24 酒場での話
リリアージュは使用人たちの態度に違和感を感じながらそれとなくトニーに確認したが、使用人たちの数は足りているようで特に問題はなさそうだった。伯爵家の女主人として過重労働を強いるつもりはない。
エクウスが不在なため来客もなく、どちらかといえば普段よりも仕事は多くないはずなのだが。
リリアージュはトニーに使用人たちの態度について具体的な指摘をせず、数日様子を見ることにした。だが、使用人たちの態度に変化はなかった。
エクウスからあと数日で伯爵家に帰る旨の手紙がリリアージュ宛に届いた。リリアージュは彼の自室を整えるように侍女長のローザと執事長のトニーに伝えた。
リリアージュは3日前から体調を崩していた。
食欲がない上に冷えきった食事に辟易していたが、ジャンが内緒で差し入れてくれるカットした果物なら食べることができた。季節の変わり目で風邪をひいたのかもしれない。今朝は微熱があり目まいがする。
リリアージュは明日エクウスが帰宅したらお医者様を呼んでもらうつもりでいた。
明日帰宅予定のエクウスだったが、商談が順調に終わり、昼過ぎにはシエルバ伯爵邸の近くの街に到着していた。リリアージュにお菓子でも買って帰ろうと馬車を近くに停め街を歩いていた。
すると見知った顔の男が声をかけてきた。先日シエルバ伯爵邸に招待した学園の旧友の1人だった。
「これはこれは、シエルバ伯爵様。この間はお屋敷に招待していただきありがとうございました。お急ぎでなければ少しお話しませんか?」
男は右手でお酒を嗜む仕草をしながらエクウスに声をかけた。既に男からはアルコールの匂いが漂っていた。
エクウスは仕事が一段落したこともあり男の誘いに乗ることにした。
「ああ、少しなら付き合おう。それで、この時間から酒を出す店を知っているのか?」
「ええ、ご案内いたします」
男は酒の匂いがするものの足取りはしっかりしていた。
エクウスは護衛を呼び御者に馬車を移動させ夕方まで待機するように命じた。
男が案内したのは大通りから1つ路地を入った所にある、狭くてカウンターがメインの洒落た内装の上品な店だった。
「なかなかいい店じゃないか」
エクウスは思わず呟いた。
「ええ、そうでしょ」
男は自慢げに頷いた。
男は常連らしく手早く二人分のつまみとウイスキーを注文していた。
エクウスは出されたウイスキーを一口のみ香りの良さに思わず納得して頷いた。
「なかなかいけるでしょ?」
と、男は得意気に囁いた。
「つまみもいけるんですよ」
男はジャーキーを口にして大きく頷いた。
エクウスはジャーキーとナッツに舌鼓を打った。セットのつまみもとても気に入り酒がすすんだ。
エクウスは居心地の良い空間と酒に酔いしれていた。伯爵家嫡男として求められる責任感や正義感。ストレスの捌け口として夜に酒をのむ事が多かった彼にとって、自身の身分に全く重圧を感じず、ただ好きなものをつまみながら酒を楽しむ事
、そんな些細なことを新鮮に感じていた。心が軽くなり大して親しくもない男に口が軽くなった。
「最近優しく寄り添ってくれる妻に手を上げてしまうことがあるんだ。自分の弱さに呆れてしまうよ。ああ、すまない。聞かなかったことにしてくれ」
エクウスはため息を吐き呟いた。
「エクウス様は学生時代からとても真面目でいらっしゃるから。近くで見ていて心配だったんですよ。少しでも良いので自分を開放して差し上げたらと」
「それはどういうことだ?」
エクウスは目を丸くして男に詰めよった。酒に酔い動作が大きくなっていた。
「エクウス様は勉強一筋で、他の者たちと遊びなどなされなかった。放課後に友人と連み、下らないことを言い合ったりしたことなどないのでしょう」
「···」
「ほら、そういうところですよ。何事も真面目に考え過ぎるのです。笑って誤魔化すくらいのほうがよいのですよ」
「そうかもしれない。早く父に追いつきたいと焦っていたのかもしれない」
「貴方様の立場なら仕方がないかもしれません。私の勝手な思いですが、学生なのにもう少し遊ばれてはと思っていました」
男はエクウスに彼の知らないであろう学生時代にあった出来事などを話して聞かせていた。エクウスは時に驚き笑い合い、男との時間を楽しんでいた。
「妻と結婚して2年になるが、まだ子どもに恵まれていないんだ。彼女を心から愛しているのに離縁するのは辛い。でも、シエルバ伯爵家のことを考えると跡継ぎは必要なんだ」
エクウスは今まで誰にも打ち明けることが出来なかった最大の悩みを男に漏らしてしまった。
男はう~んと唸り、
「奥様のご実家のメディウム男爵家をお調べになりましたか?最近羽振りがいいようですよ」
「そうなのか?知らなかった···」
エクウスは落胆し怒りを滲ませた。
男はしたり顔で、
「奥様の替わりなどエクウス様ならいくらでもいらっしゃいます。私ならいつでもご紹介させていただきますよ。跡継ぎの問題も直ぐになくなります」
「ありがとう」
と、エクウスは笑みを浮かべていた。
男は最後の話を印象づけるとさっさと店を後にした。
シエルバ伯爵家の後ろ楯があるメディウム男爵家を妬んでいた男はほくそ笑んだ。奥様と離縁とまではいかなくても夫婦仲に波風ぐらいは立てられそうだと。
シエルバ伯爵家の援助がなければメディウム男爵家は傾き、やがて男は自分の領地と隣接するメディウム男爵領を手に入れる準備をするつもりでいた。




