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番外編 グラス伯爵家の三男モリス②

「ディーノ・グラス伯爵令息様なのか?」

 見覚えのある貴族令息が声をかけてきた。

 彼はカミラと同じ学園の同級生だった公爵令息だった。

「いかにも。しかし今はしがない平民でございます。今回は特別に許可をいただき弟モリスの従者として付き添っております」


 公爵令息はディーノに訝しげな顔を向けていた。

「そうだったな。結婚して妻の婿養子になったと聞いたが、相手は学園で一緒だったカミラ嬢か?」

「はい。私の最愛の妻はカミラです」

「·····最愛ねえ。少しばかり見栄えの良い可愛げのない女だったな」

「貴方様のような高貴なお方にはそう見えていたのでしょう」


「貴族から平民に身を落としてまで彼女を娶る価値があるのかね?」

 公爵令息は高飛車な態度でディーノとカミラを批判していた。

「価値があるかどうかは分かりませんが、グラス伯爵始め家族も皆、歓迎しております。何より私がカミラと結婚できて幸せですから、どうぞご心配には及びません」


「····っ。失礼した」

 公爵令息は苦虫を噛み潰したような顔で踵を返すと、その場から足早に立ち去った。

 ディーノは公爵令息がカミラに密かに想いを寄せていることを知っていた。

「幼稚な男だ」

 ディーノは学園でカミラを散々虐めていた男子生徒たちの親玉である公爵令息に向かって声を殺して呟いた。


 多少時間はかかるが平民の女性を娶ろうと思えば、家門の貴族などに養子縁組を頼めば難なく解決出来る話だ。公爵令息の立場なら易いことだ。

 そうしなかったのはカミラよりもはるかに学力の劣る己の面子のためなのだろう。


 ディーノが平民の身分に拘ったのは、カミラを社交界など公の場で、他の男たちの目に触れるのを躊躇ったからだった。

 カミラが美しく着飾り才女であるとわかれば、要らぬ横やりが入るかもしれない。カミラがディーノ以外の他の男性に恋心を抱くかも知れない。


 ディーノは自分だけがカミラの美しさや心根の優しさ、才能を知っていれば良いと思っている。ディーノにとってカミラより魅力的な女性はいない。

 グラス伯爵夫人はカミラに対するディーノの重い執着心を理解して、自分に強く言えない夫の伯爵を上手く説得してくれていた。


 誕生祭の夜会も終わりジェスリア皇女は三日間王宮に滞在した後、モリスとともにグラス伯爵領を訪れることになっている。


 王都のグラス伯爵家のタウンハウスで、モリスはディーノの部屋を訪ね話をしていた。

「ディーノ兄さんがカミラ義姉様と結婚した理由がわかったかも知れない。ディーノ兄さんってカミラ義姉様と結婚するまでは、自分以外の他人のことをチェスの駒ぐらいにしか思ってなかったでしょ?」


 ディーノはモリスの言うことをただ黙って聞いていた。

「ディーノ兄さんはジェスリア皇女様のことが好きだったの?」

「好ましくは思ってるが友愛かな。確かに才女ではあるが、女性として見ていないよ」

「カミラ義姉様に会う前は兄さんの花嫁候補の一人だったよね?」


「まあ、そうかな?この国にはアミリア義姉様以上の貴族女性はいないからね。言っとくけどイーサン兄上と張り合ってはいないよ。もちろん義姉様に恋心など抱いていない」

「ちょっと安心したかな。僕はジェスリア皇女様がとても気になるんだ」

「ふふ、モリスは幼い頃から縫いぐるみが好きだったからな。ははっ」


「なっ、だからジェスリア皇女様を紹介してくれたの?やっぱり僕もチェスの駒なんだね」

「駒だなんて思っていない。それよりもジェスリア皇女様に気に入って貰えるように努力しないといけない。彼女は人気者だからね」

「そ、そうだね。僕の気持ちだけではジェスリア皇女様は振り向いてくれないよね」


「モリス、僕は応援してるよ」

「ありがとう、ディーノ兄さん」

 モリスはディーノに励まされ領地の経営を今以上に頑張ること、ジェスリア皇女様に認めて貰えるように努力することを決意していた。


 グラス伯爵領に向かうため王宮前でジェスリア皇女様を待っていると、生誕祭の時の髪型とは違って髪を下ろしていた。彼女の髪質はふわふわとしていて装いも街娘のような軽装でモリスの前に現れた。

 モリスはジェスリア皇女様のふわふわした髪と丸い目を見て仔犬の縫いぐるを想像した。

 やっぱり彼女しかいない。

 ジェスリア皇女様に男として意識して欲しい。

 モリスは無意識に両手に力が入るのを感じていた。


 ディーノは知っていた。ジェスリア皇女様はモリスのような穏やかな性格の男性を結婚相手に望んでいるいうことを。

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