6 披露宴
教会からシエルバ伯爵邸の夫婦の部屋に到着したエクウスとリリアージュは、軽くお色直しをした後、招待客を迎えることになっていた。
コンコンコン
「お疲れの所、失礼いたします」
筆頭執事のようだった。
「なんだ何か不具合でも?」
エクウスは筆頭執事を部屋に招き入れた。
「いえ、先程の教会の結婚式を見に来ていた領民たちからの差し入れが、想定外の量でして···。わたくし共の乗っていた馬車には乗りきれず、一旦帰って来ましたが、どうしたものかとご相談に伺いました」
「···差し入れか?」
「はい。主に新鮮な野菜や花なので、今日中には運びいれた方がよろしいかと存じます」
エクウスはしばらく考えた後
「そうだな。直ぐに使用人を向かわせ領民たちから荷馬車を借り、運搬に必要な人数を臨時で雇い、彼等に金を払ってやってくれ。もちろん荷馬車の代金もだ」
リリアージュは領民たちの心遣いに感激し、寛大なエクウスを尊敬した。
「エクウス様、わたくしとても幸せです。執事長、わたくしに代わって領民の皆さんに感謝を伝えて下さい」
「奥様、承知いたしました」
「そうだな。領民たちには何かお返しを考えよう」
エクウスとリリアージュはお互いに微笑みあっていた。
結婚披露宴はシエルバ伯爵邸の離れにあるダンスホールや夜会などが行われる場所だった。
ホールの入り口で新郎新婦が招待客を招き入れると、招待客たちは席に座り飲食や歓談を楽しんでいた。
楽団の演奏がゆったりとしたテンポから、新郎新婦の入場に合わせて華やかな音楽に変わった。
エクウスはタキシードの上着をゆったりとした物に着替え、リリアージュはヘッドドレスを取り、ウエディングドレスの上から薄いピンクのオーバースカートを着けていた。
オーバースカートはオーガンジーに色とりどりの花の刺繍が施されている。リリアージュも手伝ったが、主に母が刺してくれた刺繍だった。
髪にはオーバースカートとお揃いのリボンを結んでいる。
シンプルなウエディングドレスがとても華やかになっていた。
エクウスは披露宴用にと新しいドレスを仕立てるつもりでいたが、純白のウエディングドレスの仕上がりが気に入っていたリリアージュは、オーバースカートでのアレンジを希望していた。
刺繍が得意な母の力を借りて、思い描いていた通りの装いとなった。メディウム夫人は娘と共に刺繍が刺せたことがとても嬉しかったようだった。
オーバースカートは招待客から絶賛された。
「あのオーバースカートはどちらのブティックなのかしら?」
「素晴らしい刺繍だわ」
「なんて華やかなのかしら」
招待客の女性たちは口々にささやいていた。
女性たちの称賛を聞いたリリアージュは、
「こちらの刺繍はメディウム男爵家の母が刺してくれたものです」
と少し控えめに呟いた。
「まあ、素敵なお母様ですね。後ほどご挨拶させていただきますね」
「はい。よろしくお願いします」
母を褒めてもらったリリアージュは満面の笑みを浮かべていた。
「君の思った通りにしてよかったね。リリアージュ綺麗だよ」
「ありがとうございます」
エクウスの褒め言葉にリリアージュは真っ赤な顔でうなずきながら言った。
回りにいた者たちは微笑ましい夫婦を見て、暖かい気持ちになっていた。
招待客に一通り挨拶を終えると絶妙なタイミングで楽団はワルツを奏で始めた。
新郎新婦がホールの中央に躍り出る。
エクウスはリリアージュの前で跪いた。
「ファーストダンスのお相手をお願いします」
エクウスがリリアージュの手を取ると、回りから歓声と拍手が聞こえた。
リリアージュは、
「喜んでお受けします」
と満面の笑みで答えた。
リリアージュは16才のデビュタントに向けてワルツの練習をし、当日1曲だけ父と踊ったが、あまり良い思い出ではなく、それっきり誰とも踊る事はなかった。
伯爵家に滞在した翌日からダンスの先生に指導してもらい、結婚式のために猛特訓をしていた。
エクウスのダンスのリードはとても上手かった。
リリアージュは緊張して曲の最初で躓き転びそうになったが、エクウスが上手に支え優しくリードしてくれたお陰で転ばずに済んだ。
曲の中盤からは緊張も和らぎ、ダンスを楽しむ余裕が出てきた。
リリアージュはダンスが楽しいと思ったのは初めてだった。努力の甲斐があって嬉しかった。
1曲目が終わり2曲目は前曲より軽快な流行りのワルツだった。
この国のマナーとして公の場で2曲続けて踊るのは、夫婦か婚約者に限られている。
エクウスは当然のように2曲目のワルツも手を差し伸べてリリアージュを誘っていた。
リリアージュは照れながら真っ直ぐにエクウスの目を見つめ、会釈して手を取った。
2曲目は最初からダンスを楽しむことができた。
気持ちに余裕ができたリリアージュは、夫の容姿に見惚れ、急に照れてしまい、今度は心に余裕がなくなってきた。意識するとだんだんと真っ赤な顔になっていくリリアージュにエクウスは、
「大丈夫?」
と心配そうに彼女の瞳を覗き込んだ。
リリアージュは「はい」と小さな声で答えていた。
「ダンスがこんなに楽しいと思ったのは初めてです」
リリアージュは照れ隠しに呟いた。
「私も同じだよ」
エクウスはリリアージュの欲しかった言葉をくれた。
エクウスの本心だったのかも知れないが、たとえ嘘であれ、ただのお世辞であったとしても、リリアージュが望んだ言葉をくれた彼を、心の底からの信じることにした。