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レンズ越しの君へ

作者: またり鈴春

 私の彼氏は、とても無口な人だ。私が話しかけても、ただ笑ったり、何も答えないことがある。


 最初は不満が募ったけど、三年も一緒にいれば、今はもう慣れたものだ。


 高校一年生の入学式――彼と同じクラスになって、一目ぼれをした。

 背は高い。髪は少し短いかな。私と同じ黒色。夏はすっごく日焼けして、冬はすっごく白くなる人。目はキリッとしてる。切れ長って言うのかな。


 それと、彼を語る上で欠かせないのが――写真を撮るのが趣味ってこと。


 無類の写真好きの彼は、小さな頃からカメラをいじってきたらしい。だからカメラの事に詳しいし、撮影にも余念がない。だから休日のデートは、ほぼ毎回といっていいほど写真を撮っていた。思い返せば、二人で色んな所に行ったなぁ。


 一面お花畑な場所。ウユニ湖みたく自分の姿が写し鏡になる場所。あとは、海にも。


 あ、唯一行ってないのは山かな?


 彼いわく、どうしても山に登れないんだって。帰宅部だから体力が無いのかな?って、私は勝手に思ってる。っていう感じで、彼のことは何となく分かる。三年の付き合いだしね。


 だけど、一つだけ分からない事がある。

 それは最近……というか、結構前から気になってた事なんだけど。


 写真が趣味という彼に、この三年間――一度も写真を撮ってもらった事がない。


 三年間、一度もだよ?ひどいよね?いつか「何で撮ってくれないの?」って言ってもスルーだった。言い訳の一つでもしたらいいのに。


 私が被写体になるのが、そんなに嫌なのかな?まぁ……確かに、って思うところもある。だって彼が撮った写真は、SNSの写真共有サイトにアップしてるから。

 しかもプロ並みの腕前だから、フォロワーがすごく多い。だから、私が写ってたら色々厄介……ってのも分かるよ?フォロワーから私の事で質問が来るだろうし。


 でもさ、SNSにアップしてない写真に関しては、撮ってくれてもいいと思わない?だって私、彼女だよ?


「ねー、今日も撮ってくれないのー?」

「……」

「またスルー……」


 学校の帰り道。いつもの様に彼と帰ってる。けど、なんか寂しくなってきた。私って必要?いらないんじゃない?って思っちゃって。


 彼氏に口もきいてもらえない、写真も撮ってもらえない――そんな彼女、この世で私一人なんじゃない?そんな彼女は、彼女って言わないんじゃない?彼女失格なんじゃない?って。


 そう思うと、彼との関係が虚しくなって。そして寂しい。


 それに私、見ちゃったんだ。


「SNSに写ってた女の子。あの子、誰?」

「……」

「普段から喋らないのに、都合の悪いことに口を開くわけないよね……」


 さっき、彼がスマホの写真フォルダを眺めてる時に見ちゃったんだけど……。彼の撮った写真の中に、女の子が写ってた。彼がサッとスマホを隠しちゃったから、細部までは見れなったけど。髪が長い女の子だった。


 その子を見た瞬間に、悲しくて悲しくて。涙がポロポロ出た。だって、彼女の写真は撮らないのに、彼女以外の女の子の写真は撮るんだよ?酷くない?ありえないよね。


 そう、思ってるのに。


「今年こそ、山……行くか」

「え、山!?」


 この人の突拍子もない意見に、いつも振り回される。だけど、その刺激に魅了され、満たされちゃう私。


 さっきまで悲しんでいた気持ちに蓋をして、早々に山へと意識を切り替えた。



 ついに、山に来た。


 彼に「私も行くからね!絶対行くからね!」と念を押して、当日を迎えた。全く返事のなかった彼だけど、隣を歩く私に不満はないようで。特に文句は言われない。


 ただ、気になるのが……。

 彼の顔色が、すごく悪いこと。


「ねぇ、大丈夫?」

「……っ」


 浮気をしているかもしれない彼氏に、ここまで献身的に尽くす私も、とことんバカだと思う。だけど、一度好きになった人だから……はい、さよならって訳にもいかなくて。


 心って難しいな。

 最近ひどく、そう思う。


「……着いた」

「はぁ、はぁ……」


 目的地に着く頃には、私の方がすっかりバテていた。途中、転がっていた木を杖代わりにして、やっと登ってこられたほど。


 本当は杖じゃなくて、彼の手を握りたかった。だけど、一歩ずつ進む度に苦しむ彼の表情を見てると……。とてもじゃないけど、声をかけられなかった。


 というわけで、無言のまま目的地まで歩いた私たち。彼はと言うと、着くやいなや、バッグからカメラを取り出した。


 っていうか、登ってくるまでの間に、シャッターチャンスはなかったの?


「せっかく山に来たんだから、たくさん撮ればいいのに」


 そんな小言を言ってみる。だけど、既にカメラの虜になっている彼に、私の声が届くはずもなく。器具をカチャカチャいじる彼の背中を、ジッと見る。


「ねぇ、喉が渇かない?」

「……」

「またスルー……」


 ハァと、重いため息が出る。せっかく山に来たのに、こんな空気で過ごさないといけないなんて。勿体なさ過ぎる――そう思いながら、ネバーギブアップの精神で、彼の視界に入るべく移動する。


 すると、私の身長と同じくらいの棒が立っていた。「丁度いい」と。私は笑いながら、そこに腕を置く。


「やっぱ空気が澄んでて美味しいね〜」

「……」


 ありふれたセリフに、返事をする時間さえ惜しいらしい。彼は無言のままカメラを構え、そして――


 パシャ


 私を、撮った。


「……え?」


 今、何が起こった?

 だって、彼は私を写したくないはず。なのに、撮った?


 彼が、私を、撮った!?


「え、えぇ!!」


 驚く私。だって、三年間撮られたこと無かったんだよ!?なのに、なんで今?


 なんで?なんで?――の中に、湧き上がる嬉しさ。彼は「まだ私の事を好きでいてくれたんだ」って、そう思えたから。


 でも――


 喜びに舞う私の心は、一気に冷え込む。なぜなら、カメラのプレビュー画面を見て……。


「〜っ」


 彼が、泣いていたから。


「……え?」


 彼の泣き顔、初めて見た。っていうか、どうして泣いてるの?なにが悲しいの?私が写っちゃったから?私が撮影の邪魔をしたから?


 だったら謝るから、だから――


『泣かないで』

「あ……」


 彼はカメラから顔を上げて、私を見た。その頬には、既に何滴も流しただろう涙の痕がある。


 その痕に触れようとした、その時。


「やっと、返事をしてくれたんだな」


 彼が、そう言った。


「へ……?」


 何を言ってるの?ずっと返事をしなかったのは、君の方だよ?私ずっと待ってたんだからね。いつもいつも、君が私の名前を呼ぶのを――


 だけど彼は、私を見る視線をスッと外す。そして瞼に影を落として「あぁ」と感嘆の声を漏らした。


「やっぱり、ここにいたんだな。ずっとここで、俺を待ってくれていたんだな」

「ど、どういうこと?」


 だけど私の質問に、やっぱり彼は答えない。その代わりなのか――彼にしては珍しく、ポツリポツリと。長く話をした。


「三年前、この山で君を失って以来……。俺はずっと、君を探してた。このレンズ越しに君を見つけられるかと、そう思って。


 よく言うだろ?何かを通して見ると、幽霊は見えるもんだって。そんな噂に縋り付きたくなるほど、俺は君に会いたかった。


 でも、この山だけは……来られなかった。来る勇気が無かった。だって、そうだろ。


 俺が写真を撮りたいからと、君を連れ出して登った山。まさか、そこで君が滑落して命を落とすなんて――」

「え……?」


 眉をしかめた私。そんな私の“隣”を見ながら、彼は続けた。


「せめてもの償いで、ここに石碑を立てた。俺の十字架といってもいい。ここで君を失った事実を、俺は死ぬまで悔い改め生きるって。三年前、そう誓ったんだ」

「石碑……?」


 自分の隣にあるものを見る。それは、さっき私が肘置きにした物で――


 私の名前が入った、立派な石碑だった。


「え、え、ええ?」


 いくつもの事実が一気に押し寄せたから、頭が押しつぶされそう。重たい何かに、消されてしまいそうだった。私の存在も、何もかも――


 頭を抱える私の横で、彼は石碑を見続けた。たまに石碑を撫でる仕草に、愛おしささえ感じる。


 初めて見る、彼の姿を見て。

 私の混乱は、更に深まった。


「写真を撮り続けていれば、幽霊の君に会えるかなって。そんな不謹慎なことを考えた僕を、君は叱るかもしれない。


 だけど……


 幽霊の姿でもいいから、君が写真に写ってくれればと。そう願うほど、俺はまだ君を思っていて……」


 言葉に詰まった彼は、ズッと鼻を鳴らす。そして数回、深呼吸をした後。再び口を開いた。


「君と会えなくなってから、君を思わない日はなかった。本当だよ。でも……僕が一方的に、君のことを思いすぎてるのかもしれないって。最近そう思うんだ。


 だって、たまに君の声が聞こえるんだ。


 そばに居るはずないのに。きちんと現実を分かってるのに。それでも、君がいつも一緒にいるような気がして。傍にいてくれるような気がして……。


 例え空耳でも、君の声が聞こえた時は、悲しみが薄れる。笑えるんだ。愛しい君の声に、僕はいつも安らぎをもらってるよ」


 その時。彼が持つカメラがグラりと傾き、地面に落ちた。さっき撮った写真のプレビュー画面が、私を向く。


 すると、そこに写っていたのは――


「私だ……っ」


 石碑に腕を置いてニッコリ笑顔を浮かべている「半透明の」私だった。


 そして、同時に判明する。


 彼がこの前スマホで見ていた、髪の長い女の子。それは、誰でもない私自身であったことに。


「全部、思い出した……っ」


 自分が何者かも。自分がどんな姿をしていたかも。そして、三年前のあの日の事も。


 あの日――


 私は彼と共に、この山を登った。“ちょっと小高い丘”くらいの認識でいたら、それは甘い考えだったと――天候が悪くなってから知った。


『引き返そう。このままじゃ、』

『でも、いい写真が撮れるかもしんないじゃん!行こ!』


 そう言って、渋る彼の手を引いたのは私。そして滑落する私に、必死に手を伸ばしてくれた彼の手を握らなかったのも――紛れもない、私なのだ。


「僕はずっと君に会いたかった。君の姿を三年間、レンズ越しに探してしまうほど」

「〜っ」


 私の石碑に向かって、泣き崩れる彼。そんな彼を目の前に、私もとめどなく涙が零れる。


「あなたには……生きていて欲しかった。だから手を離したの。それなのに、十字架なんか背負って生きないでよ」

「この目で直接、君を見られたらいいのにな……」

「だから、ここにいるってば。たまに声が聞こえるなら、今だけ姿が見えてもいいでしょ……っ?」


 私の姿は、写真でしか確認出来ないらしい。だから、いま私がここに居ることも、話しかけてる言葉も――一切、彼には届かない。


 酷いな、虚しいな。私はちゃんと、ココにいるのに。今、彼の背中をさすり続けている私の体温。それは、一体どこにいくんだろう。彼が温度を感じる前に、無かったように――私の存在のように、儚く消えてしまうのだろうか。


「消える……。あぁ、そうか」


 自分の言葉で気づいた。

 私、今まで彼を寡黙だって思ってた。けど、本当は違ったんだ。


「返事をしなかったのは、死んだ私の方だったんだね……」


 彼がたまに微笑んでいたのは、私の話しかける声が、少しだけ聞こえたから。

 私の姿は見えないのに、それでも存在を認めてくれた彼。私のことを忘れる方が楽なのに、真正面から受け止めてくれた彼。


「思い続けてくれてありがとう。そんな愛情深い貴方が、私は大好きだった……っ」


 見えないだろうけど、ハグをして。

 分からないだろうけど、口付けをした。


 ありがとうね、(しん)


『本当にありがとう――』

「また!」


 顔を上げる真。だけど、声は聞こえても私の姿は見えない。三年前から、ずっと。


「気の所為でも、聞き間違いでも……。なんでもいい」


 真は、落ちたカメラを拾い上げる。そしてプレビュー画面を、もう一度見た。


 幽霊の私が写っている、たった一枚の写真を――


「君がココにいるのは、確かなんだね。今、僕は久しぶりに君と時間を共に過ごしている。それが嬉しくて仕方ないよ」


 優しい笑みを浮かべる真が、切ないのに幸せそうで。私は思わず、嗚咽を漏らした。


 真は幸せになれるだろうか。こんなに傷ついてる真を、誰かが幸せにしてくれるだろうか。優しすぎる彼と、彼を思う私。


 もう二度と会えないのに、私たちは未だそれぞれを想いあっている。悲しい事実に、不幸のどん底に落とされた気分がした。


 だけど――先に前を向いたのは真だった。


 袖で涙をグイと拭って、カメラに軽く口付けた。その顔には、笑みが浮かんでいる。


「この写真は、僕だけの宝物だ。SNSには、絶対にあげてやらない。

 いいでしょ?紗英――

 僕らしくて、格好良いでしょ?」

「うん……、そうだねっ」


 最後に、私たちは意地悪く「ヒヒ」と笑った。そして石碑を掃除した後、真は下山のため荷物を持つ。


 そして帰り際に――登った時とはうってかわった眩しい顔で。真は私に、小指を差し出した。


「また、この山に来るよ。紗英も来てくれるかな?その時は――

レンズ越しで会おう。約束だ」

「〜っ、うん。約束!」


 私は真に向かって、小指を伸ばす。


 遠く離れた、二つの小指。

 それは、私の目には確かに――


 しっかり繋がって見えたのだった。




【完】




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