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40 エクウスの決意

 フェルナンとルミナスは、お互いの部屋を行き来するようになり、休日前や就寝前には夜遅くまで歓談することが増えて次第に友情が深まっていった。


 彼らはディーノに就いてシエルバ伯爵家の事業について懸命に学んでいた。学園の授業とは違い生きた学習をすることにより彼らには強い探究心が芽生えていった。執務室には彼らも呼ばれエクウスとディーノの話し合いの場に立ち会っていた。

 エクウスとディーノが領地や領民のために白熱した議論を交わしているのを目の当たりにして、フェルナンとルミナスは彼らの関係性に深い尊敬と強い憧れを持つようになった。


「フェルナン、僕はエクウス様とディーノ様のことを尊敬しているよ。僕たちも伯爵様たちのようになりたいね」

 敬称や敬語もなくなったルミナスは顔を少し上気させていた。

「もちろんだ。僕たちは兄弟なんだから」

 フェルナンは大きく頷きながらルミナスに握手を求めた。彼らは両手を固く握りしめ合った。


 エクウスとディーノを崇拝する彼らの目標は同じ。シエルバ伯爵家の未来永劫にわたる栄光と繁栄を願い奮励し成し遂げる事。


 ♢♢♢


 メディウム男爵領に薬草学の学院や医療施設などができたことにより、リリアージュを尊敬する若者たちが庭の見学を願い出るようになった。シエルバ伯爵家は許可をしている者に限り時間を決めて庭を解放している。見学の許可を求める者は多くリリアージュの庭を訪れる者が後を立たないでいる。


 庭の解放に伴い彼女の部屋の清掃と庭の手入れには各々専用の使用人を配置させていた。

 庭には新にベンチが設けられ、彼女の部屋の立ち入りも可能だ。


 シエルバ伯爵家からの許可をもらい、一人の女子学院生が庭を訪れていた。彼女は薬草学博士のリリアージュの本を胸に抱きしめていた。


「私はシエルバ伯爵夫人のお陰で夢が叶いました。私が勉強することを反対していた父が許してくれたのです。勉強し努力すれば女性でも皆の役に立つことが出来る、と。私は医療の勉強をしていますので分野は違いますが、貴女様を心から尊敬して止みません」

 彼女の呟きは庭に染みるように溶け込んでいった。


 エクウスは執務の合間などに時折リリアージュの庭を訪れている。

 彼は誰もいないリリアージュの庭で仁王立ちになり、暫く見つめ、奥歯を食い縛り、両手を力いっぱいに握りしめていた。


 春を待つ小さな紅い花の蕾に冬を惜しむかのように、空からはひらひらと花びらのような粉雪が太陽の光を浴び輝きながら舞っていた。

 エクウスの頬に一筋の風が通りすぎる。


 エクウスは身体の力を抜き庭に向かって姿勢を正し紳士の礼をした。踵を返し執務室に戻ろうとした時に名前を呼ばれた気がした。

『·····エクウス様·····』彼が待ち望んでいる優しい声がした。

 エクウスは慌てて振り返り震える声で呟いた。

「リリアージュ。···愛している」


 ふうっと一息吐きエクウスは、真っ直ぐ前を見て再び執務室に向かい闊歩する。


 悟り顔で凛とした佇まいの彼は紛れもなくこの国の筆頭伯爵家当主、エクウス・シエルバ伯爵だ。


 ――リリアージュの墓石の隣に咲いていた百合の花から、貯まった朝露の雫が涙のように零れ、すぐ隣に埋葬されたアビーに滴り落ちた。一瞬、辺り一面が輝き眩い光りに包まれ、絶命したはずのアビーの時間が人知れず静かに巻き戻っていった――


 ニアンはアイビス商会のヴォルガの長男として生を受けた。

 ヴォルガには愛しい妻と三人の子どもたちがいる。長男のニアン次男のアスベル末っ子で長女のジュールだ。


 留守がちなヴォルガに代わり護衛を兼ねた数名の使用人たちもいるが、幼馴染みの妻のニコラは儚げな外観とは違い明朗快活な逞しい妻だった。


 長男のニアンは今年で10才になり、時折父親のヴォルガと一緒に行商について行くこともあった。


 高い山々の裾野に広がり、大きな河川が2本もある肥沃な土地を持つメディウム男爵領にニアンを伴うのは初めてだった。

 メディウム男爵領は肥沃だが代々水害や土砂崩れに悩まされている土地だ。今年も規模は小さいが災害に悩まされていた。


 ヴォルガは領民を思うメディウム男爵を尊敬し、人を蔑視しない人柄に惹かれ、個人の資産で出来るだけの支援を申し出ている。

 ヴォルガはアイビス商会の跡継ぎにする予定である息子のニアンのお目通しと、メディウム男爵家に久方ぶりの挨拶と支援のために訪れていた。


「メディウム男爵様、お久しぶりでございます」

「ヴォルガ、いつも支援をありがとう」

 メディウム男爵は自ら手を伸ばし、ヴォルガの手を取り挨拶とお礼を言った。


「お初にお目にかかります。メディウム男爵家の長女、リリアージュと申します」

 ヴォルガは男爵の隣でぎこちないカーテシーをする可愛らしい少女に目を細めた。

「リリアージュ様、私はアイビス商会のヴォルガと申します。隣は我が愚息のニアンです」


 ヴォルガはリリアージュと目線を合わせて跪き、瞬きを忘れる程リリアージュに見惚れるニアンの頭に手を当て無理にお辞儀をさせた。

「あ、アイビス商会のニアンです。よろしくお願いします」

 ニアンは我に返り慌てて挨拶をした。


 メディウム男爵とヴォルガは商談と支援についての話し合いがあり、リリアージュとニアンを玄関ホールに残し二人は応接室へと向かって行った。


「ニアン様、今日は私がニアン様をおもてなしいたします。私は6才ですがニアン様はおいくつですか?」

「僕は10才です。僕のことはニアンでお願いします」

「ではニアン、年下の私のことはリリィで」

「リリアージュ様は男爵令嬢様です。平民の僕では愛称をお呼びできません」

「では·····二人だけの時に呼んでくださいね」


 リリアージュは人懐っこい笑顔で答えると、頬を染めたニアンの手を取り庭の四阿に案内した。使用人たちは二人の微笑ましい姿に自然と笑顔になっていた。

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