元勇者と遭遇
街の掲示板には、いつもより多くの人だかりができていた。
「おい、見ろよ! 今度来るっていう真の勇者様、マジで桁違いらしいぜ」
「王国からの正式発表だろ? 今回は本物ってわけだ」
そんなざわつきの中、俺たち「ノー・ネーム」は次の依頼を探していた。
「なんだかな……俺って、召喚された時点で、勇者だったはずなんだけどな」
苦笑する俺に、ランスが肩をすくめる。
「世の中、肩書きより結果だ。お前は使えないと判断された。それだけだろ」
「それを否定できねぇのが、またつらいよな……」
と、そのとき。
街道の向こうから、騎士団を従えた一団がゆっくりと進んできた。
中央にいるのは、金髪碧眼の青年。端整な顔立ちと、見栄えのいい白銀の鎧。いかにも、絵に描いたような勇者様だった。
「あれが……今回の本物の勇者か」
ミリアが吐き捨てるように言う。
「知ってるのか?」
「いや……ただ、嫌な感じがするだけよ」
人混みを割って進む勇者一行。その中心の青年と、俺の視線が一瞬、交差した。
目が合った瞬間、彼の眉が僅かに動いた。
「……なんだ、この胸騒ぎは」
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その晩、珍しくカリナが静かだった。
「カリナ?」
声をかけると、彼女は小さく息を吐いて言った。
「あの勇者の名は、ベルン=ゲイル。王国直属の第一召喚隊に選ばれた、正真正銘の勇者よ」
彼女の口調は、どこか棘を含んでいた。
「カリナ、知り合いか?」
「昔ね。あいつの護衛任務についたことがある」
「じゃあ、どんな奴なんだ? 見た感じ、ちゃんとしてたけど」
「外見だけね。中身は――」
そこまで言って、彼女は黙った。
その沈黙が何より多くを語っていた。
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翌日。
市場の裏道を歩いていた俺たちは、突然、数人の兵に取り囲まれた。
「おい、そこの連中。貴様ら、魔族と接触したという噂があるな?」
隊長格らしい男が、睨みつけてくる。
「なんのことだ?」
ランスが応じると、兵士の一人が笑った。
「貴様らのような、落ちこぼれ冒険者には、国の秩序は守れん。異端者として連行する!」
その言葉に、ミリアの眉が跳ね上がる。
「ふざけないで……!」
「やめろ!」
カリナが声を荒げる。その手には、すでに剣が握られていた。
睨み合いが始まる――その時だった。
「やめたまえ、騎士たち。彼らは、私の知る者だ」
人混みを割って現れたのは、ベルン=ゲイルだった。
完璧な笑顔を浮かべながら、俺たちに近づいてくる。
「君が……義夫だな? 召喚ミスの。はは、よく生きていたものだ」
彼の言葉は柔らかい。しかし、確実に見下しと嘲笑を含んでいた。
俺はその態度に、自然と眉をひそめた。
「まあまあ、せっかくだ。少し腕試しでもしないか?」
彼の提案に、俺は静かに頷いた。
「上等だ。俺は本物じゃないかもしれないけど、やってみなきゃわからないだろ?」
こうして、予想外の形で、義夫と元勇者ベルンの因縁が始まる――
町外れの訓練場に集まった人々は、まるで祭りのように盛り上がっていた。
「勇者ベルン様と、名もなき冒険者の模擬戦だとよ!」
「どうせ瞬殺だろ。あんなの、見た目からして違うしな」
俺は、擦り切れた革の鎧と、使い古した剣――「無銘の剣」のくすんだ形態を握って、相手の前に立つ。
一方、ベルンは光り輝く剣と王国製の最新防具。なんというか、完全に「舞台が整ってます」という様子だった。
「さて……私のことはもちろん知っているだろう?」
「いや? 初対面だけど?」
俺が真顔で返すと、ベルンの口角が僅かに引きつった。
「……ふむ。まあいい。名も知らぬ者が、私と剣を交える栄誉を受けるのだから、せめて全力で来たまえ」
「了解。俺、いつも全力だから安心して」
ギャラリーのざわめきを背に、試合開始の鐘が鳴った。
先に動いたのはベルンだった。剣閃が風を裂き、まっすぐ俺を貫こうとする。
(はや……! でも、重いな)
俺は剣を交差して受け流す。細身の俺の剣が、火花を散らしながらベルンの一撃を逸らした。
すぐに足を引き、間合いを取る。
「ほう、反応は悪くないな」
「だろ? よく言われるんだよ、見た目の割にやるなって」
次の瞬間、俺は一気に距離を詰めた。真正面から斬り込む。
ベルンは動じずに迎え撃つ――が、俺の剣は、彼の剣をかすめた瞬間、手元で変化した。
「っ……武器が……変形しただと!?」
「無銘の剣」は義夫の意思に応じて形状を変える武器。その性質を知る者はまだ少ない。
不意を突かれたベルンの肩に一撃が入る。
歓声と驚愕が入り混じる中、彼の表情が曇る。
「きみ……まさか、ただの失敗作ではないな?」
「俺自身も、何者かよくわかんねぇ。でも、わからないなら――やってみるしかねぇだろ?」
その言葉に、ベルンの顔が歪む。勝ち気な笑みは消え、嫉妬とも怒りともつかない感情が露わになっていた。
「ならば教えてやる。本物というものが、どういう存在かを!」
剣に光が宿る。彼の必殺技が来る。だが――
「ミリア、今!」
「わかってる!」
観客の一部に紛れていたミリアが、こっそり結界を張った。
ベルンの魔力爆発が拡がる寸前、俺は足元の地面を蹴り、真正面から突撃した。
爆風の中を突っ切って、渾身の一撃を叩き込む――
ベルンの剣が弾かれ、観客がどよめく。
……結果、勝負は「引き分け」という形で終わった。
その後、町では「無名の冒険者が勇者と互角に渡り合った」という噂が流れ始めた。
「おい、あれ……『ノー・ネーム』ってやつらだよな?」
「なにものなんだ、あの義夫ってやつ……」
俺は宿に戻り、いつも通りの食事を囲んでいた。
「お前、本当に引き分け狙いだったのか?」
ランスがニヤつきながら聞いてくる。
「狙い? いや、全力で勝ちにいった。結果があれだっただけ」
「嘘をつけ。あの最後の一撃、止めてただろ」
「……ちょっとだけな」
俺は肩をすくめた。
「だって、勝っても負けても、あいつのプライド粉砕するだけだろ?」
「……馬鹿だけど、妙に鋭いのよね、あんた」
ミリアが苦笑し、カリナも静かに頷いた。
「一泡吹かせたわね。あのベルンに」
俺は笑って返す。
「ま、やってみりゃ、案外なんとかなるって。そういうことだろ?」
こうして俺たち『ノー・ネーム』は、少しずつ――でも確実に、名を広げていくのだった。




