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 記憶喪失のふりして婚約破棄してもらおう計画を思いついたのは、とある雨の日のことだった。


 あの日は、婚約者であるルーカスとの月一度の面会をすっぽかされてしまい、一人、時間を持て余していた。


 読んでいた本も飽きてしまい、何か新しいものをと、書庫に本をとりにいった。上段にある本が気になり、わざわざ人に頼むのも面倒なので、近くにあった踏み台に登る。


「危ない」というマリアの制止を振り切って、本に手を伸ばした瞬間──バランスを崩し、なすすべもなくそのまま地面に身体が叩きつけられた。突然の事で痛みで声も出ない。


「ぎゃあああっ!? お嬢様、大丈夫ですか?!」


 大声を出しながら駆け寄ってきたマリアに支えられながら、何とか身体を起こす。


「す、すぐに旦那様を、いやお医者様が先?! それともルーカス様に──」

「……うぅっ、落ち着いて、マリア。少し落ちただけで大袈裟よ」

「大袈裟なものですか! 頭を打ったではありませんか!」

「打ったっていっても…軽くよ」

「あのですね、お嬢様。頭というのはとても大事なのですよ! その昔、階段から落ちて、頭をぶつけ、ご自身のこともご家族のことも、ぜーんぶ忘れてしまったご令嬢もいらっしゃるのですよ! そうなったらどうされるのですか!」


 半ば叫びながらそう訴えてくるマリア。自分より慌てている彼女を見ていると、何だか落ち着いてきた。身体もまだ少しは痛むが、もう大丈夫だ。


(その昔って、一体いつの話よ…)


「それはあなたが最近ハマっている読み物の話でしょう。現実と物語は違うのよ」


 呆れたようにいえば、マリアはむっとした表情を浮かべた。そして「心配しているのですよ。万が一、物語のようになれば婚約破棄されてしまうかもしれませんし」などといった。


 現実では物語のようなことは、殆ど起こらないから安心してほしい。そう伝えれば、マリアの表情は険しくなる一方だ。


 彼女は仕事熱心でいい子なのだけど、少しだけ夢見がちというか…まあ、そこも素直でいいところなのだけど。


 そんな事を思いながら自室へ戻ろうとしたが──ん?婚約破棄?


 ふとマリアがいった言葉を思い出し、私は人を呼びに行こうとした彼女の服の袖をぎゅっと握りしめた。


「わっ──危ないですよ、お嬢様」

「ねぇ、マリア。その物語ってどんな話なの?」

「えぇっ、急にどうされたのですか」

「いいから」

「えーっとですね、主人公のご令嬢は記憶を無くしたことをきっかけに野蛮な性格になってしまい、婚約者に捨てられてしまうのですが、たまたま隣国の王太子様がその性格を気に入って──」


 どんな物語だ。そう思ったが、今はいい。


「ねえ、物語ではなく、現実でも記憶喪失の婚約者って、やはり冷めるものかしら?」

「そうですねぇ、自分の事を全く覚えていないというのは悲しいですし、ましてや性格が変われば気持ちも冷めてしまうのかもしれません。──まあ、私は隣国の王太子の方が好みでしたので、構わないのですが」


 現実の話をしたのだが、物語の内容でも思い出しているのだろう、うっとりとした表情を浮かべるマリア。


 そんな彼女の手を握り、私はにっこりと微笑んだ。


「ねぇ、マリア。お願いがあるの」




 ▼▼▼



 そうしてこの記憶喪失のふりで婚約破棄してもらおう作戦が決行された。発案者が私とマリアのため、少し計画内容に甘い部分があるような気もするが……。


 最初はマリアが読んでいた物語のように、野蛮な性格になろうかと思ったのだが、「婚約解消された後の嫁ぎ先がなくなるからやめた方がいい」とマリアに泣きつかれてしまい、渋々、記憶喪失部分だけ採用させてもらった。


(こういうのは思い切りやった方がいいと思ったのだけど…)


 まあ、でもいいだろう。


 元々、全てが不釣り合いな婚約だった。それにルーカス本人からも、アーレンベルク夫妻からもよくは思われていない。だからきっかけは何だっていいのだ。


 向こうから婚約解消を切り出しやすくなる理由をつくれば、すぐにでも婚約は解消されるはずだ。


 ───そう思っていたのだけど。



「えぇ、婚約解消はしない?!」

「ああ、公爵家より先ほど連絡がきたよ」

「でも、でも! 彼を支えるといっても、私、ルーカス様のこと、何一つ覚えていなくて…」


 お父様に呼び出された私は、まさかの結果に驚愕した。作戦決行して、こんなにもすぐに失敗するとは思わなかった。


 元々、ルーカスと私の婚約はアーレンベルク公爵家からの一方的なものだ。


 ルーカスとは訳あって一時期だけ、ローゼ家の屋敷で一緒に暮らしていたことがあり、彼本人の強い希望で、気心の知れた相手がいい──と私が選ばれたらしいが。


 実際はローゼ家への監視の目的もあったのだと思う。


(そんなことをしなくても、私達はルーカスの秘密を誰にも話したりしないのに…)


 なので、私は全く乗り気ではなかった。しかし、立場も気も弱いお父様は二つ返事で承諾した。


 だが、アーレンベルク公爵夫妻は私達の婚約を快く思っていなかった。二人はルーカスにはもっと相応しい相手がいると考えており、以前から婚約解消の機会を狙っていたはずなのだけど…


「やはり、本人からの強い希望があったらしくてな」

「それって、私が幼少期のルーカス様を知っているからでしょう? でも、それは記憶を無くす以前の話であって、今では他の令嬢の方々と何も変わらないのに」


 涙ながらに訴えてみるが、事実は変えられない。公爵家と我が家ではどちらが強いかなんて明白だ。向こうが婚約解消をしないというのなら、こちらはもう何もいえない。


(どういうことなのよ、ルーカス!)


 その場で叫びだしたいぐらいだったが、それも叶わない。ここからどうしようかと考えていれば、ノックの音が響いた。挨拶をして入ってきたマリアが、私を見てとても言いづらそうに口を開いた。


「……お嬢様。ルーカス様がお見えになられました」


 追い打ちをかけるような彼女の言葉に思わず頭を抱えた。



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