41 ニアンの不思議な夢
リリアージュとニアンは直ぐに打ち解け、メディウム男爵家の庭ではしゃぎ、楽しいひとときを過ごしていた。
大人同士の話し合いが終わり、子どもたちは別れを惜しみ再会の約束していた。
メディウム男爵領を後にしたヴォルガとニアンは、次の取引先に向かう途中で宿屋に泊まることになった。
リリアージュと別れた夜、ニアンは不思議な夢を見た。
大人の姿になったリリアージュはニアンのことをアビーと呼んでいた。
大人の彼女からはいい匂いがしていて、膝の上は心地よくて温かい。優しい声で語りかけ頭や背中を撫ででくれている。
ニアンはリリアージュのことをいつも見上げていた。
夜明け前に目覚めるとニアンの夢で見た記憶が鮮明に蘇った。
─今度は僕が···必ず君を守る。
だからリリアージュ、僕を残して行かないで、僕をひとりにしないで─
ニアンは身体を起こし頭を抱えると、急に全身が熱くなり意識を失ってしまった。
「ニアン、ニアン·····。熱が出ているな」
隣のベッドで寝ていたヴォルガはニアンの異変に気がつき、声をかけたが返事がなかった。ニアンの額と首の汗を拭き、乱れた布団を整え朝を待つことにした。
翌朝ヴォルガは宿屋の主に医者の手配を頼んだ。
ニアンが再び目を覚ましたのはお昼を過ぎた頃だった。
「父上は?」
ニアンは頭痛に耐え、うつろな目で側にいた従者にヴォルガの所在を聞いていた。
「ヴォルガ様は商談にお出かけになられました。夕方には戻られますので、それまでニアン様はこちらでお休み下さい」
「····わかった」
「お医者様からお薬が出ておりますので、お飲み下さいませ。スープはお召し上がりになれそうですか?」
「うん。スープも貰う」
食欲は無かったが、ニアンは少しでも早く体調を整えるためにスープを飲むことにした。ヴォルガに相談したいことがあった。
なんとかスープを飲み終えたニアンはヴォルガが帰ってくるまで寝ることにした。
ヴォルガが帰って来るまでに目覚めたニアンは微熱があったものの、頭と身体はすっきりとして普通に話が出来るようになっていた。
「父上、後10年でアイビス商会が王都でも有名な大きな商会にするには、僕は何をしたらよいのでしょうか?」
ニアンはヴォルガを熱意のこもった目で見ていた。
「メディウム男爵令嬢様をお嫁さんにしたいのかな?」
「·····はい。僕はリリアージュ様のために頑張ります」
ヴォルガはニアンに微笑みながら、息子の成長に喜びを感じていた。理由はどうであれ、少し頼りない息子のやる気を引き出してくれたメディウム男爵令嬢には感謝するしかない。
「そうだな。商人として外国での取引には語学、貴族たちと対等に話をするためには学園で学ぶ知識も必要になる。平民が学園に入学するためには難しい試験を受けなくてはならない。入学資格を得られるまで後2年だが、どうする?」
「正直、後2年では·····僕一人では難しいです。父上どうか家庭教師を付けて下さい」
ヴォルガは「わかった」と快諾し、ベッドの上で姿勢を正し微熱でまだ頬が赤い息子を頼もしく思った。
ヴォルガは王都と隣街のモルラトで宿屋兼よろず屋の長男として生まれた。女男男の三人兄弟だった。
仕事で忙しい両親に代わりに長女が弟たちの世話をやきたがり、ヴォルガは少し頼りない子どもだった。
モルラトの宿屋は王都の宿屋より安価なので、素泊まりの客がほとんどだった。
宿泊客の多くは夕食を王都の屋台で済ませ、目的地に出発するまでの朝までを割安なモルラトの宿屋で過ごしていた。
ヴォルガの母親は、素泊まりの客に朝食代わりの軽食を売っていた。
母親は朝早く起き、肉や野菜、卵などをはさんだパンと、牛乳や果実水、お茶などを販売をしていた。朝の軽食は他の宿屋に泊まっている者たちからも好評だった。
ヴォルガの実家であるアイビスの宿の宿泊客なら朝の軽食を割安で買えることもあり、宿屋はとても繁盛していた。
アイビスの宿には商人も多く訪れ、売れ残った商品や賞味期限が近い食品などを、商人から一部買い取り宿で販売するようになった。旅立つ商人は荷物の整理が出来ることを喜んでいた。
商人や旅人から要望のある日用品を扱うようになると、よろず屋としての商売も繁盛した。
ヴォルガや姉弟たちは忙しい両親を助け、幼少の頃から遊ぶ間もなく働いていた。ヴォルガにとってアイビスの宿は遊び場でもあり家族の場だった。
順風満帆だったアイビスの宿に不幸が訪れた。
宿泊していた旅人の寝煙草の不始末により、アイビスの宿は全焼してしまった。
幸いなことに死人も怪我人もなかった。
旅人は罪を償わず、火事場で皆が混乱する中、いつの間にか姿を消してしまった。
父親は先代から受け継いだ宿の焼け跡を見つめながら途方に暮れていた。
すると母親は近所から借りてきた大きなスコップで、台所があった辺りの場所を掘っていた。
父親をはじめ姉弟たちが呆然と見ていると、カチッと音がした。掘っていた所から銅貨や銀貨の詰まった3つの壺が出てきた。
母親は姉弟の教育資金にとそれぞれの壺に少しずつお金を貯め、誰にも内緒で土の中に埋めていたのだ。
「ごめんね。あんたたちのお金を使わせてもらうよ。これからも父ちゃんと頑張って働くから、心配しなくていいよ」
と言って、ニカッと笑い、土のついた手で額の汗を拭った母親の姿はまるで女神様のようだった。
父親は母親と相談して宿屋の経営を諦め、本格的に商人たちから商品を仕入れ、日用品などを豊富に揃えてよろず屋の規模を広げた。好評の軽食は持ち帰りのみの販売にして、焼け跡には新な住居兼小さな店を開いた。
これがアイビス商会の前身であった。




