5 結婚式
ウエディングドレス姿のリリアージュはとても美しかった。
目を引くような華やかな美人ではなかったが、名前の由来通り白百合の花のように気品があり、清楚で凛とした佇まいだった。
領民の中には女神様だと言って跪きお祈りする者までいた。
純白のウエディングドレスはエンパイヤラインで、ホルターネックの上部は手の込んだレースになっていて、小柄で華奢なリリアージュによく似合っていた。ヘッドドレスは腰までの長さで、所々にラインストーンが散りばめられてあり、ダイヤモンドをあしらったティアラと共に光を浴びてキラキラと輝いていた。
ネックレスとピアスはパールで纏められてあり、全体的にシンプルだが上品さが際立った。
ブーケは白百合と白い小花で作られていた。
エクウスは、伯爵夫人としての気品が漂う堂々とした振る舞いに、とても男爵家出身の十代娘とは思えないリリアージュに満足をしていた。
夜会などで外見だけを取り繕い、男にすり寄る女性を見てきたエクウスは、格下の家の娘でも本人の自覚や教育によって、聡明な女性がいるものだと改めて認識した。
リリアージュは伯爵夫人として申し分はなかった。
努力家のリリアージュはこのまま社交界に出たとしても、他の高位貴族の夫人たちにも引けを取らないだろう。
新郎新婦は結婚式のためにエクウスが王都から呼び寄せた大司祭の前で宣誓をし、結婚宣誓書にサインをした後、触れるだけの誓いの口づけをした。
リリアージュの唇は少し震えていた。
誓いのキスが終わると真っ赤になってうつ向いてしまったリリアージュはとても愛らしかった。
数分前の堂々とした立ち振舞いの女性とは同一人物とは思えない十代の女性らしい顔を見せた。
「大丈夫?」
エクウスがリリアージュにだけ聞こえる声でささやくと、小さく頷いた彼女は少し目を潤ませていた。
エクウスはリリアージュを愛おしいと感じ、夫婦としてともに生涯を終えることを心の底から神に誓った。リリアージュを生涯、大事にすると心に刻んだ。
リリアージュはエクウスの気遣いが嬉しかった。男性との口づけなど生まれて初めてのことだったので、エクウスを拒絶しているわけでもないのに、体が自然に震えてしまった。
気を悪くされたのではないかと、羞恥と後悔で思わず下を向いてしまった私に、エクウス様は優しい声をかけてくださった。
エクウス様の妻として誠心誠意尽くしていこうと、リリアージュは心に誓った。
幸せそうなエクウスとやの姿を見て、メディウム男爵家の家族たちは胸を撫で下ろし、二人の幸せを心から願っていた。
結婚式を執り行っている教会は、シエルバ伯爵領内にある教会の中でも最も伯爵家と縁があり、華やかなではないが厳かな雰囲気の教会だった。
東側は森で、西側は墓地になっていて伯爵家代々のお墓も並んでいる。
建物の歴史も古く老朽化が進んではいるものの、定期的に丁寧に修繕され大切にされている。
教会の責任者である司祭もシエルバ伯爵領出身で、王都の大司祭の優秀な弟子の1人である。
教会の回りの沿道には新郎新婦をひと目見ようと、たくさんの領民たちが押し寄せていた。伯爵家の使用人たちは、予期せぬ事態に混乱しながらも領民たちの整理にあたっていた。
結婚式を無事に終え、新郎新婦よりも先に教会の外に出た招待客たちは、あまりの人の多さに驚いていた。
「お父様、お姉様はお幸せですね」
リリアージュの弟のルーカスは興奮気味に両親に向かって囁いた。
「本当によかった。リリアージュも幸せそうだったな」
メディウム男爵は目を細めて娘の晴れ姿に思いを募らせた。
男爵夫人は感動のあまり目を潤ませ、二人の言葉にただ頷くばかりだった。
新郎新婦が教会の外に出てくると、領民たちから割れんばかりの歓声があがった。
「伯爵様、美しい奥様とお幸せに!」
「とても綺麗な奥様ね」
「ああ、女神様だ」
領民たちは思っていることを口に出していた。
本当なら不敬罪にあたっても仕方がないが、領民たちの心の底からの歓迎は、エクウスを不快にさせることはなかった。
前回までの結婚式は格式にこだわり、大勢の貴族たちを招待し、王都で盛大な結婚式と披露宴を行ったが、リリアージュが伯爵領にこだわり、シエルバ伯爵家と縁の深い教会で結婚式を挙げられたことにエクウスは感慨深い気持ちになった。
執務に追われ領民たちとの交流も殆どなかったエクウスは、領地の支えである彼等との接し方を見直す良い機会になったと思った。
エクウスは領民たちに向かって、自然と大きく手を振っていた。
「祝福をありがとう」
と声を発したことで、またもや領民たちから大歓声を受けた。
リリアージュは領民たちの大歓声に胸が熱くなり、一筋の涙とともに彼等に向かって手を振っていた。彼等が歓迎してくれた事はこの先、忘れることはないだろう。
伯爵夫人として領民たちのために出来ることを精一杯やることで、今日の歓迎のお返しをしようと心に誓った。
エクウスとリリアージュは馬車に乗り窓のカーテンを開け、沿道の領民たちに手を振っていた。
御者は気を利かし、領民たちがいる間は歩くような速度でゆっくりと馬車を動かしていた。
領民たちは今日のシエルバ伯爵の結婚式のことを喝采し、数年経っても彼等の間で話題が尽きることはなかった。