43 ニアンの決心
ヴォルガは10代だったの頃のアルートとの行商の旅を思い浮かべながら、恩師の志を模範とし息子ニアンの意志を尊重し、彼の決意を全力で応援することにした。
体調を戻したニアンをモルラトの自宅まで送り届け、家庭教師の手配と妻や家族にニアンの思いを伝えた後、ヴォルガは再び地方へ商談に出掛けていった。
父ヴォルガが雇ってくれた家庭教師はとても優秀で、貴族にもかかわらず平民のニアンに対して侮蔑することなく、丁寧に根気よく勉強を教えてくれた。
2年後、ニアンの並々ならぬ努力と家庭教師の手腕で、難関といわれる学園の試験に合格し、無事に入学することが出来た。
学園では寮に入り経営学を専攻していた。
ニアンは誰にでも優しく素直な性格で、男女ともに人気があった。
女子生徒からは身分に関係なく何度かお付き合いの申し込みがあったが、ニアンは丁寧に断っていた。
この国の女子は16才になると婚約を結ぶことが出来る。結婚はお互いに成人する18才で正式に認められる。
ニアンはリリアージュの16才の誕生日に婚約を申し込むつもりでいた。
ヴォルガはリリアージュとニアンが疎遠にならないように気を利かせ、学園が長期休暇になると、必ずニアンを伴ってメディウム男爵家を訪れていた。数日間を男爵領の街に宿泊し、リリアージュと買い物を楽しんだり、邸を訪問し食事や歓談することもあった。
ヴォルガはニアンと男爵邸に訪問する度に、ニアンの気持ちを少しずつメディウム男爵夫妻に伝えていた。
貴族女性なら少しでも裕福で、爵位の高い者との結婚を希望するものだが、メディウム男爵夫妻も令嬢も野心はなく、 夫妻は娘の好いた者と娶らせ彼女の幸せを願っていた。
メディウム男爵夫妻はリリアージュとニアンが想い合っているのなら、結婚を反対するつもりはなく祝福するつもりでいる。ただ、男爵夫妻は結婚した娘と離れて暮らすことの寂しさに気を揉んでいた。
学園での領生活の中、ニアンは事あるごとに、たくさんの贈り物と手紙をリリアージュに送っていた。ニアンは学園での勉強や人間関係で挫折しそうになっても、リリアージュの手紙でいつも励まされていた。
ニアンとリリアージュは離れている間もお互いを想い少しずつ確実に愛を育んでいった。
学園でかけがえのない友人ができ、優秀な成績で卒業したニアンは、ヴォルガと一緒に行商や商談に出かけるようになった。
ヴォルガは、語学や経営学、礼儀作法や貴族のマナーなどを身につけたニアンの成長を頼もしく思っていた。
ニアンはリリアージュの16才の誕生日に、彼女の大好きなスズランの花束と指輪を持って、婚約の申し込みに行くことになった。
今日はニアンがリリアージュに婚約を申し込む日なので、彼は両親とともにメディウム男爵家に向かっていた。
ニアンは馬車の中でプロポーズの言葉を呪文のように何度も繰り返し呟いていた。ヴォルガ夫妻は緊張している息子を温かい目で見守っていた。
出迎えてくれたメディウム男爵に促され、リリアージュはニアンを庭の四阿に案内した。
ヴォルガとキエナ、メディウム男爵家族は応接室で、庭へ向かった若い二人の報せを静かに待っていた。
「リリアージュ様、私と結婚を前提にお付き合いして下さい。今日、婚約を結びリリアージュ様が成人する日に、私の妻になって下さい。そして、貴女は私の側にいて幸せな笑顔だけを見せて下さい。私は貴女を誰よりも愛しています」
ニアンはリリアージュの前で跪き、何度も練習したプロポーズの言葉を、詰まることなく告げる事が出来た安堵の気持ちと、彼女の返事を待つ気持ちが交錯して、顔は上気し唇や手足が震えていた。
「嬉しいわ、私も貴方の事が大好きよ。ニアン、私を貴方のお嫁さんにして下さい」
リリアージュはニアンの手を取り、まっすぐ彼の目を見て微笑んだ。
微笑んだリリアージュは女神様のようだった。
跪いたまま息をするこも忘れていたニアンは我に返り、大きく息を吸った後、彼女の前でむせてしまった。
リリアージュは低い姿勢のままのニアンに合わせ、屈んで彼の背中を擦った。
リリアージュは真っ赤な顔のニアンをゆっくり立たせお互いに目を合わせると、どちらかともなく優しく抱きしめ合った。
ニアンとリリアージュはメディウム男爵夫妻とヴォルガ夫妻にリリアージュが婚約を快諾してくれたこと、彼女の成人を待って結婚することを報告した。
メディウム男爵夫妻と一時帰宅していた弟のルーカス、ヴォルガ夫妻は二人の婚約と先にある結婚を心から祝福していた。
ニアンとリリアージュは婚約に必要な書類にサインをした。メディウム男爵はすぐに書類を封筒に入れ、王宮の貴族院に提出するよう執事に命じていた。書類を受け取った伝令者は直ぐに王宮に向けて出発した。
「メディウム男爵様、私からご提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
ヴォルガは大きく頷いたメディウム男爵に向けて話始めた。
「リリアージュ様との婚約も整い、ニアンは既に成人を迎えましたので、彼には新しく自分の商会を立ち上げさせるつもりです。つきましては、メディウム男爵領に新居と店舗を早急に建設させて頂きたいのです。店舗は街の一角に、新居はこちらの土地を買い上げさせて頂く予定でおります」
ヴォルガは応接室の机に地図を広げ、皆に見えるように説明をした。
ニアンとリリアージュの新居の予定地は、男爵邸から馬車で10分程の場所だった。
ヴォルガが指を差した場所を見たメディウム男爵家族は目を丸くして言葉を失っていた。
「こちらでよろしいでしょうか?」
再度確認するヴォルガにメディウム男爵はただ、小刻みに頷くだけだった。




