14 野良猫との出会い
「まだあるんだ」
エクウスはそう言うと、庭に面したテラスを通り部屋の扉を開けた。
「ここは、リリアージュの部屋だ。好きに使うといい」
「えっ、ええっ?····まあ、なんて素敵なのかしら···本棚に机。ああ、ソファーにベットまで···はあ~」
リリアージュは腰が抜けたように、部屋にあったソファーに座り込んでしまった。予想外の事に頭がついていかないようだった。
リリアージュはしばらく両手で顔を覆っていた。
「リリアージュ、大丈夫かな?」
エクウスが堪らず声をかけた。
「はい···。とても驚いたので、少し疲れてしまいました。エクウス様、本当にありがとうございます。どんな言葉を使ったら伝わるのでしょうか?嬉し過ぎて言葉になりません」
「充分伝わっているよ。リリアージュが喜んでくれて嬉しいよ」
「こんな素敵なお部屋まで用意してもらえて、わたくしとても幸せです」
エクウスはリリアージュの隣に座り、優しく頭を撫でていた。
リリアージュは日中の殆どを庭に面した部屋で過ごすようになった。
動植物の図鑑や専門書など、エクウスはリリアージュの希望の物を揃えてくれる。
リリアージュは自らも庭の手入れをし、幸せを感じながら日々を過ごしていた。
結婚してから3ヶ月を過ぎた頃、庭に一匹の猫がふらふらと迷い込んで来た。成猫にしては小さく痩せ細り元気がない様子だった。
リリアージュは猫を驚かせないように、ゆっくり近づき抱き上げた。猫は酷く汚れていた。
怪我がないか確認のためにもまず、身体を洗うことにした。ゆっくり丁寧に身体を洗い、怪我の有無を探っていた。怪我がなくてよかった。
最初は抵抗していた猫も、体力が落ちていたのか、お湯が気持ちいいのか大人しくなった。
身体の汚れを落とした後、優しくタオルにくるんだ。猫に食べさせるため、薄い塩味を効かせた魚の骨から取ったスープを持ってくるようにメイドに頼んだ。
猫の口元にスープを近づけると食べてくれた。食べられる元気があってひと安心だった。
「あなた綺麗な瞳をしているわね。緑に茶色が混じっているのかしら?毛の色も薄茶色なのに、光を浴びると金色に見えるし···あなた本当に綺麗だわ」
猫はリリアージュの言葉に首を傾げていた。
「あなたがここにいられるように、エクウス様にお願いしてみるわね。帰る所があるのなら無理にとは言わないわ。元気になるまではここにいて頂戴ね」
『にゃー』
「まあ」
リリアージュは返事をしたように鳴いた猫に頬擦りをした。
リリアージュは、野良猫が元気を取り戻すまで保護する事を決めていた。気ままな猫の事だ、元気になれば知らぬ間にどこかに帰って行くだろうと思っていた。
猫に名前はつけた方がいいのだろうか?と考えたが少し様子をみようと思っていた。必要以上に情が移ると別れが辛くなる。
猫はとてもリリアージュに懐いていた。
リリアージュにいつも寄り添い離れようとしない。
エクウスとの約束で、猫には邸の2階以上は上がらないように躾ていた。彼は物分かりが良く、2階には上がろうとしなかった。
猫は元気になったが、ずっとリリアージュと一緒にいる。日中は一階の彼女の部屋と庭を行き来して過ごしている。
リリアージュは野良猫にアビーと名付けた。
猫がやって来た日はちょうど庭で、アイビーという植物を植えていた所だった。
猫も名前が気に入ったのか『にゃーん』と返事をしてくれた。
エクウスが仕事で家を空ける時は、リリアージュとアビーは一階の彼女の部屋で一緒に寝ていた。
使用人たちもアビーをとても可愛がった。
猫好きの料理長はアビーに美味しいものを貢いでいる。
執事やメイドも休憩時間にアビーの様子を見に来ていた。
しかしアビーは何故かエクウスだけには懐かなかった。
楽しい日々はあっという間に過ぎ、アビーと出会ってから半年が過ぎようとしていた。
今年の冬は風か強く寒い日が長く続いていた。
王国全域で、悪質な風邪が流行し始めた。
シエルバ伯爵領内でも、悪質な風邪は猛威を振るっていた。それはシエルバ伯爵邸も例外ではなかった。
使用人の中には重篤な容態になる者や死者も出た。
家族が風邪にかかり、家の事情で退職をする使用人もいた。
幸いエクウスとリリアージュは風邪にはかからなかったが、信用していた使用人の半数は退職を余儀なくされ、シエルバ伯爵家の使用人は半数以上入れ替わってしまった。
エクウスも仕事が上手くいっていないようで、時にはリリアージュに強くあたることもあった。
リリアージュは不平不満を一切言わず、黙ってエクウスの叱責に耐えていた。
夜になるとエクウスはお酒の量が増えてしまいつい、リリアージュに手を挙げてしまった。
エクウスは自分の行いを後悔し、翌日リリアージュに頭を下げて謝った。
「リリアージュ。少し酔っていたとはいえ、君に暴力を振るってしまい申し訳なかった。深く反省している。どうか私を許してくれないか?」
「わかりました。エクウス様はきっとお疲れなのです。わたくしの事はどうぞお気になさらないで下さい」
リリアージュはまだ腫れている頬を手で隠しながら微笑んで、エクウスの謝罪を受け入れた。




