16 会合での出来事
「これは隣国での話なのですが、不妊の原因は夫の方にもあると···それで、私共の商会ではご夫婦で飲んでいただく薬茶のご用意がございます。もし宜しければお試しに飲んでみてはいかがでしょうか?もちろんこの国の薬師に、成分の安全性を確認させてあり、ご心配はございません。とても不快なお話をしてしまいましたので、料金をいただくつもりはございません」
エクウスは少し不愉快になったが、他国にも自ら足を運んでいる商人の言葉に説得力を感じていた。
「そういうこともあるかも知れないな。では遠慮なく貰うことにしよう」
ヴォルガはうつむき加減だった顔をあげ、
「さすがはシエルバ伯爵様、余計なお世話だと叱責を覚悟しておりました。すぐに新しい物を取り入れられる柔軟な考えのお方だ。貴方様とのご縁が出来て光栄に思います」
ヴォルガは頭を下げながら自慢気な顔をしていた。
得意気なヴォルガの顔を見ながら、エクウスは直感で、底が知れないが信用できる男だと思った。
噂話や誹謗中傷の延長ではなく、親身になって話をしてくれているのがわかり正直嬉しかった。
夫婦間の跡継ぎ問題は貴族の間ではデリケートな部分である。今後の商売に繋がるとはいえ、高位貴族のエクウスに、この手の話を切り出すのには勇気がいっただろうと思った。
不敬罪だと騒ぎだす者がいても不思議ではない内容の話である。
「そういえば、確かシエルバ伯爵さまの奥様は、メディウム男爵家のお嬢様でしたね?一度お会いしたことがあるのですが、聡明で美しいお嬢様でした」
「ありがとう。私も良い妻だと思う。メディウム男爵は会合に参加してないようだな」
「メディウム領は流感の煽りと、領地の再建にお忙しいのだと思います。シエルバ伯爵様の元で、お嬢様がお幸せであればご安心でしょう」
シエルバ伯爵領に戻ったら、メディウム男爵領の状況も調べてみようと思った。
「シエルバ伯爵様。今日は有意義なお話ありがとうございました。また、お声掛けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、君と話をするのは楽しい。近くに来たら領主邸にも寄ってくれ」
「ありがとうございます。是非領主邸にもお伺いさせていただきます」
ヴォルガは深々と頭を下げ、エクウスとの話に満足し、嬉々とした様子で常連で親しい参加者たちの輪に入っていった。
エクウスも他の参加者たちの集まりに顔を出しに行った。
エクウスは、少し酔いが回り酒癖の悪い年配の男に絡まれてしまった。
「やあ、シエルバ伯爵様。会合に参加されるとは珍しい事もあるのですな」
酔った年配の男は足取りも覚束ない様子で近づきエクウスに話しかけた。
「貴方は···ティミド子爵ですか?」
エクウスは父親と同年代の男に確かめるように聞いた。
「ああ、これは嬉しいな。顔を覚えていてくれていて光栄だよ。前シエルバ伯爵様のシュヴァル様と私は学園時代の友人だったんだよ」
酔いのまわったティミド子爵は自慢気に話していたが、エクウスは予め参加者の名簿を確認していたので、全くの感で男の名前を言っただけだった。もちろん父親からティミド子爵の話を聞いたこともない。
「父親は学生時代どんな生徒でしたか?」
エクウスは酔った年配の男と話を続けるのは嫌だったが、父親の学生時代の話に少し興味をもった。
「シュヴァル様はとても優秀な学生だったよ。フェミナ伯爵令嬢とは学園で知り合って結婚したんだよ」
「ええ、父と母から聞いています」
「シュヴァル様はとても優秀で、当時の王太子様の側近候補だったよ。シュヴァル様の従兄弟のボーランド子爵令息のランドル様と、フェミナ伯爵令嬢は幼馴染みで学年もクラスも一緒。二人はとても仲がよかったね。当時の私は、ボーランド子爵令息様とフェミナ伯爵令嬢が結婚すると思っていたんだが···」
「えっ。騎士団長のランドル・ボーランド様ですか?」
「そうだよ。領も隣同士で子供の頃から家族ぐるみの付き合いがあったらしいよ。学園の長期休暇も仲良く二人で領地に帰っていたしね。シエルバ伯爵様と婚約したと聞いた時は、クラスメイトもびっくりしていたな」
「そうなんですか···聞いたことがなかったです」
「シュヴァル様が在学中に婚約を申し込んだのも、二人の仲の良さに嫉妬していたのかな?フェミナ伯爵令嬢を一途に愛していらっしゃったからね」
「はい。父と母はとても仲がよかったです」
「貴方の体格は武官が多いフェミナ伯爵家の血だね。ご立派になられましたね」
「ありがとうございます。では、楽しい夜を過ごしましょう」
エクウスはティミド子爵との話を切り上げ、知らなくて良いことを聞いてしまったかのように、もやもやとした気分になった。
ランドル様と母の仲が良かった···
そういえば、母は事あるごとに実家のフェミナ領に帰っていたような···
父に隠れてランドル様と会っていたのか···
母に限って不貞などあり得ないが。
父のシュヴァルと最後に交わした言葉が急に気になった。
「シエルバ伯爵家の血筋に拘らなくてもよい」
離縁したばかりの自分への慰めの言葉ではなかったのか···