第51話 流水獣 ミルヴァ=リップル
よくわからないまま、月幻獣《ノクシア=ルミナ》は姿を消した。
その跡に、静かに石版が現れる。
……とりあえず、勝ったってことでいいのかな?
でも――最後、ノクシアがブランを見て、何か言いかけてたような気がする。
その瞬間、シエルが高速ブラン奪取をキメたせいで、言葉は途中でかき消えてしまった。
ネメシスやルナにも確認してみたけど、「何も言ってなかったよ」と首を振られる。
……ほんの一瞬のことだったし、きっと気のせいかもしれない。
でも、あの視線の意味だけは――胸の奥に、棘のように残っていた。
ここの石版にも古代文字が刻まれていた。
正直、月幻獣《ノクシア=ルミナ》と最後、あんな感じで終わったし、もしかして普通に読めるんじゃ……って思ったけど。うん、やっぱ無理だった。
『∴Lun’el tir’vek = fal’mora ven.†Ser’khal ren = nex’duva sha’len.∴』
うんもう、見慣れたけど、全く読めない。
シエルはよくこれが読める。
なんて思ってたらふらふら~とブランが戻って来た。
それから一緒に(オレは心の中で)応援してるとスマホに解読した文章が送られてきた。
『月は映し出す。正しき者には道を、迷いし者には影を』
うーん?正しき者には道は……そのままだよな。
迷いし者には影を?……これは謎解きを間違えたら何かあるのかな?
よくわからないのは、これまでと何一つ変わらない。
とりあえず、まだ一つだけ道が残っているので、そちらを突き進む。
狭い一本道を抜けるとその先には広大な湖が広がっていた。
奥には滝が流れている。
この場所だけ他とは違い、スケールが大きいように思えた。
ここだけ違う点は他にもある。
「一本道を抜けて直ぐ石版があるのね」
ルナが思わず、ボソっと呟く。
その横で一人集中して解読に勤しむシエル。
既に石版を見つけたら即解読の流れが板についている。
『∴Mi’sel var’na = Mir’va-Rippel ∇ shal’tor el’dan.Nor’thal = sel’ez run’ven = vel’ar na’shar.∴Aqua’nor thren’sil = vel’dom.∴』
「キュイィィ……」
あ、石版に刻まれてる古代文字は読めなくて退屈なブランがあくびし、眠たげな顔をする。
「よしよし、いい子だからもう少し頑張ろうね」
「キュイ」
眠たそうな顔は変わらないけど、頑張ろうとしている意思だけは神妙に頷く素振りで理解できた。
ただ、うん。それから数秒とせず、スヤスヤ~と寝てたら、ね?
それからブランは解読を終えたシエルに奪われ、寝顔を堪能されていた。
しかもルナに文句を言わせない為か先にスマホに解読した文章を送っている。
これにはルナも何も言えない。
しかも、今回解読した文章にかなり謎解きに重要そうな一文がある。
『流れ巡るは水の理、守りしは流水の守《ミルヴァ=リップル》。澱まず、逆らわず、ただ進みて其の咆哮に応えよ。水の環を断ちし時、秘められし石版は現れん』
これが最後。
ミルヴァ=リップルというモンスターを倒せば、先に進む為の道が開けるかもしれない。
まだ謎解きはできてないけど、それは倒してから考える。
だけど、ミルヴァ=リップルがどこにいるのか、この広大な湖を探し回るのは骨が折れるな。
なんて考えていると突如として水柱が上がる。
水柱が収まり、蒼くきらめく霧が漂う中――そこに、まるで湖そのものが姿を変えたかのような水の獣がいた。
それ以外、あれを表現する言葉が思い浮かばなかった。
身体は水そのもので構成されている。
四足歩行で、外見はトラや狼に近いと思うけど、明確な輪郭が存在しない。
身体の輪郭は透明な水流のように常に揺らぎ、しぶきや霧を纏っている。
ただ、目は湖底の宝石のように深く青い輝きを持ち、背中には水車状の装甲のような器官が浮かんでいる。
「我が流水獣《ミルヴァ=リップル》。……水は留まらぬ。さすれば、汝らもまた――留まるべからず。……『流水刃』」
湖面に波紋が広がり始め、刃の形となり、ネメシスたちを襲う。
あまりの物量、それに流水獣《ミルヴァ=リップル》が湖面に立っている事もあり、攻撃に転じられない。
だが、活路はある。
まだ眠っているブランにだけ刃が襲い掛かっていない。
それを利用する。
「シエル!ブランを起こして」
「うぅぅぅ、ブランちゃんの寝顔こんなに可愛いのに……。ブランちゃん、起きて」
「キュイ……キュイ!?キュイキュイ!」
起きて直ぐに現状を理解したのかすっかりやる気のブラン。
「ブラン、『ソニックホーンブレイカー』!」
ブランが起きたことに気づいた流水獣《ミルヴァ=リップル》が水の刃を新たに飛ばすが、遅い。
ブランは大地を蹴り、猛スピードで突っ込む。
そして、湖との境界線ギリギリでジャンプし、湖面にいる流水獣《ミルヴァ=リップル》に攻撃を加える。
身体が水で構築されているように見えるからそのまま突き抜ける可能性もあったが、その心配は無用だった。
ブランの攻撃は見事に流水獣《ミルヴァ=リップル》を捉え、吹き飛ばす。
この瞬間、一時的に『流水刃』による攻撃が止んだ。
「ネメシス、『飛閃』!」
「フィア、『ウインド・セヴァランス』!」
漆黒の斬撃と鋭い風刃が取り巻く渦巻く風球による追撃が流水獣《ミルヴァ=リップル》に直撃する。
これにより、攻撃力のデバフと猛毒の状態異常を付与することに成功した。
本当なら、ネメシスには『斬哭冥華』を使って追撃させたかったけど、ブランの攻撃で完全に射程圏外まで飛んでいったから仕方ない。
当のブランは攻撃した反動を利用し、逆方向に弾かれることで湖に着水するという結末を免れている。
最悪の場合、泳いで助けに行かなきゃと思ってたけど、杞憂に終わった。
「彼奴らを突破してきただけある。ならば、我が全力を持って応えよう。『波環解放!』
背中に浮かんでいる水車状の装甲のような器官が回転を始める。
その瞬間、湖の水を全て巻き上げる勢いで流水獣《ミルヴァ=リップル》に集まっていく。
湖から水が完全に消えて無くなると姿形、そして名前の異なるモンスターが宙に浮いていた。
潮環獣《ミルヴァ=ノア=デルヴァ》。
身体は液体ではなく水晶化した水で形成されているように見え、半透明の氷のような質感に微細な水流が走っている。
中の水車状の器官は、浮遊する大小3つの水環に変わっており、それぞれがゆっくりと回転し、空間に波紋を拡散している。
脚部や尾の先端には波紋模様が浮かび、頭部には王冠のような水輪が浮かび、その中心に青白い光が瞬く。
静かにこっちへ向かって来て、ゆっくりと地上に降りる。
「『潮環連鎖』
「えっ!?そんなことできるの……」
3つの水環が交互に回転し始めると、ネメシスが付与したデバフ、状態異常が解除された。
「大丈夫だよ、オルフェウス!さっきと違ってこっちに来てくれた。オルクたちもこれで戦える!」
「そうよ。寧ろ、戦いやすくなったわ。デバフと状態異常はもう一度、付与すればいいわ」
「そうだね。ありがとう」
そうだ。シエルとルナの言う通りだ。
あのままずっと湖面から攻撃を繰り出される方がずっと厄介だった。
僅かな隙さえあれば、ネメシスなら『斬哭冥華』を決められる。
「動かぬのか?ならば、『渦刃穿流』!」
三つの水環から高圧のスパイラル水流刃をブラン、ネメシス、フィアへ向けて発射する。
狙われた3体はそれぞれ回避行動を取るも、その後を的確に追尾してきた。
今回狙われなかったオルク、ウィル、ルシウスがフォローに入るべきか迷いを見せる中、ネメシスが叫んだ。
「構わず攻撃を!」
この一言でオルクたちの迷いは消えた。
そして、それはシエルとルナもだった。
ルナは一瞬、オレの方を見て、目が合うと直ぐに潮環獣《ミルヴァ=ノア=デルヴァ》へと視線を戻す。
フィアの事は任せた。きっとそういう意味だと思う。
もちろん、任されたよ。
「ルシウス、『クラッシュ・エッジ』!」
「オルク、『ルイン・ドライバー』!ウィル、『クロー・ブリッツ』!」
オルクたちは迷うこと無く、潮環獣《ミルヴァ=ノア=デルヴァ》へと突き進む。
「来るか。ならば、『環潮断輪!』
浮遊する水環が超高速で回転し、断続的に水の刃を周囲へ解き放つ。
360度 全方位どこにも死角は存在しない。
そう思わせるほど攻撃範囲が広い。
それにより、オルクたちの攻撃は届かなかった。
「……これ使えるかも。ブラン、ネメシス、フィア!潮環獣《ミルヴァ=ノア=デルヴァ》に突っ込んで!!」
「「っ!?」」
「キュイ?……キュイキュイ!」
ネメシスとフィアはあの反応からオレの考えを直ぐに理解してくれたっぽいけど、ブランは少し……いや、かなり怪しかったな。
……真正面から正直に突っ込んだりしないよね?
だが、オレの予想は悪い意味で当たった。
オレの指示の意味を理解できていないであろうブランが真正面から突っ込んで行く。
「フィア、『ソニックスラスト』!」
「キュイ?」
「あ、ルナ、ありがとう」
「お互い様よ。こっちもフィアを見てもらったしね。それにオルフェウスのおかげでこの状況を打開する術が見えた」
次回、『次なる道』に続く




