23 学友たちとの交流会
本来ならシエルバ伯爵邸で正式に夜会やお茶会などを開き、事業や商談などの場を設け、伯爵家の仕事を宣伝しても良いのだが、格式重視で綺麗事だけの上流階級の貴族たちの情報ならすでに把握している。
それに筆頭伯爵家の夜会ともなれば、招待状を出したとしても下位貴族は参加しにくいだろう。
エクウスは出来れば下位貴族や庶民との意見交換をして、商品のヒントや新たな販路、顧客を広げるための情報を得たかった。商品の価格帯や需要など生の声が聞きたかった。
多様な情報を仕入れるためには、少しくらいの無礼な振るまいなど、今のエクウスにとっては些細なことだった。
「シエルバ伯爵様。今日は奥様はいらっしゃらないのですか?」
酔った男がエクウスに寄ってきたが、エクウスは下品な男たちに愛らしいリリアージュを下卑た目で見られるだけでも嫌悪感を感じていた。
「ああ、少し体調を崩していてね。明日の午前中にでも紹介しよう」
明日の午前中なら酔いつぶれた男たちには、リリアージュを会わせなくて済むだろうと軽く受け流した。
「そうなんですか。残念です。お若くて可憐な女性だと聞いて是非とも奥様にご挨拶したかったのですが···」
「ありがとう。妻に伝えておくよ」
エクウスは名も知らぬ男の言葉に吐き気がした。
本当はリリアージュに挨拶させるつもりでいたが、酒が入り昨夜また彼女の頬を打ってしまった。
聞き上手なリリアージュに甘えてしまっている自分に腹立たしく、今朝少し頬の腫れた彼女の顔を見るのが辛かった。
エクウスは明日の朝食の時に彼女に謝罪し、旧友たちと挨拶を交わして貰おうと思っていた。
リリアージュと結婚してから2年になるが、まだ子どもが授からない。エクウスは伯爵家の跡継ぎのことや彼女との今後を真剣に考える時期にきていることを痛切に感じていた。
リリアージュが望むなら彼女との離縁も視野に入れなくてはならない。
今までの妻たちとは違い、エクウスはリリアージュを手放せる自信がなかった。
しかしこちらの都合ばかりを押しつけるわけにもいかず、彼女の事を考えるならこれから先の
生活に困らないように金銭的な援助をすることも視野にいれていた。
若い彼女ならやり直せることが出来る。
だかエクウスはリリアージュの気持ちを聞く勇気がなかった。
学友のたちの交流会は無事に終わり、エクウスはいくつかの商談を整えることが出来満足していた。
交流会の後、エクウスは1ヶ月をかけて領地の視察と商談に出ることにした。
エクウスはリリアージュと距離を置き、伯爵家の跡継ぎの問題や今後の夫婦の事を考える時間を設けることにした。
エクウスはリリアージュに伯爵家を仕事で長期間離れることを説明していた。
彼女が嫁いできてから1ヶ月も離れるのは初めてだった。
伯爵家の主要な使用人たちも替わり若干の心配もあったが、彼らにはリリアージュを貴ぶように命じていた。
エクウスはリリアージュと使用人たちに見送られシエルバ伯爵家から旅立って行った。
リリアージュはエクウスから離れることに寂しさを感じながらも、彼が無事に帰還することと、仕事の成功を毎日願いながら日々の生活を送っていた。
エクウスが旅立った後リリアージュの侍女たちがよそよそしい態度に変わっていった。不敬にはあたらないし、雑に扱われているわけでもないが遠巻きにされているような態度だった。
リリアージュは侍女たちの態度に気づいていたが、仕事に不馴れで自分にまで手が回らないのかと気を遣い、自分で出来ることは自らするようになっていった。
元々実家でも朝の支度や湯浴みなど人の手を借りなくてもいいように躾られていた。外出が少ないし普段はシエルバ伯爵家でもひとりで着替えられる簡素なワンピースで過ごしている。
エクウスが旅立った後リリアージュは、庭に面した自室で過ごしていた。
起床後すぐに簡素なワンピースに着替え、タオルを持ち庭に出て朝日を浴びる。育てている植物を見て回り、庭にある手洗い用のシンクで顔を洗い、食堂に行って朝食をとった後、料理人の下働きをするジョンの所へ寄ってアビーの食事をもらい自室に戻る。
エクウスと一緒にとっていた朝食とは違い、給仕する者も不在でスープの具も少なく朝食は冷えていた。
リリアージュはパンを一つ持ち自室に戻りアビーと一緒に食べることにした。
以前はリリアージュが朝食を取っている間にランドリーメイドがシーツの交換と洗濯物を持って行ってくれていたが、3日程前からランドリーメイドが来なくなった。仕方がないのでランドリーメイドの所に行くと、
「申し訳ありません。こちらの籠に洗濯物を入れていただき、お部屋の前に置いてくださいませ」
と言われ、深々と頭を下げられた。
「わかったわ。新しいシーツの交換は自分で出来るので着替えと一緒に部屋に置いておいてね」
リリアージュは青い顔をして頭を下げるランドリーメイドの元を後にして執務室に向かった。
「トニーちょっといいかしら。使用人たちの人手は足りているのかしら?シフトはどうなっているの?」
「シフトに関しては問題はありません。仕事に不馴れなだけだと思います。もう少しお時間を下さい」
「お願いね」
リリアージュの問いかけに新執事長のトニーはシフト表を見ながら事務的に答えていた。




