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29 葬儀の後

 棺に中のリリアージュを見たメディウム男爵夫人は目の前が真っ暗になった。

 彼女は隣にいた使用人たちに抱き抱えられ応接室へと案内された。

 棺の中には本当にリリアージュが、···確かに愛娘が眠っていた。見間違いではない。

 目の前の現実が受け入れられなくて、ただ、涙が溢れてくる。ひとりで立っていられなかった。


 応接室の扉は開け放たれており、そこから猫が入ってきた。男爵夫人はリリアージュの手紙に書いてあった猫だと直感した。

 猫は夫人が座っているソファーの隣に来て、口に咥えていたネックレスを彼女の膝に置いた。

 側にいた使用人は猫を追い払おうとしたが、男爵夫人は手を上げ使用人を止めた。


「まあ、あなたはアビーなの?リリアージュが手紙でかわいいって、とても大切なお友達だと何度も書いていたわ。いつも娘の側にいてくれてありがとう。お顔をよく見せて。ああ···あの子の書いていた通りだわ。利発なお顔ね。···ネックレスを持ってきてくれてありがとう。あなたもリリアージュにお別れを言いに来てくれたのね。そうね···一緒に行きましょう」


 ネックレスを1度ぎゅっと握りしめ、持っていたハンカチで丁寧に包み使用人に渡した。

 夫人は猫をそっと膝に抱き頭を撫でた。

 猫が「にゃーん」と鳴くと、夫人の涙が治まっていった。

 夫人はほんの少しだけ冷静になり、使用人に支えられ猫を抱いたままリリアージュの元に行った。


 改めて愛娘の顔を見ると酷く窶れていた。嫁ぐ前は元気で溌剌としていたのに、シエルバ伯爵家でどんな扱いを受けていたのだろうか。

 メディウム男爵夫人はそっとリリアージュの頬を撫で、

「貴女の大切なお友達が来てくれたのよ。安心してこの子のことは私も大切にするから」

 この言葉をきっかけにメディウム男爵夫人はリリアージュにたくさん語りかけていた。側にはずっとアビーが寄り添っていた。


 シエルバ伯爵家の家門や親戚も集まり、葬儀は重々しく静かに、滞りなく終わった。

 リリアージュとの最後の別れが近づいていた。


 棺を乗せた二頭立ての馬車は出発の合図を待っていた。

 メディウム男爵夫人は憔悴が激しく、ひとりで立っていることが出来なかったため、埋葬までは立ち会えそうになく、寄り添ったリリアージュの弟ルーカスと共に、この場で彼女とのお別れをするようだった。


 メディウム男爵もふらふらとした足取りで、顔色がとても悪かった。力を振り絞り後方の馬車に乗り込んでいった。


 エクウスの合図と共に馬車はゆっくりと出発した。

 馬車を見送る人々から嗚咽の声とリリアージュを偲ぶ声が聞こえていた。


 エクウスは棺の乗っている馬車の方向をずっと見ていた。

 殆ど不眠不休で葬儀の準備や使用人たちの制裁をこなし、身体は酷く疲れていたが、頭だけは冴えている。

 ずっとリリアージュのことを考えている。


 エクウスは自分を酷く許せないでいた。悲しみよりも深い後悔が押し寄せていた。

 どうして自制出来なかったのか、もし酒を薦められなければ、考えてもキリがなかった。

 最後に行き着く答えは自分の愚かさだけだった。


 シエルバ伯爵家の嫡男としての教育は完璧にこなしていたはずだ。いや、そんなことは嫡男として当たり前の義務だ。自信満々であった義務さえこなせていない。

 悲しすぎると涙も出ない。まだ、現実を受け止めきれない。

 エクウスは馬車の中でただひとり、大波のように押し寄せてくる後悔と、押し潰されそうな胸の痛みにじっと耐えるだけだった。


 ♢♢♢


 リリアージュの棺を乗せた馬車が走り出すと、アビーは寄り添っていたメディウム男爵夫人の元を離れ、馬車を追いかけた。


 嫌だ。リリアージュから離れたくない。置いて行かないで。僕をまたひとりにしないで。

 アビーは二頭立ての馬車を追いかけ必死に走った。馬車は普通の速さだったが、猫のアビーにとって付いていくのがやっとだった。


 馬車が出発した時、アビーは棺を乗せた馬車に並走するように走っていたが段々遅れだし、辛うじて今は最後尾の馬車の後ろを走っている。


 暫く走っていると前足も後ろ足も感覚が失くなってきた。

 爪は所々剥がれ血が滲んでいる。

 馬車から小石が跳ね常に身体の何処かにあたる。痛みに堪えてひたすら前だけを見て走る。

 すると少し大きな石が額にあたり血が滲んで視界が悪くなってしまった。


 力を振り絞り走ったが、追いかけても追いかけても、馬車との距離が離れていく。

 やがてアビーに限界が来た。

 息も絶え絶えになり視界が真っ暗になった。

 アビーは馬車に追い付くことが出来なかった。


 アビーが倒れた場所は幸いな事に街道の端だったので、他の馬車に轢かれることはなかった。

 全身泥まみれで横たわり呼吸も浅くなっていた。


「あなた、大丈夫?」

 街道の側に住む小さな女の子がアビーに声をかけてくれたが、彼は声を出すことが出来なかった。

 少女は家に母親を呼びに行き、その後アビーは母娘に保護されていた。


 アビーが目を覚ますと、顔、前足や後ろ足に薬草と布が巻かれ、木箱に布を敷き詰めた特製のベットに寝かされていた。

 見慣れない少女がアビーの様子を見て、

「ママぁ~。猫ちゃん起きたよぉ~」

と、母親を呼びに行った。

「まあ、よかったわ」

 母娘は両手を握り合いアビーの目覚めを喜んでくれた。

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