9 王都への道程
リリアージュの買い物に同行している侍女は驚きを隠せなかった。
貴族女性の買い物といえばその土地で採れる宝石や、珍しい生地のドレスなどと相場は決まっている。シエルバ伯爵家は高位の貴族だ。
侍女は伯爵夫人の買い物に同行すれば、この土地ならではの高価な宝石や、珍しいデザインのドレスを眺めることができ、目の保養が出来る事を期待していた。侍女の身分では入ることの出来ないブティックや宝飾店なども、伯爵夫人と一緒なら入ることが出来る。
だが、リリアージュは宝石やドレスなどには目もくれず、花の種や苗木に興味を持っていた。
花の種や苗木など高価な宝石やドレスに比べると微々たる価格である。
「奥様、宝石やドレスなどはご覧にならなくても大丈夫でしょうか?」
侍女はさりげなく自分の欲求を伝えてみた。
「ええ、伯爵家のクローゼットにはまだ袖の通していないドレスや、身につけていない宝石がたくさんあるから必要ないわ。わたくしが欲しいのは花の種や苗木かしら」
「···しょ、承知いたしました。ご希望の物を控えさせていただきます」
「まあ、ありがとう。では、これと、あれも···全部は無理かしら?」
「大丈夫です···手持ちの現金でお支払が出来ます」
「まあ、よかったわ」
自分の身分では出来ない豪華な買い物に憧れていた侍女は、リリアージュの欲のなさに落胆してしまった。今回の旅の同行の件で使用人たちは話し合いをし、特に女性の使用人は奥様の買い物の同行があるため、我先にと名乗りがあがっていた。
使用人たちだけでは人選が思うように決まらず、最終的に執事が立候補した使用人の中から同行する者を選んでいた。
侍女は気を引き締め、リリアージュの希望を叶えるため、聞き慣れない花の種や苗木の名称、数に間違いがないよう真剣にメモを取っていた。
「奥様、こちらでよろしいでしょうか?」
「ありがとう。間違いないわ」
「店主はいますか?」
侍女は店員に声をかけ店主を呼んでもらい、買付けたい物のリストを手渡し、代金の清算と荷物の手配を依頼していた。
リリアージュも店主の元に行き、花の育て方や店主の勧める苗木などを追加で注文していた。
欲しいものが手に入り満面の笑みのリリアージュに、侍女は不本意ながら役目を終えほっとしていた。
その後は庶民が出入りするような雑貨屋で、リボンや花籠、動物を模した小さな置物を買い求めていた。
今回の買い物で、伯爵から現金を預かっていた男性の使用人から、預かっているお金の1/3も使っていないことを聞かされた侍女は、複雑な表情をしていた。
買い物の明細と金額を伯爵に報告することになっている侍女は、
「旦那様にどう報告したら···」
とため息混じりに呟いた。
夕食の時間になり、リリアージュは着替えを済ませ食堂に向かった。
席に着いていると少し遅れてエクウスが食堂に入ってきた。
「少し遅れてしまったかな?」
「いいえ。わたくしも今、来たところです。エクウス様は時間通りですわ」
二人は食事をしながら街の雰囲気や買い物したことなどを話していた。
「君は花の種と苗木を買ったそうだね」
「はい。とても良い買い物ができました」
「伯爵領に帰ったら君専用の庭をプレゼントしよう」
「まあ、素敵な贈り物に感謝します」
夫婦の微笑ましい会話に使用人たちも笑みを浮かべていた。
王様との謁見は明後日の午前中に行われる予定なので、明日は早朝に出発する予定になっていた。
リリアージュは夕食後に湯浴みを済ませ、早めに就寝することにした。
エクウスは宿まで訪ねてきた領主と、仕事の話があり、就寝するのは遅くなるらしく、先に寝ていて欲しいと告げられた。
リリアージュが目を覚ますと、隣にエクウスが寝ていた。
夜明け前の薄明かりの中、艶やかな髪と整った顔立ちのエクウスに見惚れてしまった。十歳以上の歳の差を全く感じなかった。むしろ彼の醸し出す独特の色香に胸が躍っていた。
エクウスはリリアージュの熱い視線に気がついたのか、ゆっくりと目を開けた。
「どうしたの?」
エクウスの言葉にハッとしたリリアージュは我に返り、
「旦那様のお顔がとても美しいので、見入ってしまいました」
エクウスは「ありがとう」と呟いて、目線を逸らし真っ赤な顔になったリリアージュの頰に、優しいキスをした。
旅支度を整えたシエルバ伯爵一行は道中、昼食と休憩を兼ねて途中の街に立ち寄り、それから王都に向かった。夕方には王都のタウンハウスに到着する予定だ。
王都に近づくにつれて人が増えはじめ、徐々に活気が溢れてきた。
王都にあるシエルバ伯爵家のタウンハウスは、王宮の東側の高台にあり、街の繁華街からは離れており、景色もよく広い土地の中のふ静かな場所に建っている。邸の部屋の窓からは王都の街並みの一部が見渡せた。
伯爵邸の隣には大きな森と湖があり、他の貴族たちの屋敷とは距離があった。
緑の木々の中、白を基調とした建物が映える。
正門を入ると邸に続く路の両側には、均整の取れた庭が広がっていた。邸の前には大きな噴水があり、美しい水柱が上がり太陽の光に反射してキラキラと光り輝いた。
王都に滞在するときにだけ使われる建物とは思えない程大きな邸だった。
「わぁ」
リリアージュは目を輝かせ、感嘆の声が漏れていた。




