方言×告白<広島弁>
方言好きによる方言好きのための方言好きの方言習作。
方言が書きたいだけのご都合主義、ゆるゆる設定で展開早めのほぼ会話文。
・広島弁×腹黒
「勝手に幸せんなったらいけんよ」
そう言って広崎くんはうっそりと笑った。
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私と広崎くんとの出会いは、一年の必修科目だった。
グループワークで共に図書館へ行き、資料をはさんであーだこーだ。講義後では時間が足らずに休日まで顔を突き合わせてあれやこれやと話しているうち、顔を合わせれば世間話をする程度の顔見知り以上友達未満になった。
二年に進級したいまでも同じ学科ということもあってよく顔を合わせるが、互いに交友関係が被っていないのでやっぱり顔見知り以上友達未満な仲である。
「またええもん食うとる」
講義開始までのわずかな時間。
早めに席を確保した私が買ったばかりのチョコレート菓子をつまんでいれば、通りがけにそう声をかけられた。
姿を見なくても誰だかすぐにわかる。
「購買で見つけた新作だよ。広崎くんも食べる?」
「ええの? ほいじゃあ代わりにこれあげるけぇ、かえっこしよ」
そういって差し出したチョコの代わりに手のひらに乗せられたのはハッカ味の飴だった。
「ハッカ苦手って前に言わなかった? 今日覚えてくれる?」
「うんにゃ、もう知っとる」
「おい、なんでだよ」
「冗談じゃけぇ、怒らんで」
あはは、と笑いながら追加でイチゴミルクの飴が乗った。いや、ハッカは回収してくれよ。
「これ好きじゃろ?」
「好きだけど、ハッカはいらない……」
「セット商品じゃけぇ、単品ではやあげれんのじゃ」
「商売上手かよ」
仕方なくイチゴミルクとセットのハッカも受け取った。損得で言ったらプラマイゼロの気分。
気合を入れてハッカ飴を口に放り込んだ。私は好きなものは最後に食べる派だし、嫌なことは先にさっさと済ませる派なのだ。
鼻に抜けるツンとしたハッカの香りに思わず鼻の頭に皺が寄る。
「ほいとぐいじゃのう」
「うん? うん」
「わかっとらんのに頷くんやめんさい」
「そしたら五回に一回は聞き返すことになるじゃん」
「たいぎぃけぇもう話しかけん」
「広崎くんはわがままだなぁ」
「俺のセリフじゃ」
軽口を叩き合っていると、教室の前方にいた男子の集団が広崎くんを呼んだ。そろそろ教授が来る頃だ。
「ほんじゃあの」
「またね」
「そがぁにひしゃげた顔しちょると戻らんようなるぞ」
「誰のせいだと」
睨んでみてもまるで気にせず、朗らかに笑いながら軽く手を振って広崎くんは前方の友人グループに合流した。
彼曰くひしゃげた顔した私は口の中のハッカと格闘しながら、教科書とノートを開いた。
――いや、「かえっこ」て可愛いな、おい。
シャーペンを握りながら密かに悶えた。
うっかり奥歯でハッカ飴を嚙み砕いてしまって、二重に悶える羽目になったけど、朝から萌えさせてもらったので許す。
顔見知り以上友達未満な広崎くんと私だが、何を隠そう私は広崎くんの方言のファンである。広島出身で標準語は「こそばいい」と苦笑いする広崎くんには、ぜひそのままでいてほしい。方言で救われる命がある。
「マネちゃん、隣空いてる?」
「あ、先輩。空いてますよ」
一人で悶えていたら、不意に声をかけられて顔を上げる。サークルの先輩が額に汗を滲ませながら私の隣の席を指さしていた。
どうぞ、と軽く自分の荷物を引き寄せれば、「よかったー」とほっとした様子でそこに腰を下ろした。
朝一の講義だから、駆け込みで入ってくる人は割と多い。前方にはまだ空きもちらほら見えるが、後ろの方は埋まっていた。
「起きたら八時でさ、すげぇ焦った……」
「よく間に合いましたね」
「朝飯と寝癖直しを諦めたからね。朝練ないと起きる気なくすわー」
「じゃあ足しにもならないと思いますけど、これあげます」
先ほど広崎くんにも渡したチョコレート菓子を一つ、先輩にもお裾分けした。
先輩はパッと明るく笑って「助かる~! これで生き延びれるよ」と早速口に放り込んでいた。
そうこうしているうちに教授が入ってきて、講義が始まったので会話はそこで終了した。
背後からなんとなく見られている……いや、睨まれているような気配を感じるが無視してノートにシャーペンを走らせた。
きっと同じサークルの先輩か同輩のマネ仲間だ。私の隣に座った先輩はサークル内では結構人気のあるイケメンなので、彼目当てでマネージャーになる女子が多いらしい。
私は高校までテニスをしていたものの、膝を壊してしまいそれでも競技に関わりたくてマネージャーをしている。
いくつかあるテニスサークルの中でも特にガチで競技をする人が集まっているサークルなので、なんというかまぁ、イケメン目当てのマネージャーより元プレイヤーの私の方が重宝されるし、そうすると必然的に私とイケメン先輩含めた選手との接点が増えてマネ仲間に嫌われる、という少女漫画なんかでよく見たテンプレ展開がリアルに発生した。
この状況を聞いて「まじかよウケる」と爆笑したのは高校からの親友である。他人事だと思いやがって、と思うが逆の立場なら私も同じことを言っていたので、やっぱり類は友を呼ぶらしい。
そんなわけで私の楽しみは購買の新作菓子と広崎くんの方言ぐらいしかないのである。
女子大生ってなんかもっと女子会とかでキラキラふわふわした生き物だと思ってたのに、どうしてこうなった。
――本当に、どうしてこうなった。
背後からのちくちくと刺さる視線に耐えながら一限目の講義を終え、二限目の講義へ、と思ったら教授の都合で休講になっていた。
お昼には早すぎるし、図書館は現在地とは反対方向。サークル棟の方が近い……となれば時間潰しに部室でのんびりしようと思ったわけである。マネージャーは部室の合鍵も持たせてもらっているのでこういう時に便利だ。
そうしてやってきた部室で他のマネージャーとかち合った。しかもイケメン先輩に特にご執心と噂の先輩マネである。めんどくさい気配しかしない。
そのままUターンしようとしたが、先に先輩に呼び止められては無視できないのが体育会系の性である。
そして当然のように始まる尋問。
勘弁してくれ、本当に私はサークルの先輩後輩という関係しかないのだ。
そりゃあ選手経験があるからフォームや戦略の相談に乗ることもあるし、簡単な球出しくらいならできるので指名されることはあるが、そこに恋愛的なものは何もない。
なんなら先輩には恋人がいる。教えてもらったとか紹介されたわけではなく、偶然にも出先でデート中の先輩と鉢合わせてしまい知ることになった。
本人には「恥ずかしいから内緒にしといて」と普段より締まりのない顔で口止めされたため、目の前でヒートアップしている先輩マネに言うわけにもいかない。詰んでる。
「――ちょっと、聞いてんの!?」
「あ、はい。でも何度も言ってますけど、私ほんと何の関係もないので……」
「嘘! ならなんで今日もわざわざあんたの隣に座るのよ! 部活中もあんたばっか話しかけられて……いい気になってんじゃないわよ!」
「いや、だからそれは私が経験者だから――」
「うるさい! 経験者だからって調子に乗ってんじゃないわよ!」
「あの、ちょ――」
「いつも関係ありませんみたいな顔して、どうせあんただって男目当てのくせに!!」
嘘だろってくらい話聞かないじゃん……。勘弁してくれ。
この手のマネ仲間に気を使って私が選手と関わらないとか、そもそもサークル辞めるのもなんか違くない? と思ってほったらかしていたけど、こんな面倒なことになるぐらいならさっさと辞めておけばよかった。
後悔しても遅いのはわかっているが、どうしても考えてしまう。本当に面倒くさい。
いっそこのまま一発くらいもらった方がこの人もすっきりするし、私も辞めやすいのでは? なんて思考がトチ狂い始めている。落ち着け私、さすがにそれは最後の手段に取っておくべき――
「――自分がそうだからって、人も同じだと思わない方がいいですよ」
「っはァ?! この、っ生意気なんだよ!!」
最後の手段に出るのが早すぎるって私。
カッとなった先輩マネが手を振り上げるのを見ながら、そんなことを思った。
言ってしまったものは仕方ない。とりあえず一発もらっておこう。潔く諦めて、というか防ぎようがなくてきつく目を瞑った。
「わぁ、どがぁしたんじゃ」
見えなくても言葉でわかる。広崎くんだ。でもなんでここにいるのかがわからない。
部室の出入り口にはスマホ片手に今入ってきたばかりといった様子の広崎くんが、目を丸くしていた。え、ほんとになんで?
「な――」
「だ、誰よあんた!? 部外者が勝手に入ってくんじゃ――」
「んー、まぁサークルの部外者でも、こっちは違うけぇ」
なんで? と言いかけた私に被せて声を上げた先輩マネに、さらに広崎くんが被せていう。大きな声を出しているわけでもないのに、なぜか彼の声には聞かねばと思わせる圧のようなものがあった。
言いながら私の隣に立った広崎くんに肩を引き寄せられる。ぽすん、と彼の肩にぶつかって「えっ」と声が出た。えっ、なんで?
私の気のせいでなければ、いま、私は広崎くんに肩を抱かれて寄り添っている。
彼とは一年以上の付き合いだが、物の弾みで手が触れ合ったり肩がぶつかったりとは違う、正真正銘、初めての距離感である。ほんとになんで?
「は……?」
「恋人が暴行されよるの、見過ごせんじゃろ?」
「えっ」
恋人。
誰と誰が。
いや、話の流れ的に広崎くんと私のことなんだろうけれども。そんな事実はない。
「恋人……?」
「そう。じゃけぇ、あんた、ずぅっと的外れなこと言うてんじゃ」
軽やかに笑みを含んでいるのに、いつも私と軽口をたたく時よりも低く、刺々しさのある声。間違いなく嘲笑ってる。
私が言われたわけではないのになぜか背筋が冷えて、思わず身震いすれば、肩を抱く広崎くんの手に力がこもった。
お菓子を渡すときに指先が触れることはあったけど、改めて意識すると大きくて節だった手をしているのに気付いた。
「っ?! そ……なら、最初から言っとけよ……!」
私がぼけっと広崎くんの手に意識を向けている間に、先輩マネはそう言い残して部室から出て行った。
さっきまで怒りで赤くなっていたと思ったが、すっかり青ざめてひどく慌てた様子によほど他人に見られたのが効いたらしい。
「恋人じゃのうても的外れじゃ」
「……なんで?」
「ん? 俺がここにおる理由? それとも、恋人言うたこと?」
「いや、何から何まで……なんで?」
首を傾げる広崎くんに、まだ頭が働かないままの私。
「んー、そろそろ危ないか思うたけぇ探しよったら、外まで声が聞こえとったけぇ」
「えっ、ん? ありがとう? えっ?」
「うはは、混乱しとる。落ち着きんさいよ」
「誰のせいだと?」
まぁまぁ、なんていう広崎くんに、私は吠えた。
いや、いつまで肩抱いてるんですかね。まずは我々の適切な距離感を思い出して保つのが先なのでは。そうだ、それがいい。こんな密着した状態で、まともに会話なんてできないし、説明されても頭に入ってくる気がしない。
「そんなんよりも、真実にしたいんじゃけど、どがぁ?」
「えっ、なにが? なにを?」
「好きじゃ言いよるじゃろ」
「言ってませんが? えっ? 言ってないよね? うん、聞いてない」
「じゃあいま言うたってことで」
そんな雑な告白ある? って顔に出ていたらしい。広崎くんは楽しそうにけらけらと声をあげて笑った。
「いびせぇ思いさせてしもうたけど、付き合うて」
「う、んん?」
「いつもわかっとらんでも頷くくせに」
「素直に頷けないような言い方するのが悪くない?」
私が悪いみたいに言われるのは心外だ。
知らない方言交じりで言われたって、いつもの軽口みたいには頷けない。というかそんな騙し討ちみたいな方法で頷かれても嫌なくせに。
「わがままじゃのぅ」
「広崎くんがね」
「しょうがないなぁ。俺が幸せにしちゃるけぇ、勝手に幸せになったらいけんよ」
「私のセリフだよ」
広崎くんはうっそりと笑った。
そのちょっと黒い笑みをみて、顔見知り以上友達未満の関係から一足飛びに恋人になった私は、頷いたことをほんの少しだけ後悔した。
閲覧ありがとうございました。
方言好きなだけで関東圏の人間なので本場の方、違和感や誤使用などあったらご指摘ください。
方言は良いものです。