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44 新婚生活

 男爵領の地図にヴォルガが指を示した場所を見つめ、メディウム男爵を始め夫人も弟のルーカスも唖然としていた。


 メディウム男爵の家族たちは、リリアージュが嫁ぎ移住するのは、アイビス商会の跡継ぎであるニアンの故郷で、モルラトにある本店も兼ねた実家に違いないと思っていた。家族の誰もがまさか男爵邸から馬車で10分程の距離に、娘夫婦が新居を構えるなどと思ってもいなかった。


「手付かずにいた男爵家の土地を買い上げてくれた上に、リリアージュが近くに住んでくれるなど、私たち家族にとって良いことばかりなのだが······ヴォルガ、本当に良いのか?」

 先々代の弟が残していった負の遺産である廃屋や周辺の土地を思い浮かべ、戸惑い気味のメディウム男爵はヴォルガに確認した。


「はい。ニアンの独り立ちを考えていましたので。それに彼は行商や商談で屋敷を留守にすることが多いと思います。リリアージュ様の御身の安全の為に、ご実家の近くであれば、ご結婚後も行き来が出来るのではないかと。ご存じの通り、私が息子夫婦の新居に示した場所には、改築が可能な御屋敷もありますので、新居の増改築や内装、家具などの準備のお手伝いをリリアージュ様にお願いし、居住が可能になれば結婚を待たずに移り住んで頂きたいのです」

 ヴォルガが目配せをするとキエナとニアンとともにメディウム男爵に深く礼を取った。


「新居の改築や家具などもリリアージュの好きにしてよいと····」

「はい。勿論です。お金はいくらでもご用意いたします。私は家の細かい事が苦手なので、リリアージュ様に手伝って頂けることを願っています」

 困惑気味のメディウム男爵にニアンは改めて礼をした。


「それと···出来ましたらリリアージュ様の侍女や使用人などを、メディウム男爵家から何人か一緒に新居にお迎えしたいのですが、どうでしょうか?」

「それも···お許し頂けるのですか?」

「はい。リリアージュ様には憂いなく新居で過ごして頂きたいのです」


 この国の貴族の常識だと嫁入りに実家から付き添えるのは、侍女の一人か二人しか認めて貰えない。男性の使用人はもっての他で、婚家での情報漏洩や醜聞などが広まらないようにするための対策でもあり、他家で働いていた使用人たちに対する偏見や間者の疑いを持つ貴族の家が多い。

 メディウム男爵はリリアージュに対するニアンとヴォルガ夫妻の想いに深く感謝をしていた。


「ニアン、ありがとう。リリアージュ、君は本当に良い人を夫に選んだんだね」


 リリアージュの婚約が整ったこの日のメディウム男爵家の家族や使用人たちは、大いに盛り上がり、各々がリリアージュに祝福の言葉をかけていた。リリアージュの新居に付いていく使用人たちに限りない争奪戦が起こるのは、後日の話だ。


 リリアージュ夫婦の新居への付き添いには侍女のエミリと母親のソフィア、庭師の夫と子どもが住み込んで仕えてくれることになった。


 侍女のエミリはメディウム男爵領の街で怪我をして困っていたところを、偶然通りかかった男爵夫人に助けられたのがきっかけで、母親のソフィアとともに男爵邸で働くことになった。


 当時、夫を亡くしたばかりのソフィアは幼い娘のエミリを連れて遠縁を頼り、住み込みの仕事を探しにいく途中で、メディウム男爵領の街に立ち寄っていた。


 エミリは見たこともない大きな街ではしゃぎ、石畳の上で転んでしまい、尖った石で膝を強打して怪我をしてしまった。

 応急措置はしたものの医者にかかる程のお金の持ち合わせもなく、娘を宥めることしか出来なかったソフィアは途方にくれていた。


 偶々街へ買い物に来ていたメディウム男爵夫人は母娘に声をかけ街の診療所に連れていった。

 エミリの治療中、男爵夫人はソフィアの身の上話を聞き、彼女が没落した男爵家の元令嬢だと知った。亡くなった夫は同家の騎士で、男爵家が没落した後、身寄りの無くなったソフィアと結婚し、傭兵の仕事をして生計を立てていたが、不運にも仕事で命を落としてしまっていた。


 男爵夫人は丁度娘のリリアージュの教育係兼侍女を探しており、ソフィアとエミリをそのまま男爵邸で保護することにした。


 エミリは歳のわりに聡く大人しい。聞き分けもよくソフィアの教育が行き届いているのがよくわかった。

 男爵夫妻はソフィア母娘に住み込みで働くことを持ちかけ、ソフィアはリリアージュの侍女として、エミリにも小さな仕事をしてもらうことを提案していた。


 母娘で路頭に迷っていたソフィアは、街で男爵夫人に助けられたことを深く感謝しており、男爵夫妻の提案を快く受け入れ、リリアージュの侍女として働くことになった。

 エミリも幼いながら、庭の草むしりの手伝いや厨房で野菜を洗うなどの小さな手伝いを一生懸命に頑張っていた。


 リリアージュはソフィアの教えをよく聞き、勉強も淑女としての教育も素直に学んでいた。ソフィアの両親が教育熱心だったのか、彼女は貴族令嬢としての教育が存分に身についていた。

 メディウム男爵夫妻は娘の教育をソフィアに任せたことに憂いなく、リリアージュの貴族女性としての成長に満足し彼女に感謝の意を示していた。


 エミリが平民の学校に通える年令になると、自ら進んで勉強し優秀な成績を納めていた。

 娘のエミリが成人するとソフィアはリリアージュの侍女をエミリと交代するように申し出て、厨房で料理の補助の仕事をするようになった。


 リリアージュの侍女となったエミリは幼い頃から男爵邸で一緒に働いていた庭師と結婚し子どもを儲けていた。


 ニアンとリリアージュの新居に付き添うことになったソフィアとエミリの家族は、他の使用人たちに謙遜しながらも喜び勇んで転居の準備を進めていた。

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