27 真実と現実
「全員給仕係か?」
「はい」
エクウスは給仕係全員の顔を見渡し聞いた。
「妻の給仕係は誰だ?」
「···恐れながら、奥様専属の給仕係はおりません」
「はっ?私が仕事で出ていた時は誰が妻の給仕をしたんだ?」
「···」
給仕係の全員がうつむき無言だった。
「給仕の仕事がない時はどうしていたんだ?」
「カトラリーや食器などの整理やメンテナンス。後は交代で休んでいました」
「誰かに命令されたことはあったか?」
「命令ではございませんが、仕事が暇な時は、順番に休暇を取ってよいと侍女長と執事長に言われました」
「妻の給仕は要らないと言われたのか?」
「お、奥様はご自分でお出来になると侍女長に言われましたので、旦那様がいらっしゃらない時は奥様に給仕はしておりません」
「ほう。リリアージュはシエルバ伯爵家の、私の妻ではないと、そう言うのか?何故、主人と同様に仕えないのだ?」
「奥様は旦那様に冷遇されていて離縁も近いからと、侍女長が申していました···」
「夫婦間の事は君たちには関係ない。わかった。君たちは集団で職場放棄をしていたのだな。全員自室で謹慎だ」
給仕係の全員が青い顔で執務室を出て行った。
「トニー。使用人たちの勤務状態を把握していたのか?」
「えっ、えっと、業務日誌とシフト表は毎日見ていました」
トニーが慌てて答えると、
「紙切れだけでは何も分かるまい。今まで定期的な打ち合わせや使用人たちとの個別の話し合いの場などは一度も設けなかったのか?」
エクウスの溜め息混じりの呟きに、トニーはただ黙ってうつ向くだけだった。
「エントランスに下男と下女を集めてくれ。私はリリアージュの一階の私室の様子を見てくる」
使用人たちの態度に呆れ果てていたエクウスは小休止するために、庭に面したリリアージュの私室に向かった。
リリアージュの私室の前に大きな籠が置いてあった。中にはシーツや服が入ってあった。
「なんだこれは?まさか、洗濯まで···邸の使用人たちは無能な奴ばかりか?」
リリアージュの部屋は綺麗に整えられていたが、ベットの上に洗濯したシーツと服などがそのまま置いてあった。彼女はひとりでシーツを替え、着替えをクローゼットに仕舞っていたのか···
リリアージュはトニーたちに何故不平や不満を口にしなかったのか?言えなかったのか?
エクウスは主治医に処方された薬のお陰で二日酔いの頭痛と吐き気は治まったが、種類の違う頭痛と吐き気が襲ってきた。
自分の妻であるにも関わらずリリアージュのことが何も見えていなかった。
エクウスはソファーに座り両手で顔を覆って、心の中でリリアージュに対し反省と謝罪を何度も繰り返していた。
自分にも罰を与えなければ···エクウスは呟きながら気持ちを切り替えエントランスに向かった。
エクウスがエントランスに到着すると下男と下女全員が集まっていた。
「トニー、料理人の下働きのジャンを呼んでくれ」
「かしこまりました」
「妻のランドリー担当の下女は誰だ?」
「私でございます」
ランドリー担当の下女は新人で十代前半の少女だった。少女は青白い顔でうつ向き両手を前で固く握りしめ肩を震わせていた。
「妻の一階部屋の前に大きな籠があったのだが、なんのためなんだ?」
「奥様は···とてもお優しい方で···私は言われた通りに···でも···申し訳なくて、洗濯するものを籠に入れてもらっていました」
「洗濯をしなくて良いと言われたのか?」
「あっ。···はっ···はい。···それで···せめてもと、籠を置かせてもらいました」
「···わかった」
エクウスは大きく溜め息をついた。自分が留守にしなければ、妻をもっと労ってやれば彼女は辛い思いをしなかったのかもしれない。
シエルバ伯爵家の今後の事を考えれば、リリアージュの死因は事故死と言うことにしなければならない。
エクウスは両手で頭を抱えていた。
「旦那様、お呼びでしょうか?」
怯えた顔のジャンが立っていた。
「君の目から見て、妻に親切にしていた者を教えてくれないか?」
「はい。···えっと、私が知っているのはランドリー係のこの娘と、あとは清掃係のこの娘たち三人です」
「わかった。また、呼ぶかもしれない。料理長はクビにしたので、君に軽食の準備をしてもらおうと思っているが、簡単な物で良いが出来そうか?」
「わ、私がですか?·······はい。一生懸命やらせていただきます」
「トニー。料理人たちにはジャンの言うことを聞くように徹底させてくれ。嫌がらせをしたり逆らった者はクビにしてくれ」
エクウスは下男と下女を下がらせ、それぞれの仕事をするように命じた。
朝までにリリアージュの葬儀についての話し合いと彼女の実家に連絡をしないといけない。
リリアージュの異変に気づき昼過ぎから使用人たちを呼び出し、一部の者たちに罰を言い渡していると外は暗くなっていた。
翌朝になった。
エクウスと執事や使用人たちは仮眠を取ったものの、ほとんど不眠不休で葬儀の打ち合わせをした。
メディウム男爵家には早馬を出したので、家族は昼頃には邸に到着するだろう。
納棺されたリリアージュは薄化粧が施され、まるで眠っているような穏やかな顔だった。
エクウスは棺の中の彼女の顔を一度見たきり、再び見ることができなかった。
死なせたのは間違いなくエクウスだ。
妻と子を死なせたのだ。
酩酊状態で記憶になかったことなど、言い訳にはならない。現実は決して覆らない。
エクウスはリリアージュの棺を遠目で見て、彼女の死を心に深く刻み付けた。




