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ヘリオス  作者: みおいち
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第1部 第7話

「人を守ってくれるのは常に、契約とそれを証明する契約書だ。結婚は契約の最たるものだ。細部まで契約書に記載し、互いがそれを守る。そうすれば問題は発生しにくい」


「......晃輝さん、動画の撮影を決めた時もすぐに契約書を送って来ましたが......もしかして契約マニアですか......」


私がそう言うと、晃輝さんは声を立てて嬉しそうに笑い豪語した。


「失礼なことを言うな。我が身を守ってくれるのは愛じゃない。結局のところ書類だ」


嬉々としてPCに向かい、メモの準備を始めた晃輝さん、意外と変な人なのかもしれない。


「俺と凪の結婚も、実現するかはともかく、契約書を作っておこう。一つ。俺は川崎流の発展のために貢献する。どうだ」


「......はい、良いと思います」


嬉しそうだな、晃輝さん。音大卒だと聞いたけど、もしかして法学部希望だったんじゃないかな。


「では次に...」


かくしてイケメン2人に言い寄られる......晃輝さんについては言い寄られているかさえ不明だけど、謎の展開になった。1人は愛が一番大切な、品行方正のみんなのアイドル。1人は何でもかんでも契約にしてしまう、書類しか信じない神様。




「こんなものでどうだろう。凪は入れておきたいことはあるか」


変なことをやっているのに、かっこよく見えてしまうイケメンはずるい。


「晃輝さんは今、恋人はいないんですか。それか好きな人とか」


晃輝さんは私の眼をまっすぐ見て言った。


「恋人も好きな人もいない。いたら見合いなんかしない」


ラフマニノフの演奏の相手が気になる、と伝えると、少し間を置いて、あれは空想だと笑った。


「あの、そもそも私と晃輝さんの場合、恋愛、ではないんですよね。それだとそのうち好きな人が出来た場合に、何と言うかその、川崎の名前に傷がつくと困るというか」


「不倫か。そうだな。ではそれも契約に入れておこう。互いに別に愛する人が出来たら、その相手と男女の関係になる前に相談する。どうだ?」


「はい......お任せします」


ウキウキと契約書の下書きをする晃輝さんが、何故だか可愛く見える。


「晃輝さんは、何故私と結婚しようと思うんですか」


すると晃輝さんは手を止めて、私の眼を見て言った。


「前にも言っただろう。俺は真の音楽家の支えになりたい。だけどそれに見合う俺に合った人物はそれほどいない。君を除いたらね」


「それは結婚相手に求めなくても、仕事ですればいいんじゃないですか」


「そうだな。だが凪の場合はそうじゃないだろう。君は川崎流を大きくし、繋ぐための相手を求めている。俺は音楽家を支えたい。その部分が合致した」


それは私と家門にとっては好都合だけれど、晃輝さんの動機としては弱い気がする。


「俺は恋愛結婚を否定している訳じゃない。だが恋愛だけで相手を選ぶのは難しい人間もいる。それが君だ。それに......」


そこで晃輝さんは私に近づき、耳元で囁いた。


「凪とのキスはとても良かった」


......ぎゃああああ!


突然そんなことを聞いて、思わず身を引いたところ椅子から落ちそうになる。


「危ない!」


晃輝さんに腕を引かれ、意図せずまた胸に抱かれてしまう。


「全く凪は、感度は良いのに、耐性がないな」


「......嫌ですか」


「嫌じゃない。とても可愛いよ」


晃輝さんといると、血が逆流することばかりだ。

赤い顔を誤魔化そうと、私は晃輝さんの腕の中に顔を埋めて話題を探した。心臓が騒いでいる。


「それじゃあ晃輝さんは、契約を結べば私と結婚出来るんですか」


「正確には違うな。もう一つある」


不思議に思って晃輝さんを見つめると、ぎゅっと抱きしめられたまま、また耳元で囁かれた。


「君の味を試したい」


引き始めてさえいなかった血がまた暴走する。顔も耳も、全身がこれ以上ないほど熱い。


「身体の相性は血を繋ぐのに重要だろう。それにさっきから凪が誘うような顔ばかりするから、耐えられそうになくて困る」


「私、誘ってなんかいません!」


「無意識か。それは余計に問題だな。凪は本当に、美味そうな貝をもらっても、ホイホイ着いていかない方がいい」


「私、ゴキブリじゃありません!」


「知ってるよ。凪は可愛いラッコだ」


そう言ってまた甘く、深いキスをした。思わず夢中になっていると、晃輝さんが突然私のシャツのボタンを外し始めた。


「んー!」


慌てて抵抗すると、私の眼を窺うようにしてこんなことを囁く。


「凪は初めてか?」


「違います、でも......」


「生理中?」


「違います、でも......」


「なら俺の味を試してみろ。川崎流のために」


「その言い方はずるいです」


「どちらにせよ、俺はもう止められないよ」


「こんな朝から?」


「正確には、もう昼だ。ベッドに行こう。それとも抱っこされて行きたいか」


「......ご遠慮します。......せめてシャワーを」


「分かった」


西洋の神様は、いつだって手が早いんだった。これも戦略なんだろうか。



私を抱いている間、晃輝さんの身体はずっと熱かった。優しいのに、力強い。何度も末端まで痺れる官能の波に耐えきれず、逃げようとすると引き戻され、激しい歓喜をまた与えられる。正気を失ってしまいそうな快感。


この人は、演奏通りの人だ。演奏だけであれほどの情感を与えられたのに、それを生身にぶつけられたら、もう耐えられない。


「凪」


穏やかな波のときも、意識を手放しそうになるときも、何度も名前を呼ばれた。甘い、愛されているんだと勘違いしてしまいそうな、とろけてしまいそうな声で。







光に近い色の金髪が見える。


「ヘリオス」


気怠い幸福感の中で、そう呟いた。


「ヘリオス?」


晃輝さんが聞く。そこで私はヘリオスの話をした。レウコトエーを乳香の木に変えたこと。クリュティエーが向日葵となり、いつまでもヘリオスを見ていること。


「晃輝さんは、ヘリオスみたい」


私の話を聞いて、晃輝さんは優しく笑った。


「MIBの次は神様か。次は何に形容されるんだろうな、俺は」


まさか、イタリアのマフィアだと思っていた、とは言えない。


「すまなかった。身体、無理をさせただろう。凪があまりに可愛くて、つい夢中になってしまった」


この人は力強いけど、いつも優しい。契約マニアのちょっと変な人だけど、私はもしかしたら、クリュティエーみたいに、これからずっと晃輝さんを見ているのかもしれない。

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