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37 グラス伯爵家の次男

 この国の伯爵家の中では上位にあたるグラス伯爵家には三人の兄弟がいた。代々、学識と知見の才に満ちたグラス伯爵家は、王宮の高位の事務官や学者、学園長などの職業に就くものを多く排出している。


 現在のグラス伯爵は財務事務官長、長男は次期政務官長、三男は領主代理として敏腕な領地経営を行っていた。

 エクウスは社交界において次男のディーノの噂を聞いたことがなかった。病弱で社交界には出ていないものだと勝手に推測していた。

 まさか、こんなに身近にいたとは。


 エクウスは領地経営においてグラス伯爵家の経営方針に敬服の念を抱いていた。


 ディーノとカミラは学園で出会っていた。


 この国の学園は貴族なら男女問わず入学資格が与えられるが、平民は身元調査と超難関といわれる筆記試験に合格しなければ入学の許可は降りない。その中でもカミラは成績優秀であった。


 シエルバ伯爵家に仕えているバンスは伯爵家から一代限りの準男爵の地位が与えられている。カミラは国の法律でバンスの爵位を受け継ぐことはできない。


 一方ディーノは成績優秀で学園の教師からも一目置かれるような存在だった。ただ、高位貴族独特の人柄で人を見下すようなところがあり、他の生徒から遠巻きにされていた。


 ある日の放課後、いつもは通ることのない中庭を偶然通ったディーノは、数人の男子生徒に揶揄わられているひとりの女子生徒を見つけた。

 愚足らないと呟きその場を立ち去ろうとしたが···


「私よりも成績が悪いのに、馬鹿にしないでいただけるかしら。そんなお暇があるのなら、お勉強なさっては?」

 女子生徒は凛として男子生徒に言い放っていた。


「可愛げがなくて生意気だ!女が成績が良くても何の役にも立たないぞ!少しは男に媚を売ることでも覚えたらどうだ!」

 男子生徒たちは大笑いをしながら、女子生徒から鞄を取り上げ、所持品の教科書を放り投げていた。


 男子生徒たちからの罵声を浴びせられながら女子生徒は、顔を赤くし両手を握りしめ必死に涙をこらえていた。


 男子生徒が立ち去った後、堪えきれず涙をこぼし教科書を拾い集めていた。

 ディーノは彼女に手を貸すこともなく呆然と立っていた。


「私だって夢があるのに。女だからって夢をみてはいけないの···」

 その場に踞り泣き出してしまった彼女にディーノは無意識に声をかけていた。


「立てる?」

「えっ·······はい」

 女子生徒はハンカチで顔を隠しながら小さな声で返事をした。


 ディーノとカミラはお互いに名乗り合った後各々の家に帰宅した。

 ディーノは家に帰ってからもカミラの凛とした姿が頭から離れなかった。カミラが呟いていた彼女の夢が気になっていた。


「父上、王宮の事務官などに女性の登用はないのですか?」

「今のところ貴族女性が数名いる位だな。いずれは爵位や地位、男女関係なく優れた者の採用があるかもしれないが、他国と違って我が国は少し遅れているようだ」

 ディーノの問いかけにグラス伯爵は丁寧に答えてくれた。


 ディーノは数ヵ月後、優秀な成績で学園を卒業し領地経営に専念することになった。


 グラス伯爵家の領地経営は多忙を極めていた。

 各街や村などの要望が全部領主の元に押し寄せていた。隣近所の小さな揉め事なども全部だ。

 これでは真面な領地経営が捗らない。


 街や村ごとの規模に合わせて責任者や世話役などを任命し、ある程度の権限を与えることにしようとしたが、平民で読み書きや計算などが出来る者など限られている。

 ディーノは父親に領民の学力の底上げを手紙で相談することにした。


 早速届いたグラス伯爵の返信の手紙には、母親が慰問に訪れている王都の孤児院で読み書きを教えている女性を、数日後に派遣してくれるという内容だった。母親は女性を大層お気に入りのようだ。

 ディーノは女性に粗相のないように部屋を整え、資料を整理していた。


 数日後、グラス伯爵領邸に女性が到着した。「グラス伯爵夫人よりご紹介いただきましたカミラと申します」

「えっ。···はじめっ···グラス伯爵領の領主代理ディーノです。カミラ嬢、ですよね」

「こ、こちらこそ。ディーノ先輩ですよね。お久しぶりでございます」

 凛とした佇まいに美しいカーテシー、彼女は全く変わっていなかった。

 ディーノもカミラも偶然の再開にお互い動揺が隠せなかった。


 カミラは学園を卒業した後、王都にある数件の孤児院で読み書きや計算など、ほとんど無給で教えていたらしい。

 カミラの妹も学園に通い、卒業後は結婚をする予定があり、妹の結婚費用を援助する目的で勤め先を探していたところ、グラス伯爵夫人の薦めでこちらの領地まで来たようだった。


 早速翌日、ともに朝食を取り夕方まで領地の案内や領民への紹介と学習、夕食の後は図書室で打ち合わせや本の話、ディーノとカミラが打ち解けるのに時間はかからなかった。

 ディーノは次第に聡明なカミラに惹かれていった。


 カミラもディーノを慕っていたが、大きな身分の違いと、長女のカミラは家門の存続のため、婿をとらなくてはならない。

 カミラは甘くなっていく表情のディーノを想いながら日々、自問自答を繰り返していた。


 グラス伯爵領で過ごしてから3ヶ月が経とうとしていた。

 ディーノはカミラに求婚した後、戸惑う彼女にとんでもないことを言い出した。


「僕がグラス伯爵家を出てカミラの家の婿になるよ。領地は弟が継ぐから安心して。今度、王都の両親に会って話をしてくるよ」

 カミラはディーノを全力で止めたが、彼は全く聞いてくれなかった。


 ディーノはグラス伯爵夫妻と兄弟たちにどんな風に説得したのか分からないが、グラス伯爵夫妻はディーノとカミラの結婚を認めてくれた。

 いや、大賛成だったらしい?


 ディーノはグラス伯爵領の事務仕事を簡素化し効率よく整えた後、学園を卒業した弟に領主代理の権限を渡し、カミラと一緒にシエルバ伯爵領に帰り、自分の就職先をみつけてバンスと一緒に住むようになった。


 ディーノのあまりの手際の良さにバンスとカミラは驚嘆した。

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