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公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜  作者: 菱田もな
本編

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4/10


 あれから数週間、ルーカスは毎日欠かさず私に会いに来た。


 彼の立場を考えれば、そんな暇はないと思うのだが、たとえ数十分という短い時間であろうとも、彼が屋敷にこない日はなかった。


 そんなルーカスの様子を見て、マリアは能天気に「愛されてますね〜」なんていってきたけれど、ぶっちゃけ私はそれどころではない。


 だって、毎日毎日、愛の言葉を告げられ、そして真実と異なる私達の話をされるのだから。


 幼少期から愛し合っていただの、デートはどこにいったのだの……ましてや、私がルーカスに過度なスキンシップを行っていたなんてことまでいいだすので、色んな意味で心臓がもたない。


(ルーカスに触れたことなんて、幼少期以来一度もなかったというのに!)


 あまりにも信じられない話ばかりするので、何度か軽く否定をしようかと思ったが……聡い彼のことだ、何かのきっかけで私の嘘に気づくかもしれない。


 そう思うと、下手に発言することができずにいた。



 ▼▼▼



「このままでは、全てがルーカスの嘘の通りになってしまうわ…」


 机に顔を伏せながら、私は嘆いていた。そんな私の様子を見て、マリアは呆れたように言った。


「そんなに今のルーカス様がお嫌なのでしたら、記憶が戻ったといえばよいではありませんか」

「それは無理よ! 記憶喪失のふりをする前の私達の関係を覚えていないの? 会話もない、周りからの冷たい視線、婚約を申し込んできた当のルーカス本人は何が考えているのかわからずで、ただただ彼の態度に怯えて……婚約解消していない今の状態で記憶が戻ったなんていえば──」


 あの日常に戻るなんて、考えただけで恐ろしい。私に笑顔を見せることもなく、話しかけても簡単な相槌だけ。隣に並んで歩くことも、一緒に仲良くお茶を飲むこともない。どれだけ近くにいても、私を全く見ないルーカス。


「──そんなの嫌よ、寂しい」


(───ん?寂しい?)


 私、いま、寂しいと言った?

 いやいや、そりゃ幼少期はルーカスの態度に傷ついて、寂しいとか思っていたけど。大人になったいま、そんなこと思うはずない。


 きっと突然色んなことが起こりすぎて、気が動転しているだけだ。

 何か言ったかとマリアが聞いてきたが「何でもないわ!」と言って、私は首をぶんぶんと横に振った。


「……それにしても!一体ルーカスはどうしちゃったのよ。以前の彼と違いすぎて、本当に頭がおかしくなりそうよ」

「うーん、今までは素直になれなかっただけでは? これをきっかけに、お嬢様との関係を新しく築こうとされているとか!」


「そういう物語読んだことあります!」なんて、はしゃぐマリアに思わずため息がでた。このおバカは一体何をいっているのだろうか。


「ルーカスが素直になれない? そんなのあり得ないわ。彼の態度は昔から変わらないもの。それこそ出会ったときから、ずっとね」

「あら、そうなのですか? てっきり昔はお嬢様に懐いていたのかと…」


 ルーカスが私に懐いてた?

 まさか、ありえない。

 マリアがあまりにもおかしなことをいうので、思わず声を出して笑ってしまった。


「ルーカスはね、婚約する前から私のことが嫌いだったの。それこそ口も聞きたくないぐらいにね……きっと今は、記憶のない私がいい玩具だから暇つぶしに遊んでいるだけよ」


 そう言った瞬間、なぜか胸がズキリと痛む気がした。

 マリアが慰めるように何かを言っていたが、私の耳には届かなかった。


「……嫌いじゃなかったら、あんな酷いこといったりしないもの」



 ▼▼▼



 ルーカスは元々孤児だった。


 初めてルーカスと出会った日、暗くてじめじめとした路地に彼は座りこんでいた。

 綺麗な銀色の髪は、ざんばらで見るに耐えない。そして、服の袖から覗く手足は、今にも折れてしまいそうなぐらいに痩せ細っていた。


 そんななかでも、キラキラと輝くルーカスの金色の瞳がとても綺麗で、私は思わず目が奪われた。


 侍女の制止を振り切って、私はルーカスの元へと近寄る。

 こちらを見つめるルーカスの顔は険しいものだったけれど、間近で見た彼の瞳はより一層綺麗で、私は目が離せなかった。


「あなた、お名前は?」

「………」


 ルーカスは答えなかった。それでも私は続ける。


「わたしはね、エルーシアっていうの。ねえ、もしどこにもいくところがないなら、わたしのお家においでよ」


 そういって差し出した私の手を、ルーカスは控えめに握った。それがなんだかとても嬉しくて、私は力いっぱいに彼の手を握り返した。


 屋敷へと連れて帰ったルーカスの身体を清めようとすれば、彼は激しく抵抗した。


 暴れるルーカスを抑えようと使用人たちが手を焼いていたので、何か手伝おうと私がそっと近寄れば、彼は私の背に隠れてた。私の服の端をギュッと握りしめて。


 それに気をよくした私は、使用人たちを下がらせて、彼のお手伝いをすることにした。幼いとはいえ、一応男の子なので途中までだけど。しかし、上の服を脱いだルーカスの背中をみて、私は思わず小さな悲鳴をあげてしまった。


 ──彼の背中には火傷のような跡を無理やり引っ掻いた、痛々しい傷跡があったのだ。


 私の悲鳴を聞いたルーカスが、そのまま私の腕をひっぱって浴室から追い出したので、すぐにお父様に報告しに行った。彼の傷跡に効くなにかいい薬はないか、と。傷の特徴までも詳細に話した。


 しかし、私の話を聞くと、お父様は怖い顔をしてこう言った。


「エルーシア、このことは誰にも言ってはいけないよ。僕とルーカス、そしてエルーシア。三人だけの秘密だ」


 お父様にそう口止めされて、私は素直にこくこくと頷いた。理由はわからなかったけど、お父様の怖い顔を見て、誰かに話せばルーカスが苦しむことになる、そう思ったから。


 ──あの頃は分からなかったが、あの時ルーカスの背中にあった傷は奴隷の烙印だった。彼は元奴隷だったのだ。


 売られた先から逃げてきたのか、売られる前に逃げ出したのか、詳細はわからない。どちらにしろ、ルーカスが受けた痛みは計り知れない。


 この国では奴隷の扱いはとても酷いものである。

 今でこそルーカスは公爵家の人間で、国一番の魔術師という肩書きを得ているが、彼が元奴隷だと分かれば、あっという間にその地位は揺らいでしまうぐらいに。


 ルーカスが我が家に、私に婚約を申し込んできたのはそのことが理由だと思う。──自分の秘密を漏らさないか、近くで監視するために。


(そんなことしなくても、誰にもいわないのに)


 そんなルーカスの事情を知っても、お父様もお母様もルーカスを実の息子のように可愛がっていた。きょうだいのいなかった私も弟ができたようで、とても嬉しかった。


 ルーカスの服を選んだり、一緒に本を読んだり、怖い夢を見るといけないと、一緒に寝ようとしたりもした。

 だけど、ルーカスは世話を焼きたがる私を鬱陶しいと感じたのか、いつしか自室にこもるようになってしまった。


 部屋で何もしているのか、ルーカス本人に尋ねても答えてはくれなかったし、お父様やお母様に聞いても、曖昧に笑うだけで何も教えてはくれなかった。


 ──ルーカスが10才になった頃、彼の首筋に魔術師の紋章が現れた。

 ただでさえ希少な魔術師の証である紋章がこの年齢で現れるだなんて、とても珍しいことだった。

 私は自分のことのように大喜びし、はしゃいでいたが、お父様とお母様は何故だか難しい顔をしていた。


 そして、人伝てにルーカスの事を聞いたというアーレンベルク公爵夫妻が「ルーカスを引き取りたい」と、我が家にやってきたのは、それからすぐのことだった。


 子宝に恵まれなかった夫妻は、優秀な後継者を探しているといっていた。お父様はルーカスの事情を簡単に伝えたが、夫妻はそれでも構わないといった。


 我が家よりも身分の高い公爵家からの話だ。断ることはほぼ不可能に近いのは明白だったが、それでも、お父様とお母様は私の希望を叶えようとしてくれた。


「エルーシアは、このままルーカスと一緒がいいかい?」


 正直、ルーカスと離れるのはとても嫌だった。彼に嫌われていようとも、私はできればずっと彼と一緒に居たかったのだ。


 けれど、幼い頭でも、我が家で過ごすよりも公爵家に行く方がルーカスのためにもなるのは分かっていた。


 ルーカスのことを大切に思っているからこそ、彼には何不自由なく幸せに暮らしてほしい。

 ──そこに私はいなくてもいいから。そう思い、私は首を横に振った。


「ルーカスと一緒じゃなくていい」


 そうして、私はルーカスと離れることを選んだのだった。





 公爵夫妻がルーカスを養子に迎えるとなった日はそれからすぐにやってきた。

 お父様とお母様に別れを告げ、さっさと馬車に乗り込もうとするルーカスを私は急いで呼び止める。


「ルーカス!」

「……」

「あの、身体に気をつけてね。あまり無理しちゃだめよ。それで……もし、もしも、困ったことがあればいつでも知らせてちょうだい。すぐに飛んでいくわ! 離れても、血が繋がっていなくても、私にとってルーカスはとても大切な家族だから!」


 と…涙ながらにそのような言葉を告げ、私の瞳と同じ色の、お気に入りの髪飾りをそっと握らせた。


 しかし、当のルーカス本人は泣きじゃくる私を冷ややかな目で見ていた。そして、一言、こう言い放ったのだ。


「エルーシアを家族と思ったことなんて、一度もない」


 まさかの言葉に涙も止まってしまった。

 いくら懐かれていないとはいえ、そこまで嫌われているとは当時の私は考えもしなかったのだ。


 間抜けな顔で固まる私をよそに、ルーカスはそそくさと公爵家の馬車に乗り込み去っていく。


 幼い私の心を確実に抉ったルーカスの言葉。そのせいか、婚約の話があるまでの数年、私は彼のことを避けてしまっていた。


 向こうから特に接触してくることもなかったので、私達はまともに会話をしたこともないまま、ある日突然に婚約者同士となったのだった。




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