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 なんだかとても嫌な夢を見ていた気がする。


 夢の中の私は終わらない恐怖と快楽に気が狂いそうになっていた。泣きながら誰かにずっと「嘘つき、卑怯者」とひどい言葉を投げかけていた。


 そんな私を──。


「浮かない表情ですね」


 身支度の途中、鏡に映る私の表情を見てマリアが言った。自分では隠しているつもりだったが、どうやら上手くいってなかったみたいだ。


「……何だか怖くて、」

「怖い、ですか?」

「ええ。とても幸せなはずなのに、何だか不安で怖いの。もしかしたら、この幸せは全部夢なんじゃないかって…」


 今朝見た夢のせいだろうか。私の言葉にマリアは少し考える素振りをみせた後、思いついたように言った。


「きっとそれは幸せ怖い病ですね!」


 なんだその病気は。どうせマリアが勝手につくったものだろう、と呆れていれば、むくれた顔のマリアが鏡に映る。


「信じていませんね? 私が読んだ小説では──」

「また物語の話? 物語と現実は違うのよ」

「もう、お嬢様はすぐそう言いますけど、以前は私の話を信じてルーカス様の気を引こうとしたではありませんか。わざわざ記憶喪失のふりまでして」

「それは…」


 マリアの言葉に思わず口をつぐむ。

 以前、私はマリアが読んだ小説に影響を受け、『多忙なルーカスの気を引きたくて』記憶喪失のふりをした。まあ、結局、最初からルーカスにはバレていたのだけど。


「あの時のことを思い出すと、とても恥ずかしいわ。お父様とお母様にも全部正直に話すことになったし…あと、公爵夫妻にも」

「………たしか、ルーカス様と二人でお話しされたのでしたっけ。それにしても、旦那様と奥様はともかく、公爵夫妻がよくお嬢様の嘘を許してくれましたね」

「ああ、それはルーカスが事前に色々と話してくれたみたいで。私が謝りに行った時には、二人とも笑って許してくれたの」


 むしろ、そこまでルーカスのことを想ってくれて嬉しいとまで言われてしまった。


 嘘がバレた時は婚約解消されるかもしれないと怯えていたが、何とかその後もルーカスとの婚約関係は続いている。


「さすが、ルーカス様ですね」


 マリアの言葉に頷く。それにしても、小説に影響されたとはいえ、婚約者の気を引きたくて記憶喪失のふりをするというのは、我ながらどうかしていた。


 運良く周りの人達の優しさで何となったが、もしものことを考えると恐ろしい。


「恋って怖いわねぇ。変な噂にもなりかねないし、最悪婚約解消になっていたかもしれないのにあんな事するなんて……ルーカスはその辺は大丈夫だって言っていたけど、本当かしら?」

「……ルーカス様がそう言うなら大丈夫になるのでしょう、きっと」


 そう言ったマリアの表情は、どこか暗い。その様子に少し違和感を覚えたが、彼女がパッと表情を切り替えたので、私も何も聞かなかった。


「今日もルーカス様にお会いになるんですよね!」

「ええ。だからあの耳飾り、出してちょうだい」


 そう言ってマリアにお願いすれば、彼女はルーカスの瞳と同じ輝きを放つ、金色の耳飾りを私に差し出した。


「………綺麗、ですね」

「ええ。お気に入りなの。ルーカスが公爵家に行く日、私の耳飾りと交換したのよ」


 あの日のことを思い出すと、思わず頬が緩んでしまう。離れたくないと泣く私に、ルーカスは耳飾りの交換を提案した。


 この耳飾りをお互い身につけていれば、離れていても気持ちは繋がっている、と言って。


「いつか迎え行くから待ってて、って言って本当に来てくれるのだもの。私って幸せ者よね」


 耳元で揺れる飾りは、あの日と同じぐらいキラキラと輝いていて、とても綺麗だった。




 ▼▼▼



 その日、屋敷にやってきたルーカスをみて、会うまでのあの高揚感が嘘のように、私の気分は一気に下がった。


 ──魔術師として危険な仕事に就くことがあるのは、もちろん分かっている。それでも心配だから無茶しないでと、ルーカスにはいつも伝えていた。


 なのに、今日のルーカスの身体には生傷がたくさんできていた。しかも、顔色も悪い。なので、いつも通り小言を言うと、彼はくすくすと笑った。


 心配で怒っているのに、ルーカスは「エルーシアに心配されるなら傷ができるのも悪くない」と言う。その言葉に私はムッとして、彼に背を向ける。


「ねえ、そろそろ機嫌なおしてよ」

「嫌」

「もう無茶なことはしないって。ねえ、だからこっち向いて」


 機嫌を取るようなルーカスの態度に、つい許してしまいそうになる。でもここで折れるのは何だか不服だと思い、黙りを決め込んだ。


「エルーシア、お願い」


 その言葉に、しぶしぶルーカスの方を向けば、彼は私の唇にキスを落とす。突然はやめてっていつも言ってるのに、聞いてくれたことはない。熱くなる頬を隠すように、もう一度そっぽを向けば、ルーカスがくすくすと笑う。


「もう何回もしてるのに、いつまでたってもエルーシアは可愛いねぇ」

「〜〜もうっ!すぐからかうんだから…!」


 その余裕のある表情を崩したくて、仕返しとばかりにルーカスにキスをした。

 といっても、さすがに口は恥ずかしいので、頬にだけど。


 予想外だったのか、目を丸くするルーカスに私はニヤリと笑った。どうだ、やられっぱなしの私ではないのよ。なんて考えながら、余裕の笑みを浮かべていれば、突然ルーカスに抱きしめられる。


「ルーカス? どうしたの?」


 問いかけるが、返事はない。段々と私を抱きしめるルーカスの手に力が入って、苦しくなってきた。彼の背中を軽く叩けば、彼はようやく口を開いた。


「……ねえ、エルーシア。誓ってくれる?」

「誓う?」

「死ぬまで、いやたとえ命尽きても、俺たちはずっと一緒だって」


 身体を少し離し、私の額に自身の額を押しつけてくる。縋るようなその瞳に目を奪われた。


 この輝き、この光景を前にもどこかで見たような気がしたが、なぜか思い出せない。


「ルーカス…」


 ふと、今朝見た夢を思い出した。夢の中の私は泣きながら、誰かをずっと憎んでいて、終わらない恐怖と快楽に気が狂いそうだった。そんな私を──ルーカスが笑いながら見ていた。


 夢のはずなのに。知らないはずなのに。まるで自分の身に実際に起こった出来事かのように、頭から離れない。


「エルーシア?」


 何も答えない私にルーカスが不安そうに尋ねる。


 ──大丈夫。あれは全部夢。悪い夢だから。 


 スカートの上でぎゅっと自身の手を握る。そして、意を決して私は口を開いた。


「誓うわ、ルーカス。私たちはずっと一緒よ」

 

 ルーカスの目をまっすぐと見つめて言えば、彼の瞳が満足そうに細まった。その表情に、何故だかひどく胸がざわついた。


「ルーカス、」

「愛してるよ、エルーシア」

「……私も、愛してる」


 私の言葉にルーカスが幸せそうに笑う。そして、どちらからともなく、唇を重ねた。


「………ああ、やっとだ」


 そう呟いたルーカスの声が何だか泣きそうで、私もつられて泣きそうになった。


 ──頭の中で、何度違うという声が聞こえても、私は彼を愛している。だからきっと、これは間違いなんかじゃない。


「これで、ずっと一緒だ」


 ルーカスのその言葉に、こくりと頷く。


 死ぬまで、いや命尽きたとしても、私はルーカスと共にある。それがきっと私の幸せなのだから。


 頭の中で囁く声を消すように、私はそっと目を閉じたのだった。






最後までお読みいただきありがとうございました。

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本編はこれで一旦終わりですが、おまけを追加いたします。

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