最初のクエスト、全滅寸前
ギルドの依頼掲示板に、俺たちは立っていた。
「……またスライム退治?」
「低ランクだからな。お前が足を引っ張らなきゃ、もう少し上の依頼も選べるんだが」
ランスが口を尖らせる。ミリアも本を読みながら、うんうんと頷く。
「効率重視なら、最低ランクを抱えるのは非合理。あなたはそれを覆せるかどうか、今日が試金石ね」
「プレッシャーやばいな」
「気にするな、義夫。初任務だ、無事に帰ってこれりゃ十分よ」
カリナの言葉に救われながら、俺たちは出発した。
目指すは、近郊のコボルトの巣。以前は封鎖されていたが、最近になって活動が再開したらしい。
「予定では、3~4体程度。手分けして殲滅する」
「俺、どこにいればいい?」
「後ろで待機。コボルトが突っ込んできたら、避けろ」
「ひでぇ扱い!」
「冗談よ。逃げ回って、注意を引いてくれるだけで充分。あなたの無駄に高い生命力は、今日の盾代わりだから」
まったく褒められてないんだけど? でも、役割があるのは嬉しい。
……だが、現実は甘くなかった。
「数が違う! 5体、いや、もっといる!」
通路の奥から、ぞろぞろとコボルトたちが現れた。しかも、武装がやたらと整っている。ギルドの情報とは明らかに食い違っていた。
「誰かが放置していたコボルトかもしれない。巣ごと肥え太ったってわけか」
「戦闘に集中! 義夫、こっちに来るな!」
カリナが盾で一体を吹き飛ばす。ランスは背後から飛び出してきた別の個体を仕留めた。
俺は、ただ逃げて、回って、注意を引いて――
「うわっ!」
足元が滑る。地面が崩れた――穴か!? 背中から落ちた俺は、勢いそのままに、奥の広間に転がり込んでいた。
……そして、そこには。
「……ボス、いるじゃねえか」
鉄の斧を持った大型コボルト――リーダー格の個体が、俺を見下ろしていた。
――終わったと思った。
でも、次の瞬間には俺は叫んでいた。
「うおおおおおっ!!」
とっさに石を投げた。コボルトの額に命中、ぐらついた隙にボロ剣を構え――
「やってみてダメなら、そのとき考えりゃいいじゃん!」
叫びながら、剣を振るった。
――結果なんて、考えてなかった。
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「義夫!? 生きてるかっ!」
カリナの声が聞こえたとき、俺はコボルトリーダーの腹に剣を突き立てて、上に乗っかっていた。
「……うん。なんか勝ったっぽい」
ボロ剣は折れていた。でも、俺は、立っていた。
「このバカ……よくやった」
カリナの笑顔が、すこし震えていた。
「……まさか、ほんとに一人でやったのか?」
広間に降りてきたランスが、リーダーコボルトの亡骸を見て呟く。
「奇襲だったし、頭に石投げて怯ませて、あとは勢いで……うん、マジで偶然」
正直、今も手が震えてる。けど、それでも俺は――生き残った。
「まったく、計画性ゼロだな。けど……生きてる。それが全てだ」
ランスが軽く笑い、肩をすくめた。彼にしては珍しく素直な肯定だった。
「義夫、怪我はないか?」
カリナが駆け寄る。盾を背に、息を荒げたまま。俺は首を横に振った。
「打ち身とすり傷だけ。運が良かった」
「……そうか。じゃあ、後で説教だな」
「ええっ」
「勝手に単独行動は論外。でも――よく、無事で戻ってきた」
その目は、叱るよりも、安心した仲間のそれだった。
広間の奥には、巣の中枢と思われるエリアがあり、コボルトたちの巣窟として長く使われていた形跡があった。
ミリアが淡々と調査を進める。
「これは……普通のコボルトじゃない。魔力汚染の影響を受けている。放置していたら、近隣の村にも被害が及んだかもしれないわ」
「つまり、俺のおかげで村が救われたってことか!」
「偶然ね」
いつもの塩対応。けど、その声は少しだけ柔らかかった。
「でもまあ、あんたのやってみなきゃ精神も、使い方次第では役に立つかもしれない」
ミリアはそう言って、俺のボロ剣――折れたそれを拾い上げた。
「……この剣、見たことがない金属構成。簡単には砕けないはずなのに、折れている。あなたの力、普通じゃないわね」
「え、マジで?」
「調べる価値はありそうね。しばらくは捨てないで」
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その夜、ギルドの酒場にて。
俺たちはクエストの報酬を受け取り、報告を終えたところだった。
「功績:コボルト巣の制圧。依頼よりも高評価、ランクアップ申請も可能とのことだ」
カリナの言葉に、ランスとミリアも驚く。
「……義夫、案外、使えるかもな」
「気まぐれの風みたいな存在だけど、今後に期待ってとこね」
そしてカリナが、改めて俺の肩に手を置いた。
「正式に、パーティーへ加入してくれ。『ノー・ネーム』の一員として」
その言葉に、俺は思わず笑った。
「じゃあ、まずは乾杯かな」
そして俺たちは、乾いたジョッキを掲げた。まだ旅の始まりに過ぎない。
でも、確かに今、俺の居場所がここにある。




