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45 シエルバ伯爵邸へ

 リリアージュとの婚約が整った翌日、ニアンはヴォルガの代理で特別なお茶を受け取りに、隣国へ行くことになった。

 ヴォルガは王都での商談があり、妻のキエナと一緒にメディウム男爵領を後にした。


 この国の薬といえば主に薬草が重用視されている。隣国の主な薬は植物や動物、鉱物などの生薬を組み合わせて作られた漢方薬という物で、漢方医が生薬の組み合わせを行うことによって効能も変えられるらしい。


 ニアンは以前からリリアージュの冷たい手と青白い顔が気になっていて、この機会に彼女のことを漢方薬の専門家に相談することにした。

 ニアンは漢方医に体の冷えに効くお茶をリリアージュのために処方してもらい、ヴォルガが注文していたお茶と一緒に購入し、隣国からの帰り道、彼女へ届けるためメディウム男爵家へ来ていた。


 ニアンはリリアージュに買い求めた漢方薬のお茶と、愛らしい箱に入ったお菓子をお土産に持ってきていた。

 リリアージュに漢方の薬湯の効能の説明をして試して貰うことにした。

 ヴォルガには漢方薬を受け取った事をアイビス商会を通して連絡をしていた。


 アイビス商会から早馬で連絡があり、明日ヴォルガとニアンはシエルバ伯爵領の街の宿屋で待ち合わせることになった。翌日のお昼にシエルバ伯爵の邸を訪問した後は二人でモルラトの実家に帰る予定になっている。


 ニアンは街宿に行く前に、前世でリリアージュが埋葬されていた教会の墓地をどうしても確かめておきたかった。

 何度もメディウム男爵夫人に付き添いリリアージュの墓参りに行っていたニアンは、難しい道程ではなかったはずの教会の位置を、必死に思い出していた。


 ニアンが教会の大体の位置を御者に告げると、ほとんど迷わずに教会に辿り着くことが出来た。

 後は、リリアージュの教会の墓地で墓石を探すだけ。

 ニアンは胸の高鳴りを抑えながら記憶している場所の前に立った。


 そこには墓石はなく、不自然な空き地になっていた。

「失礼いたします。シエルバ伯爵家のお身内でいらっしゃいますか?」

 しばらく立ち尽くしていたニアンに気づいた神父が声をかけてきた。


「いえ、そうではありませんが、以前に知り合いのお墓があったと記憶していたのですが、どうやら場所を間違えていたようです」

 ニアンは神父から突然声をかけられたので、咄嗟に嘘をついて誤魔化した。


「それは残念ですね。シエルバ伯爵領には小さな教会が多いので、迷われても仕方ありません。お名前を仰って頂ければこちらの方でお調べ出来ますが?」


「ありがとうございます。あいにく今日は仕事の途中なので、また時間のある時に伺います。ところで、こちらの空き地はどなたかが入られるのでしょうか?」

「そうですね。まだお若いのですが、シエルバ伯爵家のご当主であるエクウス様が、こちらの空き地にご自身の埋葬をご希望されておられます」


 神父の意外な言葉にニアンは息を呑んだ。


 ニアンは神父に丁寧にお礼を言って教会を後にし、父ヴォルガと待ち合わせているシエルバ伯爵領の街宿に向かった。


 ニアンはヴォルガとともにシエルバ伯爵家に訪問する予定になっているが、どうも気乗りがしないでいた。

 シエルバ伯爵邸は前世のリリアージュとの思い出の場所でもあったが、彼女と正式に結婚するまでは気が休まらない。

 ヴォルガに今回の訪問のことを、正式に自分の商会を立ち上げた時にシエルバ伯爵様にご紹介して下さいと、父との同行を辞退させて欲しいと言い訳をしていた。


 翌日になりヴォルガとニアンはシエルバ伯爵邸に向かって馬車を走らせた。

 ニアンの不安な気持ちを読み取ったヴォルガは彼を伴わず、シエルバ伯爵邸には自分だけが訪問することにした。

 ニアンは伯爵邸の正面ではなく裏口近くに馬車を停めることを伝えて、ヴォルガが帰って来るまで待つことにした。


 しばらくすると、主に使用人などが利用する裏口から数人の使用人たちが出てきた。

 彼らには殴られたような痕があり痛々しかった。その中には見知った顔がある。

 厨房にいたジャンだ。アビーの時に優しくしてくれた下女もいる。


 ニアンは居たたまれず彼らに声をかけた。

「君たち。何があったの?」

 使用人たちは顔を見合せうつむきながら呟いた。

「はい。·····たった今、シエルバ伯爵家から解雇されました」

「ここを首になれば、明日から家族を養っていけません。一体どうしたら····」

 ジャンと数人の使用人たちはその場に力なく踞り地面を見ていた。


「もしよかったら、メディウム男爵領に新築する僕の屋敷で働いていてみないか?家族にも近くに家を用意しよう、一緒に連れておいでよ」

 ジャンを始め使用人たちはニアンの言うことがにわかに信じがたく、口を噤んだまま彼の顔をじっと見ていた。


「急に信じられないよね。取りあえず、帰る家の無いものは僕の荷馬車に乗ってよ。家で荷造りが済んだ者から、メディウム男爵家の邸に来てくれるかな?男爵様には直ぐに連絡しておくよ。言っとくけど無理強いはしないよ。でも、ジャンとそこの女の子は必ず僕の所で働いて欲しい」


「ジャン····君にこんな知り合いがいたのか?」

 使用人の一人が小声でジャンに聞くと、彼は黙って首を横に振った。

 しかしジャンは目の前にいる若い男がとても信用できる人物だと直感した。


「わ、私は必ず家族と一緒にメディウム男爵家に赴き、貴方様の元で働かせて頂きます」

 ジャンは下女に目配せをすると、彼女も同じ考えだったようで、一緒にメディウム男爵家の邸に訪れることをその場でニアンに約束した。


「名乗るのが遅かったね。僕はアイビス商会ヴォルガの息子ニアンだ。メディウム男爵家のご令嬢は僕の婚約者だ」


 名前を名乗った若い男に使用人たちは瞠目し、行く宛もなかった彼らは全員ニアンについていくことにした。

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