番外編 グラス伯爵家の三男モリス①
グラス伯爵家の三男のモリスは、ディーノから引き継いだ領地の執務室でひとり呟きながら頭を抱えていた。
「あのディーノ兄さんが結婚するなんて信じられない。カミラ義姉様は平民だが両親も認める美貌の才媛。長兄イーサンの妻アミリア義姉様は王太子妃の親友でお子さまの教育係。グラス家の花嫁の基準が高すぎるんだけど···これじゃ僕に花嫁候補の令嬢など···無理だよ」
モリスは朝から執務が捗らず何度も大きなため息をつき、愚痴を言い切った後机の上に突っ伏していた。
「ディーノ様からお手紙が届いています」
声をかけるタイミングを逃し主をしばらく見ていた執事は、今日届いた手紙の束をモリスに渡した。
「···ありがとう」
モリスはノックする音にも気がつかず誰もいないと油断して漏らした愚痴を、しっかり執事に聞かれていたことが恥ずかしくて、顔を上げられず手だけを伸ばして手紙の束を受け取った。
手紙の束の一番上にディーノからの手紙があった。
ディーノは数年前に友好国のルチュール皇国の第三皇女のジェスリア皇女様と会話をしたことがあり、穀倉地帯の多いグラス伯爵家に関心があると言われていたようだ。
ジェスリア皇女は農学博士として皇国から褒賞を受けるほどの才女である。
ちょうど二ヶ月後にこの国の国王の生誕祭があるので、来訪予定であればグラス伯爵領にお誘いしてみればという内容の手紙だった。
「それって、ディーノ兄さんに気があるってことじゃないの?弟にモテ自慢なんかいらないのに···」
モリスは手紙を読み終え呟いた。
両手で慌てて口を押さえると、目の前にいた執事と目があった。また、やってしまった。
執事は笑みを浮かべたまま丁寧に頭を下げ退室していった。
「まぁ···いいか。効率化の良い農業技術や品種改良などについても聞きたいし」
と声を漏らしたモリスは、ディーノに言われた通り良い返事の期待はせずにジェスリア皇女宛に手紙を送ることにした。
二週間後ジェスリア皇女様から手紙の返事が届き、グラス伯爵領に来てくれることを快諾してくれていた。
夜会ではモリスと直接会って話がしてみたいと言ってくれている。
ジェスリア皇女様の予想外の手紙に戸惑っていた。
モリスはジェスリア皇女様をグラス伯爵邸に迎えるにあたって、彼女に快適な環境で過ごして貰えるように、邸を整えるために日々奮闘していた。
ディーノにジェスリア皇女様のことを手紙に書くと、彼は生誕祭にモリスの補佐役として付き添ってくれるようだ。
平民になったディーノはグラス伯爵に連絡をとり、彼がモリスの補佐役として生誕祭へ参加出来るように、国王様から特別に許可をいただいてくれたようだった。
モリスはディーノが補佐役として生誕祭に付き添ってくれることを心強く思った。
生誕祭の晩餐会当日、招待客から大勢に声をかけられ対応が忙しいにも関わらず、ジェスリア皇女様はディーノの居場所を探し、わざわざ彼女の方から挨拶をしにきてくれた。
「ジェスリア皇女様、お久しぶりでございます。元グラス伯爵家のディーノでございます。隣がグラス伯爵領で領主代理をしております弟のモリスです」
「お初にお目にかかります。グラス伯爵家三男のモリスです。皇女殿下におかれましては、我がグラス伯爵領に足を運んで下さることを光栄に存じます」
「私はルチュール皇国第皇女のジェスリアです。ディーノ様、お久しぶりですね。この度はご結婚おめでとうございます。モリス・グラス様、私のことはジェスリアとお呼び下さいね」
目の前のジェスリア皇女は小柄で健康的な肌色に、ダークブラウンの髪と丸くてどんぐりのような茶色の瞳の女性だった。
モリスは胸に心地よい痛みが走った。
「ありがとうございます。ジェスリア皇女様、よろしければ今夜の舞踏会で、ダンスのお相手をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
初対面のジェスリア皇女に、モリスは自分でも驚くような言葉を口にしていた。
「まあ、モリス様。私でよければ喜んでお誘いをお受けいたしますわ」
「こ··光栄でございます」
真っ赤な顔のモリスを見てディーノはほくそ笑んでいた。
この後ジェスリア皇女と少し世間話をし、他の招待客と挨拶を交わしていた。




