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おまけ③ とある伯爵令嬢の話

 


 わたくしには幼い頃から想い人がいる。名前はルーカス・アーレンベルク様。


 彼を初めて見た時、まるでおとぎ話に出てくる王子様みたいだと思った。


 そんな素敵な王子様の隣に並ぶお姫様には、わたくしの方がきっとふさわしい。


 ずっと、そう思っていた。





「ルーカス様!」


 お父様の部屋に行こうと廊下を歩いていれば、前方にルーカス様の姿を見つけた。侍女長からは「はしたない」と小言を言われたが、構わずに彼の元へと小走りで駆け寄る。


「……ああ、アリアナ嬢か」


 希少な魔術師として活躍する彼とこうして会える日は中々ない。たまたま仕事できたという彼を逃がさまいと、わたくしは必死で話しかける。


「よければこの後、ご一緒にお茶でもいかがですか? 上質な茶葉を手に入れましたの」

「残念ですが、この後も任務がありますので」


 ぴしゃりと断られてしまった。ルーカス様のクールなところも素敵だと思うが、こうもつれないと面白くない。


「それに、婚約者以外の女性と二人になるのは控えたいので」


 その言葉にぴくりと眉が動く。そう、ルーカス様には婚約者がいる。爵位持ちとはいえど、田舎でのんびりと暮らしている冴えない家の一人娘だ。


 希少で価値の高い魔術師という地位についておられるルーカス様とは、全くといっていいほど釣り合っていない。


 実際、アーレンベルク公爵夫妻も、あまりよく思っていないと聞いたが、何故か二人の婚約が解消されることはない。


「まあ、残念。ではもう少しだけお話を……」

「急いでいますので」


 そう言ってルーカス様がわたくしの横を通り過ぎようとした瞬間、彼の耳元で光る耳飾りを見つけた。


「お待ちください! ルーカス様、その耳飾りは…? いつも装飾品は身につけていらっしゃらないのに…」


 思わずそう声をかける。見慣れないソレに首を傾げていれば、彼は「ああ」と呟いた。


「これはエルーシアに貰ったものだから」


 愛しい、と言わんばかりの表情で耳飾りに触れるルーカス様を見て、心の中を黒い感情が埋め尽くす。


 そうして、そのまま去っていったルーカス様の後ろ姿を見ながら、わたくしは怒りで震えていた。


「……エルーシア・ローゼめ」





「ごきげんよう、エルーシアさん」


 いつきても田舎くさい。ああ、はやく用を済ませて帰りたいわ。


 舌打ちしそうになるのを堪えて、目の前の女に微笑む。


「………ごきげんよう、アリアナ様」 


 大勢の侍女を引き連れて、わざわざこんな田舎まで来たのには理由がある。この間、ルーカス様につれなくされた憂さ晴らしをしにきたのだ。


「珍しい茶葉を手に入れたので、ぜひ一緒にお茶を飲みたいと思って。……ご迷惑だったかしら?」

「いえ、そんなことは……」


 ぎこちない笑みを浮かべる女を無視して、わたくしはわざとらしく「よかった!」と喜んだ。


 そうして、案内された部屋の中で侍女がお茶を淹れる。わたくしの前に置かれた瞬間、わざとらしく女にかけた。


「やだ! わたくしったらついうっかり……手が滑ってしまいましたわ」


 頭から紅茶を被った女は、何も言えずに俯くことしかできやしない。女の侍女が慌てて女の衣服を拭きながら、こちらを睨む。


「あら、なあに? まさか、わたくしがわざとかけたとでも?」


 そう言ってちらりと連れてきた侍女達を見れば、優秀な彼女達は女を非難するような言葉を投げかける。


 その様子に声を出して笑いそうになるのを堪えていれば、女は「やめて、マリア」と自身の侍女を制した。


 立場上、この女はわたくしに強く出ることのできない。ああ、とっても愉快だわ。


 それから三日ほど、あの女が風邪で寝込んだと聞き、いい気味だと思った。


 あんな女、ルーカス様の隣にふさわしくない。わたくしの方がルーカス様に釣り合っている。そう思って、それからも些細な嫌がらせを繰り返した。


 そんな浅はかな己の行動を、激しく後悔することになるとは、この時のわたくしは知らなかった。





「エルーシアはさ、お人好しなんだよね」


 身体がガタガタと震えている。あんなに大好きで王子様みたいだと思っていた美しい彼の顔が、今はただただ恐ろしかった。


 恐怖と痛みで、惨めたらしく地面に這いつくばるしかない。彼に会うために整えた髪の毛も顔も、全部がぐちゃぐちゃだ。


「自分に危害を加えてくる相手を庇ったりしてさ。……本当、馬鹿だよ」


 一気に低くなる声。わたくしがあの女に何をしたか、全て分かっているのだろう。


「そんな心優しくて、純粋なエルーシアをお前みたいな人間が傷つけていいわけないんだよ。わかるかな……わかるよね?」


 次の瞬間、黒いもやのようなものが首を締め付け、うまく息ができない。それでも、必死に首を縦に振った。


「……ご、めんなさい…っ!」

「謝罪はいいよ。意味ないから」


 残酷なその言葉に情けない悲鳴が口から漏れた。目からは大量の涙を流し、鼻水も止まらない。


 今のわたくしはとても人様に見せられない顔をしているだろう。それでも必死になって、彼に想いを伝える。


「わたくしは…ただ、ルーカス様のことをお慕いしていただけで……」


 嗚咽まじりにそう伝えれば、彼の冷たい声が部屋に響いた。


「そう」

「ルーカス様と添い遂げたいとただ、そう、想っていて……っ」

「だからなに? お前が俺に好意を寄せているからといって、それがエルーシアを傷つけていい理由にはならないんだよ」


 言葉と同時にわたくしの首に巻きついていた黒いモヤがぐっと締まった。息ができずに、ジタバタと暴れるわたくしを、ルーカス様はただじっと見つめていた。


 これが、こんなに恐ろしい方が、わたくしはずっと王子様だと信じてきたというのか。


 あと少しで意識を手放しそうになった瞬間、力が弱まる。咳き込みながら必死に酸素を取り込もうとしていれば、髪の毛がぐっと引っ張られる。


 痛みで顔を顰めていれば、無理やりルーカス様と視線を合わせられる。彼の綺麗な金色の瞳には恐怖と涙でぐちゃぐちゃになった自分の顔が惨めに映っていた。


 これから何をされるのかと震えていれば、彼はにっこりと微笑んだ。


「雪は好き?」


 質問の意図が分からなかった。だけど、早く答えろと言わんばかりの彼の圧に、慌てて答える。


「す、すきです…」

「へえ。何で?」

「お、幼い頃、両親と一緒に雪遊びをしたことがあって……この国ではあまり雪は降らないので、珍しくて、その、だか、ら好きで…、また雪遊びしたいなって、両親とも話していて…」


 どこに彼の地雷があるか分からない。とにかく、必死になって話していれば、彼の金色の瞳がゆっくりと細められる。その表情に背筋がぞくりと震えた。


「じゃあ、お前の願いを叶えてあげるよ」


 その言葉と同時に、ルーカス様の金色の瞳が妖しく光った。そうして、わけもわからないまま、わたくしは意識を手放したのだった。






「そういえば、最近アリアナ様をお見かけしないのだけど……マリア、何か知っている?」


 支度途中、ふと気になったのでマリアにそう問いかける。


 暇さえあれば、不幸の手紙を送りつけてきたり会えば嫌味ばかり言ってきたのだが、ここ数ヶ月ほどは姿を見ていない。


 別に会いたくないからいいのだが、こうも何もないと逆に気になってしまう。


「アリアナ様なら、ベルガ王国のモンターレ公爵へ嫁いだとお聞きしましたよ」

「えっ、嘘でしょ?」


 あのルーカス一筋のアリアナ様が? マリアの言葉が飲み込めなくて、勢いよく振り向けば「動かないでください」と怒られてしまった。


 ごめんなさい。だけど、とても信じられないのだ。


「それって何かの嘘とかじゃなくて? 本当に本当の話なの?」

「ええ、つい先日。出会った瞬間、恋に落ちて勢いのままと、お聞きしましたよ」

「……そう。でもあんなにルーカスのことを好いていたというのに」


 私に些細な嫌がらせをするぐらい、彼女はルーカスに夢中だった。いっそ、二人が婚約すればいいのにと何度思ったことか。


「きっと、真実の愛に目覚めたのでしょう」


 マリアの言葉に相槌をしながらも、どうにも納得いかない。あれほどルーカスに夢中だった彼女がそう簡単に他の男性に嫁ぐものだろうか。


 貴族令嬢という立場なら政略結婚もあり得る話だが、アリアナ様の両親は彼女をとても溺愛しており、彼女の意思を尊重していた。というか、甘やかしすぎて、我儘放題だったのだ。


 しかもベルガ王国だなんて。一年中、雪に覆われている極寒の地じゃないか。


「アリアナ様のことは別にいいではないですか。そろそろルーカス様がお見えになりますよ」

「そうだけど……」

「ほらほら、今日もしっかりと記憶喪失の演技をしないと!」


 急かすマリアに頷いて、支度を進める。


 マリアの言う通り、本当にアリアナ様が運命の人に出会ったのであればいいのだけど。


 そんなことを考えながら、心の中でそっと彼女の幸せを願ったのだった。



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