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34 侍女長の罪

 ムチを打たれ瀕死の状態になった侍女たちと使用人たちは再び地下牢に入れられた。

 平民だった下働きの女2人はそのままシエルバ伯爵邸の裏口から放り出された。息も絶え絶えな彼女たちは身動きできずにいた。

 騎士たちはエクウスに、昼まで彼女たちが居続けていたら、目障りなので近くの川に放り込めと命じられていた。


 彼女たちが通りかかった商人や破落戸たち、農夫たちに奴隷や農奴として連れていかれてもシエルバ伯爵家には一切関与しないとエクウスは明言していた。ただ、伯爵邸の裏口近くに死体を晒すのも体裁が悪い。

 エクウスにとって彼女たちの存在は息絶えれば処分するだけの些細なものだった。


 処罰を受け大怪我を負った地下牢の者たちは水しか与えられなかったが、彼らは辛うじて生き延びていた。


 残った7人の貴族の令息や令嬢の家主が各々シエルバ伯爵邸に呼び出された。賠償金の請求と身柄の引き取りのためだった。

 執事たちから各々実子たちが犯した罪の詳細を聞いた家主たちは絶望し青い顔で震えていた。

 家主の中には家の存続を考え、この場で実子を廃籍し絶縁する者たちもいた。


 実子を廃籍することでシエルバ伯爵家からの仕打ちには敵うはずは無いと解っていても、少しでもエクウスの心証を良くしたいという思いと、自分たちにできる最大限の謝罪の意思を伝えたいと、家主たちは必死になって懇願していた。


 一方では何度も心からの謝罪を述べた後、賠償金の全額を支払い、子どもの身柄を引き取り帰って行った家主もあった。その後彼らは領土と爵位を国に返納し、今は平民として細々と暮らしているようだった。


 その場で廃籍された者はシエルバ伯爵領の農奴として雇われ、邸の近くに近寄ることを禁じられ、生涯エクウスの目に触れることがない生活を送ることを命じられた。


 エクウスは最後に侍女長のローザに罰を言い渡すことにした。


 エクウスの命令で使用人たちには、彼女が謹慎している自室の前で、先に処罰を与えた者たちの末路を噂話として、わざとローザに聞かせていた。

 ローザは話を聞くたびに震え上がり、出された食事にも殆ど手が付けられずにいた。


 ローザを放置してから1ヶ月程経った頃、彼女はやっとエクウスの執務室に呼ばれた。

 ローザはまるで老婆のような容姿に変貌していた。

 彼女の髪は白髪が混じり乾燥していて、肌には皺が増え潤いが全くなかった。


 ローザはエクウスの息づかいにさえ全身で恐怖を感じていた。

 聞いたことのない重低音の声が執務室に響いた。

「ローザ。おまえの自分勝手な言動でどれだけの者たちが処罰を受けたかわかっているのか?」


 鬼のような形相でエクウスに言われ、ローザは膝から崩れ恐怖のあまり震えだし、失神寸前で言葉を発することができなかった。

 エクウスは先程とは違い穏やかな口調で話し始めた。

「妻に対する私の態度が君たちに悪い影響を与えたのかもしれない。しかし、それは夫婦間の問題であって使用人たちには関係ないことだ。君が仕えるべきなのは主に妻ではないのか?主従関係を考えれば当たり前の事だろう?それ以外に伯爵家の仕事に対して不服でもあるのか?」


「······」

 恐怖と緊張の解けないローザは踞ったまま口を噤んでいた。

「···ローザ、理由があるなら言ってくれ。答えによっては君だけ特別に穏便に済ませよう」

 エクウスは薄い笑みを浮かべていた。


 ローザはエクウスの穏やかになった表情を見て少しずつ恐怖が薄れていった。

 ローザは深い呼吸を繰り返した。

「答えられそうか?」

「は、······はい」

 ローザは深呼吸をしてエクウスに思いきって気持ちを打ち明けようと思った。


 エクウスは笑みを浮かべながらローザが話し出すのを待っていた。

「私は、···私は···恐れながら奥様よりも家格上の貴族出身で教養も礼儀作法も優っております」

「まあ···そうだな」

 エクウスは小さな声で相づちを打ったが、少し顔をひきつらせていた。


「旦那様の隣には···私は既に夫も子どももおりますが···旦那様の奥様には、私のような女性が相応しいと、ずっと思っておりました。···旦那様は最近奥様を冷遇されており、離縁されるのではと···ですから私は···」

「思い上がりも甚だしいな」

 エクウスはローザの言葉に堪えきれず彼女には聞こえないように呟いた。


「私は···王都の社交界でも美しいと言われていて···その···こ、子どもを産めます」

「はぁー!」

 エクウスは大きく溜め息を吐くと、

「聞いていたか?イプルス子爵、ウェイン子爵」


 執務室の隣の部屋は既に扉が開いており、そこからローザの父親のイプルス子爵と夫のウェイン子爵が、憔悴しきった顔をし、今にも倒れそうなゆっくりとした足取りで執務室に入ってきた。


 大きく目を見開いたローザは再びその場に踞ってしまった。


「俺はこの女の言うことに我慢が出来ない。トニー。話が済んだら呼んでくれ」

 エクウスはそう言い放つと肩を怒らせ大股で執務室を出ていった。


「ローザ、君は何て事をしてくれたんだ。ウェイン殿、うちの娘が···誠に申し訳ない」


 父親のイプルス子爵はローザの存在を無視して、何度もウェイン子爵に謝罪の言葉をかけていた。


「ローザ、子どもたちのために離縁する。君とは絶縁だ。今後、子どもたちを含め、君に会うことはないだろう」

 涙で顔が濡れ怒りを露にした夫のウェイン子爵は執務室の隣の部屋に戻っていった。

 隣の部屋からは彼の呻き声が聞こえてきた。

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