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42 ヴォルガの旅立ち

 実家である宿屋の火事を目の当たりにしたヴォルガは、家族のために自分に出来る事を考えていた。今までは両親や姉の言いつけを守り、言われた通りのことだけをしていたので、自分のやりたいこと、これからのことを考えたことがなかった。


 宿屋の手伝いをしている時に数人の商人から、行商の見習いとして同行しないかと声をかけられる事があった。当時は両親や姉弟の側にいることが当然だと思い、故郷を離れることなど考えてはいなかった。12才になったヴォルガは両親と相談し、信頼できそうな宿の常連の商人に付いて行商に出ることになった。


 姉は涙をこらえお守り袋を渡してくれた。器用な姉らしからぬ縫い目が少し乱れていた。急に旅立つ弟のために急いだのか、心の乱れなのかはわからない。

 姉の顔を見てもらい泣きしそうなヴォルガも姉同様に歪みそうな顔を無理矢理に笑顔にした。

 一生の別れではない一時の別れなのだから。


 弟には彼が大事にしていた綺麗な丸みを帯びた小さな石をもらった。

「家族と川に遊びに行ったときに拾ったんだ。綺麗でしょ」

 と、震える手で宝物を渡してくれた弟は、一言話したきり姉に寄りかかり、後はずっと泣き続けていた。


 昨夜のうちにたくさんの話をし、小さな護り刀をくれた父は口を真一文字に結び無言を貫いていた。

 母は上着やズボン、下着にまで外からはわからないようにお金を縫い付けてくれていた。

「何かあれば直ぐに逃げなさい。命があればいつでも会えるわ」

 母はヴォルガの両手を握りしめ上下に振りながら満面の笑みを浮かべていた。


 幼馴染みの女の子のキエナは、ヴォルガの瞳の色をした護り石を器用に革ひもに括りつけたペンダントをくれた。

「ヴォルガ、あなたの無事を祈ってるわ」

「ありがとう。·····行ってくる」

 目を潤ませているキエナをヴォルガはそっと抱き締めた。


 モルラトの街でも器量がよいと評判のキエナへの淡い恋心を、いつ帰れるかわからないヴォルガは胸に納めることにした。

『結婚など考えるには早すぎる年令だから···キエナが幸せなら相手は僕でなくても祝福する』

 12才のヴォルガは秘めた想いを胸に商人と行商に同行して行った。


 商人のアルートはモルラトの街の宿屋の手伝いをしているヴォルガに目をつけていた。

 ハキハキとした受け答えに機転の利いた行動をする彼を素直で利発な子どもだと直感していた。

 アルートは妻を早くに亡くし子どももなく身寄りもない。自分が築いた商会の跡継ぎになるような子どもを密かに探していた。

 アルートがアイビスの宿を利用するのはヴォルガ目当てだった。彼は磨けば光る原石を見つけていた。


 アルートとヴォルガの旅は順風満帆ではなかった。

 行商の旅はヴォルガが想像していたよりも大変なものだった。

 盗賊や獣に襲われそうになった時には母が下着に縫いつけてくれていたお金が役にたった。嵐に巻き込まれた時はひたすら護り刀と御守り袋や綺麗な小石を握りしめて祈った。馬車の旅は気の休まる時がなかった。


 ヴォルガは幼い頃から読み書きや計算などの教育を受けていたため、帳簿をつける手伝いや本を読むことが出来た。

 アルートは隣国にも行商に行くことがあったので、ヴォルガに語学の勉強をすることを勧めていた。通貨や通行手形の取り扱いについても教えていた。


 領地の主要な街にはそれぞれ両替商があり、個人の財産などを預かってくれていた。商売などに出掛ける者が大金を持ち歩いて旅を続ける訳にはいかない。

 両替商によっては手形の発行業務を行う所もあった。


 アルートは商品の代金をなるべく現金で支払っていたので、手形は持っていたが使用頻度は少なく、現金の出し入れをするだけだった。

 両替商は人相書き、サインの筆跡、預かり番号や暗号等を使い、預金者を特定していた。


 アルートは売上の一部をヴォルガに還元し、両替商の預金者登録と預金を促した。


 アルートは日に日に成長していくヴォルガの行く末が楽しみだった。彼はまだ10代ヴォルガのことを思い、年に数回は彼の実家のあるモルラトの街に寄っていた。


 アルートとヴォルガの旅が10年近く続いた頃、アルートはヴォルガに商会を譲る決心をした。


「ヴォルガ、これからは君が私の後を継いでくれないか?私は隠居して妻の故郷で静かに余生を過ごそうと思っている」

「私にはまだまだ教えていただきたいことがあります。それに、師匠との旅が楽しくて、お別れするのが辛いです。まだ、恩返しも出来ていません」


「恩返しは充分して貰っているよ。君との旅の思い出と君の成長を間近に見れたことだよ。それに私に教えることはもうないよ」

「でも····」


 アルートは縋るように言葉を続けようとするヴォルガを制した。

「いいね。別れも修行のひとつだよ。ヴォルガ、後は頼んだよ」

 アルートはそう言い残し、妻の故郷の場所をヴォルガに告げることもなく、彼の元を去って行った。

 ヴォルガは呆然と立ち尽くし、仕事が手付かず、しばらく休養を取るためモルラトの実家に帰る事にした。


 ヴォルガは自分の帰りを待ってくれていた幼馴染みのキエナと結婚することができ、今まで貯めたお金でモルラトの街に大きな家を建て、アイビス商会を立ち上げた。

 両親も一緒に住むことを勧めたが、自分たちにも家や店があると言って、変わらず商売を続けている。


 姉は隣街の花屋の息子に嫁ぎ幸せに暮らしている。義兄は行商で珍しい花や種などを仕入れ、一部の顧客の根強い人気の店になっている。

 義兄はアイビスの宿の常連でヴォルガとも顔見知りだった。


 弟は地質学に興味を持ち、王都の学園を卒業し、自然災害の復興や護岸工事の設計に関わるなど専門家として仕事をしている。

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