第84話 エルミナ研究室
大人しくなったブランを抱き抱えたまま、第七研究塔と書かれた建物に入る。
中は木目と石造りが融合したシックな空間で、どこか空気が張り詰めている気がした。
入口の近くには、受付があり、ここで入場手続きをする必要がある。
一応、研究塔は許可を得ていない学生の立ち入り禁止だからね。
「第七研究塔、受付でございます。許可証のご提示をお願いします」
許可証だけど、オレは持っていない。
今回は、別口で入るから。
「許可証はありません。フォルリオ先生からここの研究員、エルミナさんに話が通ってると思います」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「オルフェウスです」
「キュイ!」
「この子はブラン」
「ありがとうございます。オルフェウス様とブラン様ですね。当研究員エルミナから話は伺っております。こちら夏休み期間中限定にはなりますが、入塔許可証となります」
受付の人から手渡されたのは、黒い金属プレート。
左上には、出入りを許可された研究塔を示すVIIの文字、左下には、8/30と期日が記されている。
そして、中央には、七重の剣環と呼ばれる紋章が刻まれている。
七本の剣が円環を成す意匠で、「理論」「実践」「解析」「応用」「連携」「創意」「適応」の七つの理念を象徴している。
学園の研究塔はこの七つの理念に基づいて研究をしているとか。
一応、七重の剣環は期末試験に出題されたからまだ覚えてる。
「エルミナは6階の研究室にいます。オルフェウス様、ブラン様から向かって左手にある階段をご利用下さい」
「ありがとうございます。……ほら、ブランもお礼を言う」
「キュイキュイ」
「ごゆっくり、実りある時間をお過ごし下さい」
受付の人に言われた通り、左側の階段を上って6階まで向かう。
この世界にはエレベーターとかエスカレーターが無いからシンプルに上るのがしんどい。
「キュイキュイ〜」
オレの腕の中で気楽に周りの光景を見て、目を輝かせている子もいるけど。
「はあ、はあ、はあ……疲れた」
「キュイキュイ」
なんでブランがそんな達成感に満ち溢れてるの?
君、オレの腕の中で目を輝かせていただけでしょ。
少し休んで息を整える。
今、オレの目の前にあるのがエルミナさんの研究室。
ドアは、普通の研究室とは違って、やたら重厚感がある黒銀色の金属製で、表面には変わって模様?が刻まれている。
十字に交差する杖と、逆向きに構えた双剣。
それを包み込むように、円形の術式のような模様が重なっている。
……これって、もしかして"個人紋章"ってやつなのかな?
偉大な功績を残したブリーダーに与えられる勲章ってフォルリオ先生に授業で教わったな。
元最強チームのリーダーを務めていた人だし、持っててもおかしくはないよな。
扉の両脇には、手のひらサイズの水晶みたいな石が浮いていて、ブランが近づいた途端、ほのかに光り出した。
警戒してるのか、歓迎してくれてるのか……
「キュイ……」
急に水晶が光ったからビックリして戻ってきたと思ったら、オレの腕の中で萎縮しちゃった。
好奇心の塊のようなブランでも、萎縮することもあるんだな。
……よし、いこう。
ブランの体をしっかりと抱え直し、重厚な金属扉の前に立つ。
恐る恐るノックしようとした瞬間、扉が音もなく、滑るように開いた。
今のところ、誰かが開けてくれた気配はない。
ブランが再びピクッと反応する。けれど、今度は怖がってはいない。
自動ドアなのかな?
この世界にこんなハイテク技術が……
いや、これ作るならエスカレーターとかエレベーターとかを作ってよ!
ダンジョンの一つ、『機生の工場跡地』には、エレベーターがあるのに。
「そんな所で突っ立ってないで、入っておいで」
澄んだ女性の声が研究室の奥から響いた。
「お、お邪魔します……」
言われた通り、中へ入るけど、すごく緊張する。
ここ研究室って話だから、貴重な物とか置いてありそう。
もし、それを傷つけたりしたら……
うん、想像するだけで恐ろしい。
ブランがハチャメチャしないように抱き抱えておこう。
深呼吸してから中を見渡すと、想像していた"研究室"のイメージとはまるで違っていた。
机と資料にまみれた実験空間ではなく、どこか神殿のような静けさと威厳を感じられた。
天井は高く、壁際には等間隔で本棚と標本棚が並び、中央の床には、魔法陣にも見える幾何学的な模様が刻まれていた。
研究室の一番奥には、白銀のローブをまとった女性が一人、机に向かって椅子に座っている。
オレから話し掛けるべきか、それとも待つべきか迷っていると、椅子を回転させ、こっちにゆっくりと振り返った。
「はじめまして、私はエルミナ。フォルリオから君のことは聞いてる。歓迎するよ」
「はい。よろしくお願いします」
「キュイキュイ」
「……あの堅物のフォルリオがわざわざ紹介するくらいだから、何かあるとは思ってたけど、こんな所でお目にかかれるとはね」
ん?え、何の話?
理解できないのってオレが異世界人だからじゃないよね?
「キュイキュイ?」
ああ、ブランが理解できないのはいつものこと。
なでなでして、気を逸らしてっと。
「キュイキュイ~」
よし、これでOK。
……あ、もしかして、オレみたいな異世界人を直接見るのが初めてとか?
それであんな発言……するかな?
「オルフェウスくん、この子かなり珍しいモンスターだよ。大事に育てなよ」
「え、そうなんですか?」
「キュイ!?キュイキュイ!!」
「ブランはいい子だから少し大人しくしててね。なでなでしてあげるから」
「キュイ~」
ここまでチョロ……じゃない。
単純なモンスターが珍しいってことかな?
あ、でも、最初にブランを召喚した時、なんか珍しいモンスターとか言われた気もするな。
「確かフォルリオに聞いた話によると、もう1体モンスターがいるよね?その子も召喚してくれるかな?」
「わかりました。出て来て、ネメシス」
エルミナさんに言われた通り、ネメシスをルームから召喚する。
次回、『強さとは何か?』に続く




