勇者、間違って召喚される
白い光が弾けたかと思った次の瞬間、俺――佐藤義夫は、石造りの巨大なホールに立っていた。立っていた、というよりは、放り出された、が正しい。
「……え、なにこれ」
目の前にいたのは、王冠をかぶったオッサンと、ツノのついた杖を持ったヒゲのジジイ。あと、鎧を着た兵士っぽい人たちがずらりと並んでる。
「この者が……勇者、だと?」
「いえ、魔術陣の反応では……召喚は成功していたはずなのですが……!」
「馬鹿者! 見ろ、こいつは靴が片方無いではないか!」
――え、そこ? 俺も慌てて自分の足元を見る。……あ、本当に片方しかない。どうやら玄関で靴を脱ぎかけていたタイミングで召喚されたらしい。
「ステータス確認……ッ、これは……! スキル無し、魔力適性無し、筋力E以下……!」
「なんと無様な……これは召喚ミスだ。使えん。下がらせよ」
あれよあれよという間に、「勇者召喚」は終了した。俺のことは、ミスだったらしく、王様の命令で兵士たちが俺を城の裏門から放り出す。
「はいはい、次の処理があるんでー。ここで自由にやってくださいねー」
「自由にって、俺これからどうすんの!? お金もないし、言葉も通じないし……って、あ、言葉通じてるわ。地味にすご」
そう、言葉は普通に通じていた。召喚時のオマケらしい。便利だけど、そこじゃない感がすごい。
俺はとりあえず、近くの道を歩き始めた。誰か助けてくれそうな人を探す……が、現実はそう甘くない。
「腹減った……」
あてもなく歩いた末に、野良犬に食べ物を奪われ、スライムっぽい魔物に追いかけられ、どうにか町らしきところにたどり着いたころには、全身ボロボロだった。
「うわっ、なんか汚いの来たぞ!」
「異邦人だ……関わらない方がいい」
冷たい目線と遠巻きの視線。異世界はファンタジーだけど、現実も割とキツい。ああ、俺、異世界来たのに……全然ワクワクしてねぇ。
けど。
「……ま、いっか」
俺はポケットの中の唯一の所持品――コンビニで買ったアメ玉を取り出して口に放り込む。
「やってみてダメなら、そんとき考えりゃいいじゃん」
空腹も、恐怖も、不安も。全部いったん横に置く。それが俺、佐藤義夫の生き方だ。そう決めた。
そうして町を出て、俺は一人、再び歩き出す。
見知らぬ草原を、ボロボロの靴で、一歩ずつ。
――だがその夜。
焚き火をしていた俺の前に、突然、奇妙な鳴き声と、地を這うようなうなりが聞こえてきた。
「……うわ、まじか」
現れたのは、犬より一回りでかい魔物――灰色の毛並みと鋭い牙を持つフェングレイ。教本で見た。いや、教本とか無いけど、なんか知ってた。
武器なんて持ってない。いや、さっき拾ったボロい剣があるにはある。でもこれ、刃こぼれどころか柄がグラグラしてるんだけど?
……だが、俺は逃げなかった。
「やるしかねぇ。だって、ここで死んだら……俺、何のために来たんだかわかんねぇもんな」
咄嗟に拾った剣を両手で構える。
魔物が跳んだ。
「うおおおおおおおおッッ!!」
気合だけで振り回した剣が、どういうわけか魔物の前脚をかすめて、バランスを崩させた。
その瞬間。
「下がれッ!」
凛とした女性の声とともに、俺の前に立ちはだかる影があった。巨大な盾と、金色の髪。見下ろすその目は、俺を見て、驚いたようにわずかに揺れた。
「……なんで、素手同然で戦ってるのよ、あんた」
俺の前に立ちはだかったのは、金色の長髪と重厚な鎧に身を包んだ女性だった。彼女は巨大な盾を構え、俺を背後に庇うように立っていた。
「ぐずぐずしてないで、下がってなさい。こっちは慣れてる」
「えっ、あ、うん、はい!」
魔物――フェングレイは、もう一度唸り声を上げて飛びかかってきた。だが、彼女はそれを完璧に防ぎきる。
まさに鉄壁。
「……ふん、鈍い動きね。見極めれば脅威じゃない」
そう言って、盾を大きく払う。バランスを崩した魔物の隙を、すかさず誰かが突いた。
「カリナ、下がって!」
どこからか飛んできたのは、闇のような煙をまとった槍のような魔法。命中と同時に、フェングレイはバチンという音を立てて爆ぜるように消滅した。
「……魔法支援、完了」
その声の主は、黒髪の少女。冷たい表情で、俺の方に目もくれず、ただ淡々と歩み寄ってくる。
「この程度に苦戦するなんて……貴女らしくないわね、カリナ」
「仕方ないでしょ。こっちは新人の世話もしてたのよ」
「新人って、誰のこと……」
「お前だよ」
最後に現れたのは、軽装の男。肩にマントをかけ、腰に短剣を二本差している。どこか軽薄そうな雰囲気だが、その目は鋭く、よく観察しているのがわかる。
「で? お前、何者?」
俺は少し躊躇ったが、状況が状況だ。変に取り繕っても仕方ない。
「佐藤義夫。……たぶん、間違って召喚された元勇者」
「……元?」
「うん。召喚されたけど、スキルも魔力も何もなくて。王様に放り出された」
「それ、めちゃくちゃ笑えるな。っていうか、珍しいな。そんな奴、初めて見たぞ」
男が笑い、金髪のカリナと呼ばれた女性がため息をつく。
「まったく……あんた、よく生きてたわね」
「まあ、なんとか……」
「見どころはあるかもしれない。少なくとも、逃げずに魔物と対峙した」
黒髪の少女がぽつりと言う。
「……名前は?」
「ミリア。あんたのことはまだ信用してないけど、見極めさせてもらうわ」
「ランスだ。貴族の名前はあるけど、今はただの盗賊。そっちの筋は名乗る価値ないから省略な」
――そして、最後にカリナが口を開く。
「私はカリナ。元・王国騎士団副団長。今は、訳あってここにいる」
訳あり。三人とも、どこか影がある。けれど、妙にバランスが取れている。
「で、どうする? お前、当てあるのか?」
「いや、何にも」
「なら――試しに一緒に行動してみる?」
その提案に、一瞬戸惑った。でも、俺の答えは決まっていた。
「やってみて、ダメならそのとき考える。いいよ、行く」
そして俺は、訳あり冒険者たちと旅を始めた。
これは、間違って召喚された俺が、世界の常識をぶち壊すまでの、最初の一歩だ。