて生きてきた理由。


「そうか……」


「怖くない?」


「怖くねぇよ。だって、今のお前はミリアだからな」


 俺の言葉に、ミリアは小さく笑った。


「……ありがとう、義夫」


 この夜、俺は少しだけ、世界の見え方が変わった気がした。


====


 翌朝、俺たちは村の広場に集まっていた。朝日を浴びて静かに目覚める魔族の村。昨日までと、もうまったく違う世界に感じられた。


「……昨日の話、みんなはどう思った?」


 俺が尋ねると、まずカリナが口を開いた。


「信じられない。でも、嘘でもないと思う。あの老婆の目は、偽りを語るものじゃなかった」


 ランスは腕を組んでうなった。


「人間が正義で魔族が悪って図式……どうやら違ったらしいな」


「……ねぇ、義夫。あんたは、どう思ってるの?」


 ミリアが静かに俺を見る。


「俺は……どっちが正しいかなんて、わかんねぇよ。でも、あの村の連中を悪って言われたら、たぶん、もう納得できない」


 俺の言葉に、誰も否定しなかった。


 そのとき――


 「来客のようじゃ」


 老婆の声が響いた。村の見張り台から、煙が上がっているという。


 俺たちは急いで村の入り口へ向かう。そこに現れたのは――


「王国騎士団……!」


 カリナの顔が引き締まる。十数名の兵が、森を抜けてこちらへ向かってきていた。


 その中には、かつてカリナが仕えていた聖騎士団の姿もあった。


「なぜここが……?」


「恐らく、俺たちの足取りが追われていた。魔族の村に接触したことが、ばれた」


 ランスが歯噛みする。


 騎士たちは剣を構え、こちらに叫んだ。


「魔族と通じた裏切り者ども! 抵抗するならば討つ!」


「待て! この村は戦う気なんて――」


 俺が叫んでも、騎士たちは聞く耳を持たない。


 ――その瞬間。


 背後の村の門が開き、魔族の戦士たちが現れた。


 彼らもまた、剣を持っていた。


「……どうするんだ、義夫」


 カリナが俺を見る。俺は拳を握る。


「戦わせない。俺が止める」


 俺は前に出て、両手を広げた。


「やめろ! ここで戦ったら、また同じことの繰り返しだ!」


 叫ぶ俺に、どちらの陣営も一瞬だけ、動きを止めた。


「魔族が悪だって誰が決めた! 何を見てそう言ってる! ここの奴らはただ、平和に暮らしたいだけだ!」


 俺の声が、森に響いた。


 沈黙の中、ひとりの騎士が言った。


「だが、命令だ。我々は、敵と接触した者を処罰しなければならない」


「じゃあ、俺を処罰しろよ!」


 その言葉に、全員が驚いたように俺を見た。


「俺がこいつらと話した。俺が村に入った。なら、俺を罰しろ。仲間も村も関係ない」


「お前……!」


 カリナが呆れたように叫ぶ。


「やってみなきゃわかんねぇだろ? 話すことも、信じることも。最初から諦めるのは、もうやめたいんだよ」


 静寂が流れる。


 やがて、騎士団の中からひとりの男が馬を下り、こちらへ歩いてきた。


「佐藤義夫……だったか。お前の覚悟は見届けた」


 男は短くそう言うと、背を向けて去っていった。


 他の騎士たちも、動揺を抱えつつも撤退していった。



 村に戻った俺たちに、老婆は言った。


「お前さんの言葉は、確かに届いた。だが、全てが変わったわけではない」


「わかってる。だから、もっとやらなきゃって思った」


「……境界の者よ」


 老婆はそう呼んだ。


「お前は人と魔の境に立つ者。ゆえに、どちらにも希望を示せる者じゃ」


 境界の者。


 それが、俺の立ち位置。


 やってみなきゃわからない。


 でも、やってみた先に、きっと答えがある――


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