35 侍女長への罰
少し残酷な描写があります
ローザは執務室で口を開くことも無くただ呆然と立ち尽くしていた。
「残念だが私や妻ももう君には会えない。君のことはシエルバ伯爵様にお任せすることになっている。ローザ・ウェインはもう死んだことになっている」
イプルス子爵は肩を落とし沈痛な顔でローザに言い残し、ウェイン子爵のいる執務室の隣の部屋に去って行った。
執務室と隣の部屋との間の扉は閉められた。
イプルス子爵とウェイン子爵は執務室の隣の部屋で執事と書類のやり取りをした後、そのままシエルバ伯爵邸を後にした。
♢♢♢
何が悪かったのかしら。私はエクウス様に本当の事を言っただけなのに。
私だったら伯爵家の跡取りも産んであげられるし、礼儀作法や教養も兼ね備えた美貌の伯爵夫人になれるのよ。
流行りのドレスも着こなせるし、宝石選びもセンスがいいねって言われているわ。
王都の社交界では夜会やお茶会で殿方にはたくさんお誘いをいただいたのよ。
お父様も私が死んだなんて、エクウス様がそんなことをなさるはずはないわ。さっき私を見て微笑んでいらしたもの。
子爵の夫とは違ってとっても素敵な笑顔をしていらしたの。
きっと後妻に迎えてくれるはずよ。
お母様もお姉様も自慢の娘だと言ってらしたわ。私が子爵夫人で終るなんて考えられない。
そうよ、私はシエルバ伯爵夫人になるのよ。
♢♢♢
立ち尽くしていたローザは次第に夢見心地になりエクウスが執務室に現れるのを待っていた。
しかしその後、執務室にエクウスが帰ってくることもなく、ローザは騎士に連れられ今度は自室ではなく、地下牢に閉じ込められてしまった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。正直に話せば旦那様は私だけ穏便に取り計らってくれるっておっしやったのよ。どうして私が地下牢に······。あなたたち、間違っていない?」
ローザの必死の叫びにも関わらず騎士たちは黙って立ち去った。
その後だれも訪れることはなく、ローザは踞り地下牢の中で一夜を過ごした。
翌日の昼になり地下牢に騎士を伴ったエクウスがやって来た。
「旦那様。私がここにいるのは何かの間違いですよね。特別に私だけ、お、穏便に取り計って下さると···」
「間違いではない。今からおまえを処罰する」
エクウスはローザの言葉を怒気の籠った声で遮った。
エクウスの顔を呆然と見上げているローザの近くに寄り騎士から受け取った剣を振りかざした。
「ぎゃあー!!」
ローザの顔から血飛沫が飛んだ。
エクウスはローザの額から上唇に至るまで大きな傷を負わせた。
「これで自慢の美人も台無しだな。おまえは既に死んだ人間だ。只で死なせるには惜しい。これから我領の畜産部門で下働きとして働いてもらう」
エクウスの言ったことが理解出来ず、顔の痛みに堪えていたローザから呻き声が漏れる。
「う、う、うぅ···」
「余計な事を言うのなら次は舌を切り落とす。おまえには常に監視が就いているものと思え」
「ひゃぁ、あぁ」
「直ぐにこいつを家畜小屋に追い払え。そして二度と俺の前に醜い姿を見せるな」
エクウスは一方的に言葉を浴びせ、振り向くこともなく地下牢から立ち去った。
エクウスが立ち去った後、ローザは騎士に引き摺られるようにして家畜小屋に行く荷馬車に放り込まれた。彼女は二度と伯爵邸に戻ってくることはない。
ローザを処罰した後エクウスは執務室にいた。
「トニー。君には執事長を辞めてもらう。人の機微に疎い君には何度言っても理解出来ないだろう。元の職場に戻るといい。件の家には私から報せておく。シエルバ伯爵家であったことは他言無用だ。君の口から漏れたとわかったら命は無いと思え」
「は、はい」
エクウスに言われたことにトニーは返事をするのが精一杯だった。
「最後の仕事だ。元の執事長のバンスに連絡をとりこちらに来るように伝えてくれ」
「かしこまりました」
トニーは最後の仕事を済ませ、誰にも見送られことなく静かにシエルバ伯爵邸を去って行った。
トニーは自分が直接罰を受けなかった事を逆に恐怖し、シエルバ伯爵家で起こった出来事を生涯口にすることはなかった。
数日後トニーから連絡を受けたバンスがシエルバ伯爵邸にやって来た。彼は顔色も良く持病の腰痛も良くなっているようだった。
「旦那様、ご無沙汰しております。今回、トニーの所業については私の指導が行き届かず、誠に申し訳ございませんでした」
「君だけの責任ではない。トニーは元の家に戻って貰ったよ」
エクウスは深く頭を下げるバンスを労った。
「私は君を叱りつけるために呼び出したのではない。早速だが、君には娘がいたね」
「はい。婿をもらい一緒に暮らしています」
「君の娘を調べたら、優秀な成績で学園を卒業しているそうだね」
「はい、身贔屓になるやも知れませんが、長女は勉強好きでして」
「どうだろう。君の娘を執事として迎え入れたい。この邸に一緒に住んで貰えないだろうか?···ああ、勘違いしないでくれ、使用人として雇い入れたいだけだ」
エクウスの言葉に目を白黒させたバンスは、「へぇっ?娘?」
と言う彼らしくない声を漏らした。
「コホン、失礼いたしました。愚娘に勤まりますでしょうか?それに、伯爵家の執事が女性とはなんとも···」
「そうだな。1ヶ月程、試用期間を設けよう。それで納得してくれるかな?」
「はい。家に帰って娘に伝えます。孫もおりますゆえ返事はそれからでもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわない」
バンスは考え事を整理しながらで執務室を出ていった。




